ヒーローは発展途上(その3)
「零治〜!」
俺がキョロキョロしていると、どこからか名前を呼ぶ声がした。
「おー! アユ! アミ!」
今日はいよいよアユとアミのコンクール当日。俺は、会場になっているコンサートホールの入り口付近で二人と合流した。
「ありがとねーわざわざ」
アミが言う。アユもアミも、本番に向けてそれぞれワインレッドとパステルパープルの華やかなドレスに着替え、メイクもしているようなので、なんだかいつもと雰囲気が違って見える。
「いーえ。二人とも頑張れよ」
「うん。ありがと!」
「ありがとう」
二人が言う。正直この前の電話のこともあるし、二人ともいろいろ思うことはあるんだろうけど、とりあえずはいつも通りの様子みたいでちょっと安心だ。
「えーっと、二人の出番は……アユが十七番で、アミが十八番だね」
俺は、入り口でスタッフさんからもらったプログラム表を確認しながら言った。
「うん。前に十六人もいるから、その間に寝ちゃわないでね」
アミがくすくすと笑いながら言った。
「う、気を付けます……あれ、アミなんか踏んでる」
ふと、アミの足元に何かあるのが目に入って、俺は言った。
「あ! これアユの!」
アミが慌てて拾ったそれは、黄色のフェルトで作った小さな袋状のもの。紐で鞄なんかに吊るせるようになっていて、中には綿が詰めてある。そして表には、『必勝』と刺繍がしてあった。要するに、手作りのお守りだ。
けれど今、そのお守りは紐が切れ、中の綿が少し飛び出し、フェルトの表面は土で汚れ、見るも無惨に壊れてしまっていた。
「あ、もしかしてそれ、アユとアミのお母さんが作ってくれたやつ……」
俺もそのお守りには見覚えがあった。アユたちのお母さんの趣味は裁縫で、昔アユとアミにお守りを作ったからついでに、と俺にもお揃いで作ってくれたのだ。アユのが黄色で、アミのがピンクで、俺のが青。
「あ、落としてた? ごめんごめん」
アユはアミの手からお守りをさっと取ったが、アミは真っ青な顔をしている。
「ごめんアユ! 壊しちゃった!」
「いや、私が落としちゃってたんだからアミは百パー悪くないでしょ。大丈夫だよ、気にしてないから」
アユはあっさりとそう言う。しかし、アミの方が動揺しているみたいだ。
「でも……どうしよ……」
「お守りは私のなんだから、私が気にしてないって言ってるのになんでアミが泣きそうなの」
「だって……私のせいでアユが上手くいかなかったらどうしよって思ったら……」
「失敬な。私は自分の力でちゃんとできるから。お守りなんかいらん」
「でも……」
その瞬間、遊佐先生の言葉が俺の頭をよぎった。
『藤巻はまだこういう時に魔法で解決するって習慣ないかもだけど、慣れてきたら結構いろいろ便利だよ』
こういう時って、まさに今だよな。俺なら、直せるかも……!
「アユ、それ貸して」
「え? なんで?」
手を出した俺を、アユがキョトンとした顔で見つめる。
「俺、直してみる。出来るかわかんないけど」
ほんとに、俺に出来るかどうかは分かんないんだけど。
「いやいや、零治お裁縫とか出来たっけ? てかそもそも道具ないでしょ。もう大丈夫だよ」
「うん、俺もアユとアミならお守りなんかなくても大丈夫だと思うけど! でも、一応、チャレンジさせて!」
「うん、まあ、いいけど……」
アユが、戸惑いながらも俺の手の上にお守りを載せてくれた。その時ちょうど、アユとアミのお母さんがホールの入り口から出てきて、アユ達を呼ぶ。
「愛友香、亜美華! そろそろオープニングセレモニー!」
「「あ、うん!」」
二人はぴったり揃った声で返事して、俺に向き直る。
「じゃあ、とりあえず行ってくるね」
「うん。出番までに直せたら届けに行くから! アミも、アユの言う通り、アユなら絶対大丈夫だから、あんま心配すんな!」
俺がアミの肩をポンと叩くと、アミは、「うん」と不安げな顔で頷いた。




