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79話 ハイン、相部屋最後の夜を明かす

「おいおいカノア、もうこれ俺たち、人生安泰コースじゃねぇか?」


 部屋に戻るなり、興奮気味の口調でリーゼがまくし立ててくる。どうやら話を聞くに、双子の姉のナノハの御付に任命されたとの事だった。


「……御付に任命されただけで、流石にそれは大げさじゃねぇか?まぁ、確かに給金をはじめ、使用人としては破格の待遇だとは思うけどよ」


 部屋を移動するため荷物をまとめながら返答するも、リーゼの口は止まらない。


「いやいや、だって考えてみろよ?これから俺とお前は、お嬢様の一番近くでお世話する立場な訳だぜ?その中で信頼を勝ち取れば、立場を超えてより親密になる機会も増えるからな。こりゃ、いよいよ俺の玉の輿計画が現実のものになりそうだぜ」


 やれやれと思いながらも適当に相槌を打ちながら荷物の整理を進める。しかしこいつ、先程からまったく荷物を片付けている様子もないが大丈夫だろうか。


「……まぁ、お前も素材は悪くない方だし、万一シーホ様にお前が気に入られたとしても、姉であるナノハ様の方が若干立場は有利だろうからな。悪いが俺が勝たせてもらうぜ」


 既に玉の輿に乗れると信じて疑わないリーゼ。この底なしの自信はどこから湧いてくるのだろうか。


「……お前のそのポジティブさ、凄ぇと思うよ。見習いたくはねぇけどな」


 荷物の整理に少し疲れたため、小休止も兼ねて窓を開けてタバコに火をつける。煙を勢い良く吐き出すと、一日の疲れが癒されるのを感じる。


「おっ、一服か。俺も付き合うとしますかね」


 そう言ってリーゼもタバコに火をつけ、ようやく静かになる。しばし二人で無言のままタバコを吸い続ける。


「……しかし不思議だよな。この館もそうだが俺達の待遇に、な。本当にここまでの高待遇でいいのかよ、って思っちまうぜ」


 一服して冷静になったのか、先程に比べて落ち着いた口調でリーゼが言う。確かに、自分が冒険者としてこの金額を一括で稼ごうとするならやや難解なクエストや魔物を相手にする事になるだろう。自分たちはもとより、選ばれなかった他の連中でも日々の業務内容から考えれば破格の金額と言っても差し支えない。


「そうだな。見たところ奥様は事業を率先して行う感じの方じゃなさそうだしな。まぁ、俺達の知らないところでそういった役割の面子がいるかもしれねぇけどな」


 言いながら二本目のタバコに火をつけると、先に次のタバコを吸い始めたリーゼがまた一口タバコを吸って煙を吐き出した後に言う。


「だな。それか、亡くなった主人の残した遺産がそれほどとんでもねぇ規模だった、とかかもな。いやぁ、夢が膨らむねぇ」


 そう言ってまた笑いながらタバコを吸うリーゼ。また玉の輿の夢物語を長々語られるのはたまらないのでこちらの会話を続ける。


「……どうなんだろうな。その辺りは俺たちには分からねぇよな。立場を弁えずに下手に詮索するのもアレな気がするしな」


 下手に話を膨らましてこいつに詮索して動かれるとやり辛くなると思い、濁した自分の言葉にリーゼが言葉を返す。


「ま、確かにな。現時点で試用期間の給金はきっちり手渡しで全額貰えているんだし、貰えるものをきっちり貰えていれば俺たちからすりゃ文句はないよな」


 幸い、自分の返答に疑問を感じることもなく、さして興味のある内容ではなかったようでリーゼの会話はすぐに別の内容に変わった。


(……危なかったな。これでこいつが下手に金の出所に疑問を持って、そこらをうろつかれたりしたら色々調査に支障が出る可能性も考えられる。今はこいつにはお嬢様のご機嫌取りをしてもらっていた方が俺にとっちゃ都合が良い)


 あくまで勘なのだが、この前のこともありこいつは警戒しておく必要があると思った。上手く言えないが、仕草や時折見せる表情がただの使用人のものと思えない時があるのだ。


(……確証はねぇが、こちらを問い詰める時や時折見せる目線。……上手く隠しているようだがこいつ、ただの素人とは思えないんだよな。明らかに場数を踏んだ手合いの雰囲気を感じる)


 普段は陽気でおちゃらけている感じだが、ごく稀に鋭い視線や雰囲気をリーゼから感じる事があるのだ。もっとも、それを感じた次の瞬間にはまたいつものリーゼに戻るのだが。


 当時の自分ならとても気付けない程僅かではあるのだが、二十五年の冒険者としての知識と経験が、こいつは要注意だと告げている。


(何にせよ、これから色々調べる前からこいつに目をつけられると厄介だ。今は上手く話を合わせて流しておく必要があるな)


 幸い、これからはそれぞれに個室を与えられるため自由な時間が増える。その時間を利用して今後の行動を考えられるのはありがたかった。


 結局その日は『相部屋最後の夜だ!』と終始テンションの高いリーゼが酒を持ち出したため、リーゼに付き合い深夜まで酒を飲み明かした。翌日、二日酔いの頭痛に悩まされながらもふらふらの状態で必死に荷物を運ぶリーゼを横目に、自分はまとめておいた荷物を個室に運び終えて早々に用意された個室に入る。


「……こりゃ、随分と良い部屋だな。一使用人に与えられるレベルの部屋とは思えねぇな」


 寝具や家具はもとより、広さも十二分で本当にこの部屋で間違いないのかと疑ったくらいである。冒険者時代にこのクラスの宿に泊まろうとしたら、かなりの出費を覚悟するレベルの部屋であった。


「……さて、まずはあの部屋を調べる時間をどう確保するか、だな」


 快適な寝心地が約束されている柔らかなベッドに体を預け一人つぶやく。そのまま目を閉じて眠りたくなる衝動を堪えてしばし物思いに耽る。


(……あの部屋に何か手掛かりがあるのは間違いねぇ。ただ、そこで『誰が』『何を』しているかを突き止める事がまずは最優先だ。なら、あの付近に自分が立ち寄る事が不自然にならない様にするには……)


 ようやく見つけた手掛かりを逃すまいと、そこからしばらく一人脳内で計画を練り出す事にした。


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