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76話 ハイン、使用人として働く

「……お待たせしました。こちら、本日のスープになります。続けてサラダをお持ちいたします」


 そう言って自分がスープの入った皿をテーブルに置くと、ニステポ家の女主人であるイミア夫人がこちらに優しく微笑みながら声をかけてくる。


「ありがとうございます、カノアさん。館での暮らしにはもう慣れましたか?」


 妙齢だが気品ある佇まいでイミア夫人から声がかかる。


「……はい。少しずつですがお陰様で慣れてきております。今後ともよろしくお願いいたします」


 続けて届くメニューのためのスペースを確保して答える。サラダを届けてから次のメニューの提供までには少し間が開くため、一礼してその場を離れる。


「よう。その様子だと随分夫人に気に入られたみてぇじゃねぇか。まさかとは思うが、お前さんの目当てはまさかの夫人か?」


 自分にだけ聞こえるような声で小さくリーゼが声をかけてくる。リーゼの方は双子の長女であるナノハの給仕をメインに担当しているようだ。


「……生憎、そこまでの年上属性はねぇよ。流石に対象外だ」


 そうリーゼに小声で返すと、まだ話し足りないのかリーゼが会話を続ける。


「安心したぜ。その歳で実は枯れ専とか言ったらどうしようかと思ったよ。ま、俺は狙い通り双子のどちらかの給仕を任せられそうだ。お互い上手くやろうぜ」


 それだけ言ってリーゼはまた自分の職務に戻る。こちらの本来の目的に支障に差し支えないならば好きにして貰って問題はない。自分が夫人と姉妹の給仕役の面子に割り振られる事となった面談を思い出す。


「……そうですか。奉公先の主人が亡くなり、自身も身寄りがないため新たな奉公先として我が家を選んでくださったのですね」


 面接を担当した老紳士とほぼ同じ内容を夫人と姉妹と繰り返す。スムーズに面談が進み、軽い世間話も混じり始めた頃、双子の妹であるシーホが自分の胸元に挿した万年筆を見てこちらに声をかけてきた。


「あら?カノアさんの胸に挿したそちらの万年筆……館から支給された物とは違いますね?」


 使用人として採用された面子には、館からスーツをはじめ、手袋からハンカチといった小物一式を支給された。その中にペンもあったのだが、自分がそれとは別の物を挿していたのを目ざとく見つけたのだろう。胸ポケットからそれを取り出し、シーホに見えるようにかつ、大事そうに手に取りながら言う。


「……はい。お嬢様の仰る通りです。こちらは先程申し上げた奉公先の主人から、生前自分に贈られた物になります。思い入れのある大切な物なので持ち続けたいと、こうして今も手元に置いております。もし、不快な様であれば直ちに支給の物とお取り替えいたしますが……」


 そこまで言ったところでシーホが自分を手で制して言う。


「いえ。その様な意図で申し上げた訳ではございません。ただたまたま気付いたのでお聞きしただけですから。その様な理由があるならばご愛用されて当然ですね。是非、今後もそちらをお使いください」


 シーホの言葉に深々と頭を下げ、少し間を置いて再び面談が進んでいく。冷静を装って会話を続けるが、さっきのシーホの指摘には肝を冷やした。無論、当然だが万年筆のくだりは全くの嘘である。本当に支給品を使えと言われたらどうしようかと思ったところだ。


 当たり障りのない会話を進めながら、脳内でタースとの会話を振り返る。



「……なるほどね。アンタもよくよく厄介な事になる星の元に産まれたもんだねぇ」


 イスタハとの猛特訓の合間を縫ってタースの工房へと向かい、自分の使用人姿を見た瞬間にひとしきり大爆笑された後、いまだ笑い泣きしているタースに事情を話し終えるとぽつりとそう呟いた。


「あぁ。だから今言った物を大至急作って貰いてぇ。無茶は承知で頼む。突貫作業になるのは分かっているし、その分予算は弾む。……頼めるか?」


 そう自分が言うと、笑い涙を手で拭い、真面目な顔でタースが答える。


「こういう時は素直に『頼む』、で良いんだよ。お前さんにはまだまだあたしの武器を使って貰わなきゃいけないしね。あんたが今度の任務で何かあったらあたしは上客を失う事になるんだからね。……それに面白いじゃないか。仕込み杖ならぬ仕込み万年筆とはね。待ってな。期日までには希望通りの物を仕上げてやるよ」


 タースの言葉に嘘は無く、期日より少し早く自分が望む以上の物を作り上げてくれた。


「……凄いな。完璧だよ。期待以上の仕上がりだ。普通に万年筆として使えるようにカモフラージュしてくれた上に、おまけにこんな『仕掛け』を仕込んでくれるとはな」


 差し入れの酒を早々に開けながらタバコを吸うタースに感謝しつつ声をかける。自分の反応に満足げな表情を浮かべて煙を吐きながらタースが言う。


「だろ?不意に誰かに見られたり使われたとしても、まず普通の万年筆としか思えないさ。その分、今のうちに咄嗟に使えるようギミックを覚えておくことだね」


 タースの言葉に頷き、見た目ではただの豪華な彫刻が施された万年筆にしか見えないそれを手にしながら眺める。


(ただの仕込み武器としてじゃなく、見た目も完璧に仕上げてくれたタースに感謝だな。こりゃ、無事に任務を達成した際には上等な酒を持参して礼に行かなきゃいけねぇな)


「……はい、では以上で面談は終了です。カノアさん。貴方には是非私たちの給仕を始め、身の回りのお世話をお願いしたいと思います。以前の奉公先への主人への想い、受け答えといい非の打ち所がございません。これからよろしくお願いいたしますね」


 夫人からのその言葉に内心安堵し、これによりリーゼを含む使用人の中でも限られた立場で館に潜入することに成功した次第である。


 こうして、その日も滞りなく勤務を終えて部屋に戻ると、綺麗に撫で付けた髪をがしがしと掻きむしりながらリーゼが部屋に入ってきた。


「あー……目的のためとはいえ、本当だるいぜ。こんなセットは俺の性に合わねぇってのによ。お、先に戻ってたんだなカノア。今日もお疲れさん」


「おう。お互いにな。見ていたがお前さん、随分長女の方と会話が弾んでいたみてぇじゃねぇか」


 自分が夫人をメインに給仕しながら様子を見ていた際、長女のナノハと給仕の合間に会話をしているリーゼの姿を思い出して言う。


「おうよ。俺の話術で会話も食事も楽しんでくれたみたいだぜ。他の連中に比べて一歩リードってところじゃねぇかな?」


 自分でも手ごたえを感じているようで、上機嫌にリーゼが言う。適当に相槌を打ち、とっとと浴場に向かおうとしているところにリーゼが口を開く。


「あぁ、そういや他の使用人から聞いたんだけどな、どうやら俺達と同時期に採用された連中が二、三人何も言わずに館からいなくなったらしいぜ?庭師と御者らしいけどな」


 リーゼのその言葉に思わずリーゼに駆け寄り、大声で問い質したい気持ちを抑えて冷静に質問する。


「……それ、本当か?いきなり館から消えたって事か?」


 自分の言葉にリーゼは至って普通の口調で言う。


「あぁ。朝になっても仕事場に来ないから、部屋を見に行ったら忽然といなくなっていたらしいぜ?ま、どうせ仕事がキツかったか面倒になってバックレたかのどちらかだろ、って事で大した騒ぎにはなっていないみたいだけどな」


 リーゼの言葉に胸中がざわついていた。


(……こんなに早く事態が動くとはな。こりゃ、うかうかしている余裕はなさそうだ)


 一刻も早く、真相解明に動き出す必要がある。浴場に向かうのも忘れ、その場に立ち尽くしながらそう思った。


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