63話 ハイン、魔犬の長と対峙する
(……これで連中の大半、あわよくば群れのボスを仕留められればベスト!そうでなくても連中の数を削げるはず!)
そう思うと同時に、放った螺旋状の風の刃が炸裂し辺りに砂煙が舞う。砂煙の合間に来るかもしれない反撃に供えて距離を置いて周囲の警戒を強める。
「……どうだ?流石に一撃で全て片付くとは思えねぇが、これで大方は仕留めたと思うが……!」
そう思っている間に砂煙が収まっていく。視界の先には先程の自分の斬激で絶命した魔犬の姿が見えた。
(どうやら、狙い通り大半の魔犬の始末は出来たみてぇだな。だが、肝心の上位らしい奴らの姿が見当たらねぇ。……仕留め損なったか?)
砂煙が完全に収まりかけたところで、目の前に最前にいた魔犬の亡骸を確認する。先程の一撃で他の魔犬と同時に仕留めることに成功したようだ。
「……よし。上手く狙い通りにいったな」
そう思って少し安堵したその瞬間だった。自分に向けて全力の殺気が飛んできた。
「……っ!」
咄嗟に喉笛を狙われている事を察知し、剣を横に構えると同時に最後尾にいたと思われる魔犬が剣に噛み付いてきた。あと一瞬剣を構えるのが遅かったら喉元に魔犬の牙が食い付いていたことだろう。
「くっ……!このっ!」
全力で足に力を込め、魔犬を蹴り飛ばす。吹き飛ばされつつも器用に空中で体勢を立て直しこちらに威嚇する形で魔犬が唸り声を上げる。
(……危なかったな。一瞬でも判断が遅れていたら今頃はお陀仏だったかもしれねぇな)
無事だった喉元を触れてひやりとする。ここまで間一髪だと思った状況は久しぶりだ。
「……流石に今のはヤバかったな。よし、ここから仕切り直しといこうかね」
そう呟き剣を構える。追撃に備えていたが、魔犬の行動は自分の予想外であった。自分に背を向けたかと思うと次の瞬間には大きく雄叫びを上げた。
『―――――――!』
空気が震えるほどの咆哮が周りに響き渡る。……まずい。連中の根城がここからどれだけ離れているかは分からないが、この咆哮で仲間を呼ばれるのは避けたい。慌てて剣を構え魔犬へと駆け出す。
「……っ!『烈風斬』!」
咄嗟に技を放ち魔犬の首を斬り飛ばすものの、既に遅かった。最後の魔犬の咆哮によって、明らかにこちらに向かって賭け付けてくる気配が伝わってくる。
「……自分の命よりも、群れに危険を知らせようって訳か。魔犬の習性を甘くみちまったな。ここが正念場になりそうだな」
覚悟を決めて下手に動く事を避け、ここで決着を付けるべく呼吸を整える。
(……落ち着け。今まで何度もこんな事はあった。その度に乗り越えてきた。大丈夫だ。今回もきっと乗り越えられる。……いや、乗り越えてみせる)
そう心の中で思いながら冷静さを取り戻していると、先程よりもはるかに多くの魔犬の群れがこちらに向けて駆け寄ってきた。群れの中に明らかに異質な雰囲気を放つ魔犬がいるのが遠目にも確認出来た。
「……来たな。間違いなくアイツがこの群れの長だな」
亜種や異種というレベルを超えた異質な雰囲気を放つ中央の魔犬に視線を向ける。見た目こそ魔犬と同じだが、明らかに感じられるオーラは魔族と比べても遜色ない。
(……あくまで俺の推測だが、魔族の腐肉を喰らって突然変異した類の魔犬だろうな。人肉の味を覚えた獣と同様、魔族の肉を喰らい続けることで身体能力が向上したんだろう)
周りを取り囲む魔犬とは明らかに異なる毛並みと色の魔犬を見つめて胸中で呟く。間違いなくあいつがこの群れの長である事を確認すると同時に、何としてもここであいつを仕留めなければいけないと思った。
(……とてもじゃないが村の連中じゃこいつは手に負えねぇな。むしろ、こいつが今まで直接村に来なかった事が奇跡みてぇなもんだ。だからこそ、絶対にここで倒す必要があるな)
そう思い、剣に込められたままの魔力を全力で放つ。
「……炎の化身よ!我が刃に宿れ!『炎撃斬』!」
轟音と共に炎の魔力を込めた斬撃が魔犬の長の下へ炸裂する。その直後、先程よりも大きな爆音と共に火柱が巻き起こる。
(『炎』に耐性がある魔犬がいるのは勿論、魔族に近いレベルの魔犬なら単純な炎の攻撃は通じないかもしれねぇ。……なら、周りにいる連中と炎に耐性が無い連中だけでもこの一撃で……仕留めるっ!)
自分の一撃は狙い通り、長の周りにいた魔犬を炎と衝撃で大半を仕留めたようだ。炎に耐性がある魔犬も群れの中にはいただろうが炎を完全に無効化出来るレベルでない限り、決して無傷では済まないダメージを与えたはずだ。
(よし。タイミング的には完全に最高の状態で放った!あとは炎の属性に耐性がある魔犬を仕留めて数を減らしつつ、連中のボスと対峙すれば……いけるっ!)
そう思った次の瞬間、腹部に痛みと同時に強い衝撃が走った。
「ぐっ……かはっ!」
突然のあまりの衝撃に吹き飛ぶと同時に思わず嗚咽する。吐き出した吐瀉物の中に血が混じる。痛みと衝撃に思わず気を失いそうになりながらも視線を前に向ける。そこには体から煙をあげながらもこちらに殺気を向ける魔犬の長がいた。
「……どうやら、死ぬ気でこっちも相手しなきゃいけないみてぇだな」
痛みを必死で堪え、剣を構え直して呟いた。




