64話 ハイン対魔犬の長、決戦
「……予想はしていたが、『風』の魔力のまま放ったとはいえ、やっぱり炎は効かなかったか」
未だに痛む腹部の痛みに耐え、追撃を警戒しつつも魔犬の長を見据える。魔犬の体からは煙が出ているが、大したダメージではないだろう。先程の一撃がその証拠である。
(……周りの魔犬は、さっきの一撃でほぼ殲滅出来たみてぇだな。あくまで周囲にいる範囲だけだけれどな)
ともあれ、先程の一撃で炎を恐れる魔犬はしばらく近付いてこないはずだ。今は魔犬の長に集中することが出来るだろう。腰を落としてこちらに唸り声を上げている魔犬を見つめる。
(……思っていたより厄介だな。魔族級の耐性があると仮定すれば、他の属性もどれが効くのかは分からねぇ。炎よりも耐性がある属性でうっかり技を仕掛ければ、逆にこっちが反撃されて致命傷をくらう可能性もある)
膠着状態のまま、更にどう仕掛けるかを脳内で考える。
(……なら、まずはこいつを試してみるか。これなら効けば何より、効かなくても何とかなるはずだ)
そう思い、剣を構えて風の魔力を解除し、別の魔力を込める。
「……氷よ!剣に宿れっ!」
『氷』の魔力を剣に込め、魔犬が動くよりも早く技を放つ。
「輝け!そして連なれ氷河!『氷烈斬』!」
氷の刃を魔犬に向けて放つ。その際、意図的に魔犬のやや手前を狙った。自信の狙い通り、氷の刃は魔犬の少し前で炸裂し、眼前には氷の氷柱が出来る。それを確認したと同時に後ろに下がり、魔犬との距離を置く。
(……よし。狙い通りだ。もしアイツが氷に耐性があったとしても、この氷柱を越えて攻撃するには難しい。氷が弱点なら、それが一番ベストなんだがな)
そう思い、目の前の氷柱を見つめながら剣を構えて警戒する。
「……どうする?まさかこの氷柱を壊せるとは思えねぇ。氷に耐性があるなら氷柱を迂回して仕掛けてくるか……?」
氷を溶かせるほどの炎を吐ける火竜ならいざ知らず、あくまで魔犬である以上それは不可能だ。氷柱の周りを警戒していた時、不意に殺気を頭上から感じた。
「なっ……!」
次の瞬間、魔犬が頭上から飛び掛ってきた。すんでのところで魔犬の攻撃を回避しつつ追撃を避けるべく再度距離を置く。
(この高さの氷柱を……登ってきたのか!それは予測できなかった!)
こちらの一撃を寸前で避け、牙と爪で氷柱を登り攻撃を仕掛けてきたのだろう。咄嗟に回避出来たとはいえ、予想外の事態に動揺する。その隙を付いて魔犬が再びこちらに襲い掛かかってくる。
「くっ……!このっ!」
牙の一撃は回避したものの、爪の一撃は避けきれず腕から血が滲む。病原体を持っている可能性はあるが、今はそれを気にする余裕は無い。致命傷を避けただけでも儲けものである。地面を蹴り上げて更なる追撃を避けるべく少しでも距離を取ることに専念する。
(氷も駄目か!まさかこいつをよじ登って仕掛けてくるとは思わなかったぜ!)
ようやく一定の距離を保つことに成功し、改めて魔犬の長と対峙する。眼前とはいえ放ったはずの一撃で多少のダメージは与えたはずだが、魔犬の勢いは先程とさして変わらないように見える。
「炎も氷も駄目、か。それでも戦況を立て直す時間稼ぎになればと思ったが、それも難しくなっちまったな」
気性激しくこちらに威嚇の構えを取る魔犬に向かって思わずつぶやく。昂る気持ちを必死で抑えて次の手を考える。
(……人語を理解、話せるレベルの高位魔族ならともかく、全ての属性に耐性を持っているとは流石に思えねぇ。だが、足止めすら満足に出来ないのに次の属性を試すにはリスクが大きい。万が一、雷や地に完全に耐性があったら技を放った次の瞬間眼前に飛び込まれて喉元を噛み付かれてお陀仏って可能性もあり得る。なら……)
どう攻めるかを決めあぐねつつも、ひとまず剣に込めた氷の魔力を解除する。その上で次の対抗策を考える。
「……こうなりゃ、一か八かの属性には頼れねぇ。純粋に剣の一撃で確実に仕留める必要がある。……なら、やるしかねぇよな」
意を決して剣を構える。こちらが攻めて来ないのを好機と見たのか魔犬がより一層腰を落として身構えた。自分の喉笛に噛み付くべく仕掛けてくるのだろう。それを見て自分も覚悟を決めた。自分の中でますます空気がひり付いてくるのが分かる。
(まだだ。……まだ堪えろ。アイツが仕掛けるその瞬間を待つんだ。早すぎても遅すぎてもいけねぇ。タイミングを間違えたら、その瞬間俺はアイツの餌になる)
『奥の手』を仕掛けるタイミングを計るべく、全神経を集中させる。不思議な事に集中すればするほど頭の中に仲間やターミス達の顔が浮かんだ。
(こういう時、イスタハがいれば遠距離から魔法を打ってもらって有効な属性を確認出来るし、ヤムやプランに動いて貰って標的を分散する事が出来るんだがな。だが、今は自分一人だ。無いものねだりをしたってしょうがねぇ)
魔犬の後足に力がこもる。
(……それに、あいつらに頼ったままじゃ俺はいつまで経ってもハキンスには追いつけねぇ)
顔を深く下げ、魔犬が今まさに自分に飛び掛ろうとしている。
(何より、ここでこいつを仕留めなければターミスにジレン……村の皆を救えねぇ!俺は勇者!勇者、ハイン=ディアンだ!)
そう心に誓った瞬間、魔犬が自分めがけて飛び掛ってきた。剣を握り、意識を切り替えた。
「……『反転』!」
次の瞬間、自分の意識は遠のいた。




