38話 ハイン、クエスト先で不穏な空気が漂う
「……はい、ではハインさん。初めてのAランク、ソロでの挑戦ですね。貴方の実力は把握しておりますが、くれぐれも無茶をしないようにお気をつけくださいね」
受付でペンダントを受け取り、首にかける。
「はい。勿論です。いつものように『達成より生存優先』の気持ちで行ってきます」
自分の返事に受付のお姉さんが微笑む。改めて一礼し、クエストへと赴く。
今回、自分がAランクとして初挑戦するのはバイコーンの討伐、及び角の破壊、回収である。
主にバイコーンは二角獣が一般的とされるが、まれに多角の角を持つ存在も目撃されている。加えて近年は角に魔力を蓄え、危険度が高い亜種も確認されている。
無論、その分魔力が蓄えられた角は上質の素材となり重宝されるため、高値で取引されている。
今回は固体が増え、危険が人々に及ぶ前に討伐、せめて無力化すべく危険な角を破壊すべし、という内容のクエストであった。
(……今の自分の実力と、この剣があれば決して難しい相手じゃねぇはずだ。ただ、イスタハ達とパーティーで対峙する前に、無理なくソロでも討伐出来るかを確認しておく必要がある)
そう思い、今回このクエストを選んだ。単体での遭遇ならば予定通り討伐、万一群れと遭遇しても数にもよるが、角の破壊までなら何とかなるだろうという算段である。
「おう!ハインか!お前もクエストに向かうのだな」
その声に振り返ると、長剣を背中に携えたテートが立っていた。
「おう。バイコーンの討伐だよ。お前もこれからクエストに向かうんだな」
自分の言葉にテートが頷き、大声で言う。
「うむ!こちらはオーガ亜種の群れの殲滅だ。どうやらタチの悪い群れが発生したとのことでな。人肉の味を覚えたらしく、度々人里を襲うらしくてな。まぁ、全てこの剣で斬り伏せてくるとするさ」
そう言って背中の剣を指差すテート。
元々長身のテートよりも更に長い、特注と思われる長剣。今の自分ではとても扱えないだろう。
「そっか。ま、お前なら楽勝だろうな。まぁ、お互い頑張ろうぜ。じゃ、俺はこっちだからさ。またな」
そう言って施設を出て、テートに声をかける。
「うむ!そちらも健闘を祈る!」
豪快に笑うテートに背を向け、改めて目的地へと歩みを進めた。
「さてと……出没先はこの辺りのはずだったはずだが……」
足を止めて、懐から地図を取り出し現在地を確認する。
バイコーンは密林や山岳地帯を主な根城にする事が多いため、視界や足場が悪い中で戦う事が多い。不測の事態を避けるため、出来ればなるべく安全な場所で戦いたい。そう思いながら地図を眺める。
(……基本的に、バイコーンは群れでは行動しないはずだが、例外もある。今回はその例外でないと良いんだけどな)
そう思いながら現在地を把握し、地図を懐にしまったところで気配に気付く。
……いた。視界の先に、二匹のバイコーンを捉える。
(見た感じ……つがいか?幸い角はどちらも二本。亜種や変異種の類じゃなさそうだ。これなら二匹相手でもどうにかなりそうだ)
そう思い、意を決し獣の前に姿を現す。こちらの姿を確認したと同時に、二匹のバイコーンが即座に臨戦態勢に入る。
「どうやら、そちらもやる気満々みてぇだな。……悪いが仕留めさせて貰うぜ」
そうつぶやき、剣を構える。バイコーンがこちらに飛び掛かってくる。
「炎よ!剣に宿れっ!」
『炎』の魔力を剣に纏わせ、攻撃に備える。まず一体がこちらに向けて角を突き刺そうと迫ってくる。
「よっ……と!」
その角を剣で受け止める。やはり固い。なまくらな剣ではたちまち折られてしまっただろう。
その隙を突こうと、もう一体がすかさずこちらに向かってくる。だが、それは計算済みである。両手で握っていた剣から左手を離し、魔法を唱える。
「『火炎球』!」
簡略詠唱でもう一体のバイコーンの眼前に魔法を放つ。
当然、上位の魔獣であるバイコーンには直撃したところで致命傷には至らないが、炎を恐れる獣の本能か後ろに飛び退き動きが止まる。
それを視認した瞬間、瞬時に剣へ左手を戻し、剣に力を込めて勢い良く振り上げる。
「……うおおっっ!」
次の瞬間、バイコーンの角がへし折れる感触が両手に伝わってくる。バイコーンの苦悶の雄叫びが周りに響き渡る。
(次は……お前だっ!)
顔面に火球が直撃し、未だ怯んだままのもう一体のバイコーンに間髪入れずに駆け寄る。
「……『烈風斬』!」
無防備になったバイコーンの首を目掛けて風の刃を叩き付け、バイコーンの首を斬り落とした。
「よしっ!」
一撃で首を落とし、絶命したことを確認しもう一体の方に向き直ると、遥か後方へと駆け出し逃げていくバイコーンの姿があった。
「……逃げたか。意外と薄情な奴だな。まぁ、角は折ったしわざわざ深追いするまでもねぇか」
つぶやきながらへし折った角を探して拾い上げる。
「……うん、一本はちょっと真ん中くらいから折れちまっているが、もう一本は根元近くで綺麗に折れているな。こっちは首から落としたから角は無傷だし、大分上等な素材になるだろ」
血の匂いで他の魔獣や他の群れが来ないように、首から下を氷の魔法で凍らせ、溶けないうちに地面へと埋める。首から流れる血が止まったのを確認し、近くの小川で洗い、乾かした後で革袋に入れて紐で縛る。
「よし。これで任務完了だな。初挑戦にしちゃ上々の仕上がりだ」
袋を持ち上げ、施設へと戻ろうと歩き始める。
その時、ふと空を見上げた自分の視界に『あるもの』が見えた。
「あれは……隊士が上げた狼煙だ。それもあの色は……『緊急要請』!」
空に浮かぶ紫の狼煙。それは、隊士が自分、もしくは仲間に命の危機が迫った際に、緊急で助けを求める隊士内での合図であった。
咄嗟に荷物を抱え、即座に狼煙の浮かぶ方向へと一目散に駆け出した。




