23話 ハイン、隊士混合試合に申し込む
「……さてと、じゃ、とりあえず申し込んでくるわ。皆はそこの食堂で待っててくれや。イスタハは当然不参加として……ヤム、お前は良いのか?腕試しや強い奴と出会うきっかけとしては悪くないと思うぜ?」
翌日、混合試合に参加すべく、申込みを済ませに四人で受付会場に到着したところでヤムに尋ねる。
「はい……あの無礼者を自らの手で叩きのめしてやりたいと思うのはやまやまなのですが……あれと当たる前に師匠と当たってしまう可能性がありますし、ここは観客として師匠の手で直接、あの無礼者が叩きのめされるのをこの目で見届けたいと思います」
ヤムがそう言うと、プランとイスタハも口を開く。
「わ、私もその光景が観られるのを楽しみにしています……万人の前で、痴れ者を地べたに這いつくばらせるハインさまのお姿……うふふ……素敵……」
「お、落ち着いてね、プラン。ハインも気をつけてね」
イスタハの言葉に了解、とばかりに手を振って受付に向かう。
「……はい、では勇者クラス上級、ハイン=ディアン。参加申込を受け付けました。当日、指定された時間までにこちらにお越しください」
受付で数点の注意事項の確認とチェックを済ませ、申込用紙に記入を終え、食堂で待つイスタハ達の元へ戻ろうとしたその時だった。
「……ハイン、と言ったかな」
不意に声をかけられ、その声に振り返ると、そこにはハキンスが立っていた。
「ハキンス……先輩。どうしました?」
思わず足を止めて、ハキンスの方を見る。ハキンスは無言で静かにこちらに歩み寄ると、落ち着いた口調で話しかけてきた。
「ハキンスで良い。どうやら……大会に参加するのだな」
自分の手に持つ申込用紙の控えをちらりと見て言う。
「はい。まぁ……そこまで乗り気な訳じゃないんですが、出ないと後々面倒な事になりそうなんで」
自分がそう言うと、ハキンスは静かに口を開く。
「お前は……強いな。隠しているようだが、明らかに場数を積んだ者の目をしている」
そう言うと、ハキンスは真っ直ぐに自分の目を見つめる。
……それを言うならあんたもだよ、と言いたくなるのを必死に堪える。
二十五年の間で培った経験があるからこそ分かる。当時の自分であれば、この雰囲気に気圧されているか、そもそもこの闘気にすら気付けなかったかもしれない。
「……全クラスの隊士を含め、トップクラスの強さを誇るあんたにそんな風に言って貰えるなんて、光栄ですね」
ゼカーノの様な小物とは違い、本物の強者だけが持つオーラに少し気後れしつつ、冷静に言葉を続ける。
「……お前とは、一度手合わせしたいものだな」
そう言って、ハキンスは踵を返し、自分が先程までいた受付へと向かう。
「……闘士クラス特級、ハキンス=ビーグ。隊士混合試合に参加を申し込む」
ハキンスの言葉に、受付の職員は勿論、それを見ていた周りの一同からざわめきが起こった。
「はっ……?ハキンスが大会に出場するだと?」
「マジかよ!もう優勝が決まったようなもんじゃねぇか!」
ハキンスの申し込みを見た連中が口々に言う。
無理もない。まさかハキンスがこんな大会に参加するなど、周りの連中はもとより、自分にとっても衝撃であった。
「……お前と当たるのを、楽しみにしているぞ、ハイン」
周りのざわめきを気にせず、手続きを済ませたハキンスが再度こちらに近付きこちらに言う。
咄嗟の事に反応出来ない自分をよそに、ハキンスは早々にその場を後にする。
「……マジかよ。どうしてこうなった……」
あまりの事に、思わずその場でしばし立ち尽くした。
「……何と。では、ハキンス殿も大会に参加するのですね」
あれから食堂で待つヤム達の元に戻り、先程の一部始終を話すと、皆も驚きの反応と同時に口々に話し出した。
「ハ、ハインさまなら問題はないと思いますが……あのお方は確かにお強いと思います……お、お気をつけて……」
「あの人も大会に出るんだね。でも、それなら他の人達は辞退するんじゃないのかな?どうせ勝てない、ってさ」
プランとイスタハの言葉に、自分も言葉を返す。
「……あぁ。冷やかしや軽い気持ちで参加しようとしてた連中は、こぞって辞退していたよ。おそらく、普段より大分少ない人数で開催するんじゃねぇかな」
ハキンスが大会に参加する、と聞いた直後、腕試し目的の連中や、クエストで思うように結果が出せない為、試合に申し込む事で教官達へのアピール目的で参加しようとしていた連中は早々に辞退を申し出ていた。
まぁ、考えてみれば無理もない。見返りが少ない上に優勝候補が参加するとなれば、下手に怪我をしたり醜態を晒すくらいなら辞退する方が得策だからだ。
「……一応聞くけど、ハインはしないの?辞退。ハキンスさんが出場するなら危ないんじゃ……」
イスタハが心配したようにこっちを見て言う。
「……や、出るよ。向こうからのご指名だしな。それに、ゼカーノの奴もこっちに言った手前、あいつも辞退はしねぇだろうしな」
そう言ってテーブルを立ち、自分の分の会計を置く。
「うし、じゃあ俺、ちょっと寄るところがあるから行くわ。お前達はゆっくりしてくれ」
「師匠、どちらへ?どこかに行くなら私も……」
立ち上がろうとするヤムを手で制し言う。
「や、ちょいとした野暮用だからさ。一人で行ってくるよ」
そう言って三人と別れ、自分が向かった先はタースの工房だった。
「おや、いらっしゃい。今日は一人かい?剣のメンテナンスにしては、まだ早いと思うけどね」
カウンターに座り、タバコを吸いながらタースが言う。
「や、そうじゃねぇんだ。ちょっと、剣が一本欲しくてな」
そう言ってカウンターの近くに乱雑に並べてある剣を順に眺めていく。
「……そんななまくらな奴をかい?まぁ、曲がりなりにもあたしが打った奴だから支給品よりはマシだろうが、ろくな素材を使ってないからあくまでそれなりのもんだよ?」
タースの言葉を聞きながら、一番手に馴染み普段の剣に近い長さの剣を手に取る。
「あぁ。それで充分さ。流石に、あんたのあの剣を使う訳にもいかねぇからさ」
そう言って、タースにかいつまんで事情を話した。
「……なるほどねぇ。混合試合か。そりゃ、あの剣で出ちまったらマズいわな。軽い気持ちで打ち合って、相手の剣ごと手を切り落とした、なんて事になったら大事になるからねぇ」
「そうそう。加減はするが、うっかり大怪我させないとも限らないからさ。……うん、コイツが良いな。これにするよ。いくらだい?」
そう自分が言うと、タースは座ったまま手をふりふりとしながら言う。
「要らないよ。あんたにゃ大分贔屓にして貰っているしね。差し入れの酒代でチャラってことで良いさ。その代わり、また良い素材が入ったらあたしに依頼しておくれよ」
その言葉に素直に甘える事にし、タースに礼を言って店を後にする。
かくして、遂に大会の日が訪れる事となった。




