12.手続きの度に重ねてる
宜しくお願いいたします
王都は雪が降らない。それでも吹く風は、ロアがこの街に来た頃よりも涼しくなっていた。
今日は休みと決めて宿から少し離れた通りにある喫茶店に来たロアは、迷宮ガイドを開いてのんびりと香茶を飲んでいた。
ペラリペラリとまくって、自分が攻略した迷宮を含めて確認していく。
攻略はしていなくても途中まで行ったところも幾つもある。
その指が止まったのはココに来る前にギルドの連絡板に出されていた情報の迷宮があったからだ。
先日先に攻略していたが、その迷宮が消滅した。
またここ暫くで迷宮内に発生する魔物が変わった所がちらほらと噂されている。しっかりと情報としてあげられているのも幾つか。
更に王都周囲でも魔物や魔獣の発生が増えたと噂されている。今朝も魔物討伐隊が出立したとそこここで立話している姿が見受けられた。
(まぁ、少し流れが良くなりましたからね)
ペラリと次のページをまくりながら一人納得するロアの脳裏には、冥属性の魔核が浮かんでいた。
迷宮は人が多い場所の近くに出来やすい。この王都周辺は本当に迷宮が溢れている。
種類も豊富なおかげで王都は非常に豊かだ。ココでは無いが、村を挟まないほど近くにも大きめの街があり、そこでは魔石が多く取れる鉱山型の迷宮が複数固まって存在している。例え消えてもまた似たような迷宮が直ぐに発生するとのことだ。
それでなくても迷宮が多く魔石には事欠かない。
おかげでこの国は魔道具が豊富で生活も便利になっている。上水は魔石で補われ、下水のみが整備されている。それも浄水技術によって浄化され、近くへ流され農業用水として使われている、非常に清潔な地域だ。
もちろん同じ国の中においても地域によっては違うけれど。
(この国の迷宮を巡るなら、やはり王都を拠点にするべきですよね。この国になければ、春以降にもう一つ南に行きますか。アチラになるとまた暑いんですよね。寧ろ先に西の国の迷宮に。ああ、でも祖母の最後の商品の届け先はもっと南らしいですし……移動される前に伺った方がいいでしょうか。まぁ今向かっても既に居ない可能性もありますし。まあ何にしてもある程度の距離ごとに拠点があると便利ですし。今潜れる場所で適当な所が無いのが難しい所ですね)
次に潜る迷宮をどれにしようと選ぶ指先が、行きつ戻りつしながらページをめくる。
そうして香茶を飲もうとふと意識を本から逸らした時、目の前に座る存在に気付いた。考え事に夢中になっていて、いつの間に来たのか気づかなかった。
僅かに瞳に魔力を込めて、受け入れられやすい笑みを作る。
「すみません、お待たせしましたか? ユアン君」
「い、いえ。その、あの、今、来たので……」
ぼんやりとロアを見ていたユアンは、急に声を掛けられた事でハッとして慌てて首を横に振る。ソコには普段カウンターで常に冷静にしている姿は無かった。
(思ったよりもあの術式は強いものだったのですかね?)
ユアンがココまで狼狽えるのは普段でも珍しい事を知らないロアは、内心首を傾げて一部解析出来た術式を思い浮かべる。カウンターの中に入った事は無いので、全ては見えない為解析も一部だが、効果からある程度は補えていた。
同時にユアンの見たてに間違いがあったかも、ともう一度調べて間違いは無さそうだと内心で一つ頷く。
魔力の高さと若さから伸びしろは大きい。ミトに並ぶほどに成長できそうだ。出来れば手に入れたい。
見た目の年齢からの判断では成人は迎えているだろう。職員の中でも若手なのは未だ成長する波を湛えている魔力の揺らぎからの判断だ。大体純人族始め、人型を取る者は八十を超えた辺りから外見が落ち着いてしまうから魔力の揺らぎでしか年齢を判断できない。二百を超えれば、短命な種族は老いが始まる。長命な種族なら五千を超える。まぁ素体の限界年齢が生きられる年とは限らないが。
普段は見ないユアンの年通りの姿を楽しみつつ、のんびりと香茶を啜った。
視線の先で胸に手を当て数度深呼吸する様子をみながら、確認を取って片手を上げて店員にしらせユアンの分のお茶も注文する。
それが届くころには幾つか世間話をする程度にユアンも落ち着いていた。
街に来てからの習慣付けようと朝のギルドの掲示板を確かめに行っているのだが、先ほどその時に、ココに呼び出されていたのだ。
「それで、お話は?」
ユアンが落ち着いたのを見てロアが促すと、ユアンは居住まいを正して口を開いた。
「ロアさん、ミトさんへの護衛依頼をギルドを通してのものにして頂けないでしょうか?」
真面目な顔をして言われた内容は、これまで他の職員からも数度仄めかされた事をハッキリと口にされたものだ。
冒険者が個人的に依頼を請け負うのは別に禁止されたものでは無い。
ただ保障や問題対策として、ギルドを通した方が良い、というものだ。ギルドを通したものなら、何かあった時の補償にギルドも介入できるので。
一方で冒険者も自分の公的な実績と出来るので、依頼を受けたらギルドを通す方が良い面があると積極的にギルドの依頼とする傾向がある。
ランクアップにもつながり、最低報酬も決められているので損が少なくなる事が多いからだ。
またギルドを通した方がギルドの印象も良い。
ユアンの声にロアは微笑んで何も言わない。
それにユアンは少し間を置いてからギルドからの要望の詳細を伝えた。
「冒険者はBランクに上げるまでは各ギルドに任されています。けれど同時にギルドの方の審査ではBランクに上げるのは幾つかの決まりがあります。その中に一定の数、決められた依頼を達成するというものがあります。ミトさんは護衛依頼だけが足りず、Bランクに上げられません」
「そうなんですね」
「ランクが上がれば制限対象の迷宮にも審査が通りやすくなります。実際何度もミトさんは審査に落ちています。基本的にBランク以上でないと通らないというお話をさせて頂いて以降は、申請もされていませんけれど」
基本的に迷宮はどこでも出入り自由だ。一応ランク付けなどされているが、潜るのは個人の責任とされている。
しかし幾つか国ごとに制限が決められ、審査が通った者だけが潜れる迷宮も存在する。
出る魔物があまりに強く攻撃すると迷宮外まで追って来るだとか、環境があまりに悪く下手に踏み入ると呪いに掛かり周囲にも影響が出るだとか、受ける毒が長く残り人に移るものあるとかだ。それに対応できる実力がある、装備が揃えられている、という確認がされて初めて潜れるようになる。迷宮の入口に審査証を持っていないと通れない結界をはる魔道具が設置されていて、また許可なく通るのは罪となる。
大変に危険が付きまとう迷宮だが、それでもそういう迷宮には独特の素材や資源があり、常に需要に対して供給が間に合っていないので、一度潜れば確実に成果を見込める為に常に誰かは潜っている状況だ。
「ミトさんほどの実力のある方をCランクにさせておくのは勿体ないです。本来特級ランクの実力は確実なのに」
僅かに悔しそうな顔を見せるユアンは、直ぐにその表情を消し真っすぐにロアを見る。その瞳には期待が仄かに宿っていた。
「何とかミトさんを説得して頂けないでしょうか?」
その目を見返しながら少し楽しそうにロアは問いかけた。
「そこは頼むんじゃ無いんですね」
「仄めかすぐらいはして頂いているでしょうから」
ロアはまた微笑んで返答を控えた。
実際「ギルドを通しましょうか?」というロアが訪ねた事はある。それに「いらねぇ」と即答されて終わったけれど。
信頼の籠った視線で見て来るユアンをジッと見返していると、不安そうにそわりと僅かに気配が揺らぐ。
まだまだ若そうな子だ。経験は少ないのかもしれない、と自分の方が圧倒的に対人経験値が低いのに思いながら、問いかけた。
「ミトがランクを上げたくない理由、ご存じありませんか?」
「すみません。メリットの方が多い筈なのですが、何度か職員がお聞きしても返答は得られていない状態です」
「そうですか」
ロアはこれまでのミトの様子を思い浮かべる。
特にギルドに不満がある様子も無く、ランクに拘る様子も無い。日常に支障が無いなら別に無理に上げる必要も感じなかった。
ランクごとの説明はアッサリとは受けているが、大抵は上がった時にカウンターで説明される。
ロアも一つ上がった時にユアンに教えて貰った。
「Bランクの説明を教えて頂いても良いですか?」
ユアンは特に気にする事無く頷いた。そのランクにならないと教えて貰えないのかと思ったのだが、単に全てをカウンターで一気に説明するには時間が取られ過ぎるかららしい。
「冊子にまとめるなどしないのですか?」
「冒険者の識字率は低いですから。サインですらカードを受け取ってから知る者が多いです。講座も開いているのですが、受講者は毎年十人いるかいないかです。パーティーで一人いれば良いですから」
「なるほど」
「マニュアルとしてギルド員には配られていますが、貸し出しは例がありません」
淡々と説明する様子はカウンターに居る時と同じで有能そうだ。実際、説明なども淀みなく、分かりやすく話してくれた。
「Bランクからのこのランク対応強制依頼、というのが問題だったりしませんか?」
「これは魔物の氾濫が起こった際に各ギルドの所在地を守る事に繋がるので、その場に居れば強制でなくとも参加は必須になります。ただ直接戦闘する際に上のランクがいなければ、指揮を執って頂く立場になるというだけです」
「他では使われない、ということですか?」
「いえ、以前に魔物の大規模集落の討伐等で、他のランクが居なかった際にはBランクの中でも実力のある方に対して使われました」
「妥当ですね。そういえば指名依頼はランク関係無いんでしたっけ?」
「はい。特にどのランクから、ということはありません。ただ貴族や豪商からの指名依頼の中にはAランク以上を望むものが多いです」
「箔付けというやつですか」
「あとはそのランクまで上がれた実績と実力、という信頼かと。受ける受けないは全て冒険者の判断です。強制する事は基本的には出来ません」
今まで教えて貰えなかった事を聞きつつ、さて原因は何だろう、と組んだ手を机の上で数度上下させながら考える。
そういえば、とふと気になった事を尋ねた。
「ミトの種族ってこの辺りで見ないですよね?」
「ああ、狐人は魔力が多く魔法師が多いので、この国では学術都市の方に集ってますね。あちらの領主も狐人ですし」
「そうなんですね」
「あちらはちょっと魔法師至上主義の方たちが集まる傾向があるので、冒険者は少ないんです。迷宮の数も王都よりは少ないんですが、魔法師の方たちはあまり自分で素材採取に潜っては頂けないので、度々防衛依頼が出ていますね。もっとも襲われると素材が向こうからやって来た、とお祭り騒ぎになり開発中の魔法の試し打ち場になって、寧ろその後の土地の成型の方が時間がかかるとアチラのギルド職員が愚痴っていました。一応魔物の氾濫が起きたら同国内のギルドに通達救援要請を回すのが決まりなので、毎回来ますが大抵は派遣の必要は無いと一言添えられています」
「なるほど?」
ふと先ほどの説明を思い返して問いかける。
「Bランクになると別の都市に居ても、防衛都市からの指名依頼で強制的に呼び出される事はありますか?」
「え?」
キョトリと瞬いた瞳は考えた事も無かったと伝えて来る。
「今まではありません。ですが……ええ、規則では禁止されていません、ね。ただわざわざ緊急な状態で他都市、しかもどこにいるかも分からない相手を指名する必要も余裕も無いかと」
「そうですよね」
ニコリと笑ったロアは、それから困ったように微笑んで首を傾げた。
「やはり理由は分からないですね。私もこれでは説得のしようもありません」
「そうですか」
「契約が終わる時にでももう一度確認はしてみますね」
「是非お願いいたします」
深々と頭を下げて丸い後頭部を晒すユアンに、ロアは手を伸ばして後頭部を撫でた。
ビクリとユアンの身体が震えて固まる。
見た目よりも固い髪を楽しみながら数度撫でて手を放す。
恐る恐ると言った様子で顔を上げたユアンに、ロアはニコリと微笑んだ。
「はい、承りました」
その顔を見た途端、ユアンの頬が花咲くように薄紅に染まった。それを隠すように頬を擦った手が、耳飾りに触れて
「あ……」
慌てた声を一つ零したユアンの姿が変わる。といっても目が増えて、牙が生えただけだが。もしかしたら服に隠れた細部もかわったのかもしれない。肌色も一部少し変わった。指先の爪が伸び、柔らかそうな毛も生えている。
焦ったようにロアに視線を向けるユアンに、気にした風もなく微笑んで返す。
「ユアン君は蜘蛛人だったんですね」
「……はい、その気持ち悪くないですか?」
すぐさま戻しつつ不安そうに問いかけるユアンに不思議そうにロアは首を傾げた。
「何がですか?」
「あまり好まれる外見では無く、また種族的に嫌われる事も多く、一昔前までは魔獣と同じく迫害されていた種族でしたし」
ロアは手を伸ばし、隠れてしまった牙があった場所を親指で撫で、先ほどまで硬質な輝きを見せた頬の下のラインを手のひらで擦る。
「可愛かったですよ」
「かわっ!?」
「ああ、男の子ですから格好いいの方が良かったでしょうか」
驚きつつロアも他の人同様に嫌悪しつつ揶揄うのかと睨みつけかけて、向けられたただただ慈愛に溢れた視線に今度こそハッキリと頬を染めて、ガタリと椅子を引く。そして徐々に真っ赤に顔を染めて、撫でられた場所を両手の平で抑えて俯いた。そんなユアンに追い打ちをかけるロアの声に何とも返せず、ユアンは意味も無く叫びたい声を手の甲を口元に当てて堪えた。
向かい側でのそんな様子を微笑ましそうに見ながら、蜘蛛人の素材はまだ手に入れていないな、などと考えつつ香茶を飲み終えたロアは優しい声をかけた。
「そろそろお昼、ですね。お時間が大丈夫なら、ご一緒しませんか?」
「…………はい。ぜひ」
小さく呟くように答えて頷く、未だ顔を上げられないユアンの頭を一つとても優しく撫でて、ロアは「じゃあ行きましょうか」と促した。
今、顔を上げていればかかりが良さそうだったのに、と思いながら。
ありがとうございました




