最後にタイトル回収するのもデフォだけど、一度はやってみたいよね
フィアとのキスでMPが回復したので、取り囲んでいた騎士団や魔法師団へ『強制睡眠』の魔法をかける。国王の頭へは『ライト』強化版のおまけ付きだ。
辺りを照らす『ライト』の魔法の強化版。それは光源がLED並の長期寿命を持つ便利な魔法である。『ライト』に比べて紋様が複雑な上に、あまり需要がないため使用できる者は少ないが、当然俺は覚えていたので国王の頭は見事に明るく光りだす。
「だってホラ、国王だからな。いつでも光り輝いてもらわないと」
そう言って先程の失言を誤魔化すためにニカっと笑うと、フィアが堪え切れないように噴き出した。
「クリス様、グッジョブです!」
「だろ? それはともかく、フィアが王女じゃなくなったんなら、この国にいる理由もないし一緒に旅に出よっか。この国じゃ俺は死んだことになってるし、ホグも珍味が食べたいって言ってたし」
「よいのか!?」
フィアが返事をする前に、ぱあっと顔をあげたホグが円らな瞳を輝かせると、それまで固唾を飲んで成り行きを見守っていた民衆の中から、落ち着いた壮年の男性と若い女性が現れた。
「私はこの地域の支部を担当しているギルドマスターです。あれほどの上位魔法が使える魔法使いを、我がギルドは歓迎いたします。旅立つ前に是非、我がギルドで冒険者登録をなさってください」
ギルドマスターだという壮年の男性の話に、俺は苦笑してしまう。何故なら彼の隣に立つ若い女性の顔に見覚えがあったからだ。
各国に支部があるギルドは連携はしているが、支部ごとの派閥争いは激しいときく。所属冒険者に闇の上位魔法なんて使える魔法使いがいれば、その支部は他の支部よりも明らかに強い発言力を持つ。
俺を勧誘したのは大方そんな理由なんだろうなと推察し、でもそれはあんたの隣に立つ女性のせいで無理な話だなと思い苦笑したわけだが、俺の笑顔を肯定と勘違いしたギルドマスターがニコニコと微笑んだ。
「貴方なら試験なしでSSS級冒険者に登録ができますよ」
「あ~、申し訳ないですけど、俺、そこの受付嬢に門前払い食らってるので、今更ギルドへ所属するつもりありませんから」
「はい。……え? 門前払い? え? え?」
「え?」
疑問符を頭に浮かべたギルドマスターの視線を受けて、受付嬢も訳がわからないと首を横にふる。
その様子に俺は益々苦笑を深めた。
「B級冒険者サムソンの弟のクリスです。覚えてませんか? ギルドを訪れた時に、貴女がサムソンの言葉を鵜呑みにして門前払いしたクリスですよ」
「……あっ!」
俺の言葉に驚きの声をあげた刹那サーっと音を立てて顔色を青くする受付嬢へ、パニック状態のギルドマスターが詰め寄る。
「門前払いって、どういうことだ!? あれほどの魔法使いを何故!?」
「だ、だって、サムソンが最大MP5しかないって言ってたから……」
「ちゃんと測定しなかったのか!? 闇の上位魔法を複数で放つ程の魔法使いの最大MPが5のわけないだろう!?」
「だってサムソンが……。それに魔道学園でもMP5って有名だったし……」
ギルドマスターに責められ泣き出しそうになる受付嬢を庇うつもりはないが、少しだけ気の毒に思い口を挟む。
「確かに俺、昨日まで本当にMPは5でしたけどね。でも学園での魔力測定って、最大MPを計測するんじゃなくて単にMPを計測するだけなんですよ。国王が教育の予算を削ってたからいつまでも旧式の測定器しかなかったんですね。
ま、普通は魔力測定ともなれば、朝起きたら魔法を使用しないで計測に臨むでしょうから最大MPになるんでしょうけど、ホグの見立てによると俺は寝てもMPが回復しないみたいなんですよね。だからMPは5という結果が出たわけです。ギルドの高性能最大MP測定器なら、正確な数字を計測できたと思うんですけど、魔道学園での測定結果がMP5だって噂が広がってちゃ、信じちゃうのも無理はないかなと思いますよ。
ただ冒険者に憧れた俺としては、きちんとギルドで計測してほしかったですけどね」
「そんなバカな……」
「MPはともかく、クソスはスキル『探索』持ちじゃったがのぉ」
俺の言葉に呆然とするギルドマスターと少しだけホッとした様子の受付嬢だったが、ホグがニヤニヤしながらチャチを入れる。すると呆けていたギルドマスターの顔が途端に険しくなった。
「『探索』だと!? いくらMPが低いと噂されていたとはいえ、そんなレアスキルをちゃんと確認しなかったのか!?」
「! そんな……だ、だってサムソンがろくなスキルも持ってないって言うから……」
「なんてことだ……」
とうとう泣き出してしまった受付嬢に、頭を抱えるギルドマスター。
乾いた笑みを浮かべるしかない俺は、ホグの言ったとおり『探索』は凄いスキルだったのかと納得しかけて奴の頭を小突いた。
「それよりも誰がクソスだ、誰が! いい加減その呼び方を改めろ!」
「マシュ~!」
俺に小突かれたホグは素早くフィアに擦り寄ると、至福の笑みを浮かべている。
「ったく、お前すぐフィアに逃げるのやめろ! 俺の婚約者に気安く触るな! お前も○ンタッキーにするぞ」
「お主、この幼気で愛くるしい儂によくそのような暴言が吐けるの! やはりクソスじゃ!」
「ホーグー!」
ワシワシと手触りのいい毛玉を丸めれば、目を回しながらも手羽先で蹴り上げる抵抗を見せたホグに、フィアが楽しそうにクスクスと笑う。
その笑顔を見ながら俺はホグの羽を摘みあげ、フィアへ片手を差し出した。
「フィア、さっきも言ったけど、この国に未練がないなら俺と一緒に旅に出よう?」
「もちろん儂も一緒じゃ。クソスの魔の手から守ってやるからの!」
目の前に出された俺の掌と、もみくちゃにされながらも小さな手羽先を挙げたホグを見たフィアは、迷うことなく両手でそれらを握ると破顔した。
「はい! 喜んで!」
◇◇◇
あれから俺はフィアとホグと共に国を出た。
闇魔法を10個も放たれた王都の空は大気に歪みが生じてしまい、完全に元に戻ることはなく、昼間でも闇のヴェールをかけられたかのような薄暗さとなってしまった。
そのせいで王都近郊の地場が乱れたらしく、レッドドラゴンは卵とともに別の地へ向かったらしい。
ホグによれば、何でもレッドドラゴンが王都近くのダンジョンにいたから、他の強い魔物が来なかったらしく、今あの王都付近はA級以上の魔物で溢れて手がつけられない状態となっているそうだ。
国王は騎士団と魔法師団だけでなく、魔道学園の教師や生徒まで駆り出して討伐を図ったが逆に壊滅状態となり、王都が荒廃したため王国は斜陽の一途をたどっている。
兄のサムソンは片目を失明したことと利き腕の粉砕骨折のせいで正確に魔法陣を描くことが出来なくなり、魔法使いとしての未来は絶望的となった。
デボラは自慢だった美貌が元に戻らず半狂乱となり、片腕をなくしたロータスも剣士の夢を諦めて自暴自棄の生活を送っているらしい。
この三人は怪我がなくても、仲間を置き去りにした卑怯者として他国のギルドでも悪名が広がっていて、もはや冒険者としては再起不能だ。
俺を門前払いしたギルドの受付嬢は、一番底辺の下働きに降格させられたそうだ。
花形だった受付嬢と違って下働きは雑用や掃除などが主な仕事で、場合によっては冒険者が持ち込んだ魔物の死骸から、魔石を取り出すために解体作業なんかもする人気のない職だったが、他へ就職しようにも『探索』スキルを見逃すような粗忽物を雇ってくれる所はないらしい。
前世でも今世でもきちんと就職した経験はないが、やはり給料をもらうからには手を抜いてはいけないようだ。
そんなことをつらつらと考えながら、もくもくと広がる雲を彼方に山沿いの道を歩く。
ホグによれば今から向かうイズモ国にはベコなる珍味があるらしい。
イズモというこちらの世界では珍しい国名に、前世の記憶からヤマタノオロチでもでてきそうな予感がするが、俺の魔法とフィアの弓のおかげで旅は至って平和そのものだった。
ホグは昨晩も月光を浴びたらしく、まだフィアに抱かれて眠りこけている。
羨ましいぞこの野郎と思いながらモフモフの尻の辺りを指先で突つきつつ、フィアの顔を覗き込んだ。
「そういやフィアは俺のために王籍返上しちゃって良かったの?」
「え? だってクリス様と結婚できないなら王女なんて身分いりませんわ」
キョトンとした顔をして嬉しすぎる回答をしてくれたフィアに頬が緩む、緩む。
でもほんの少しだけ不安になって立ち止まると、横を歩いていたフィアも足を止め不思議そうに俺を見上げた。
俺はその視線から逸らすように道端の小石を蹴りあげる。
「でもさ、あの時はまだ国をでて旅をするなんて話にはなってなかったし、魔力無しで家族に疎まれてた俺じゃ、ちゃんと就職できるかだってわからなかったのに不安じゃなかった? 俺は商人との婚約の話を聞いた時に正直フィアに捨てられるかもって思った」
散々魔力無しだと蔑まれた俺は、地味な見た目も相まって未だにイマイチ自信がもてない。
フィアの気持ちを疑う訳ではないが探るように彼女を見ると、フィアは拗ねたようにプイっと横を向いて口を尖らせた。
「そんなことクリス様と一緒にいられるなら些細なことですもん。こんなに好きって言ってるのに、私の気持ちを疑うなんて酷いです」
「はい! イズモだけに黄泉比良坂超えそうです!」
(何、何なの!? その可愛い答え! うっかり死んじゃいそうになっちゃったよ!)
嬉しすぎるフィアの回答に悶える俺の唇に、チュっというリップ音とともに温かく柔らかいものが触れる。
「おはようの挨拶……まだでしたから」
そう言って頬を染める俺の婚約者が、今日も可愛すぎてヤバい。
何がヤバいって、なんか色々立つわけだよ。朝だからね。
(朝だから)寝癖も立つ、イズモだけに(二回目)八雲も立つ、俺の息子も勃つってわけですよ。
だから煩いホグが寝ている間にもう少しディープなのをと伸ばした手は、飛んできた手羽先に邪魔された。
「魔力譲渡とはいえ、儂のマシュに往来でこれ以上破廉恥な真似はさせんのじゃ」
「ホーグーゥゥゥゥゥ」
語尾を唸らせてホグを睨むが、奴はどこふく風で鼻を鳴らしてフィアに抱き着いている。
そんなホグを撫でながら目が合ったフィアが少し恥ずかしそうな、はにかんだ笑顔を見せて小声で囁いた。
「あとで、たくさん……してくださいね」
もう鼻血ブーの海で溺死するかと思った。
だがあの世に行っている場合ではない。
何故なら恥ずかしそうにホグのお腹のあたりに顔を埋めてしまったフィアを、俺達の近くを歩いていた数名の男共が見惚れているからだ。
たぶん先程の会話とフィアの笑顔を見て、やられたんだろう。俺もやられた。
でも俺の婚約者をエロい目で見ていいのは俺だけの特権だ。
そいつらに牽制の意味も込めてフィアを抱き寄せると、彼女に向かって可哀想な者を見る様な視線を送るホグにドヤ顔を決める。
「だから言っただろ? 転生者なのに魔力がほとんど無くて無能扱いされたけど、そんな俺の婚約者は控えめに言って最高です! ってさ」
俺の言葉は遠くに湧きたつ雲の彼方まで響き渡り、フィアの頬を大いに真っ赤に染めあげたのだった。
最後までご高欄いただきまして、ありがとうございました。




