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終盤ざまぁはお約束だが、決して忘れてはいけない。何故なら忘れるともの凄くモヤモヤして気持ち悪いから

 デボラ達の言葉に、目の前のフィアは一瞬何かを堪えるような表情をした後、自嘲するように悲しそうに眉尻を下げた。

 眩暈から復活したホグが心配そうにフィアの掌へ頬擦りすると、ぎこちない笑顔を向ける。


 魔道学園でMP0と陰口をたたれても平然としていたフィア。

 でも本当は傷ついてないわけがないんだ。

 だって、そもそも魔法に興味がなかったら魔道学園に入学なんてしない。

 俺が唯一出来た下位の火魔法でさえ、とても羨ましそうに眺めていたフィアの横顔が今の悲しそうな顔と交差して、腹の底から怒りが湧いてくる。


「無能? 役立たず? 邪魔? だと……?」


 こめかみに血管が浮き出てしまいそうになるのを深呼吸をしてやり過ごすと、無理やり、にーっこりと引き攣った笑みを浮かべた。


「悪い。今から残りのMPなくなるから回復するの無理だわ」

「は?」

「サムソンのその眼、時間がたつと回復魔法かけても見えるようにならないけど、残念だったな」

「ちょ、ちょっと待て! ふざけんな! 状況わかってんのか!? 冗談はやめろ!」

「冗談じゃないし? 俺がMP5だって散々バカにしてたじゃん」


 脅すような声になったサムソンに微笑んだまま首を傾げると、ロータスが焦ったような声をあげる。


「お、俺の腕は!?」

「くっつける腕、魔物に喰われてないんだろ? 今なら上位回復魔法で何とかなるかもだけど、見た目も地味でMPも地味な俺に頼るのってどうなの? そうそう、デボラだっけ? アンタ僧侶なんだろ? 自分で回復すりゃいいじゃん」

「そんな! 回復魔法は自分には掛けられないじゃない!」

「そうなの? ああ、中位だからか。上位の全体回復魔法かけりゃいいじゃん」

「上位回復魔法陣なんて、そんな複雑な魔法陣、A級以上しか出来ないわよ!」


 絶叫するような声でデボラが喚く。


「へえ~。そうなんだ。んじゃ、これ見てて」


 俺は感心したように頷くとフィアが大袈裟に巻いてくれた包帯を外し、ガルーダに付けられた小指の小さな傷を見せた。


 反対の手でその辺に転がっていた棒切れを持ち、地面に巨大な魔法陣を描く。

 今からかける魔法は通常のものよりちょっと範囲を広めにかけるためと、小指以外の指先は違う魔法陣を放つためだ。

 複雑な紋様を描ききり最後に棒切れをトンっと鳴らすと、途端に柔らかい光が王都中に広がる。

 光が消えた時、レッドドラゴンの襲撃で傷を負った者と破壊された王都はすっかり元の状態に戻っていた。

 あちこちから聞こえていた嗚咽が歓声に変わる。

 俺の小指の傷もすっかり消えていた。


 目の前で唖然としながら周囲を眺めていた三人は、自分達も陣の内側にいたことに期待の眼差しで、自身の傷へ目をやっている。

 だが、彼らの傷が治ることはない。


 お察しの通り、俺は地面に描いた魔法陣で王都中にいる者へ回復魔法をかけた。

 ついでに指先魔法陣で補助魔法『リペア』の強化版を放ち、レッドドラゴンが壊した建物も修復させた。

 回復魔法は通常の攻撃魔法よりMP消費が多い。

 俺はちょっと広範囲といったが、ホグに言わせれば王都全体など普通は有り得ない範囲だそうだ。

 面積もMPも桁違いで、もはや既存の回復魔法陣の根底を覆していると唾を飛ばしながら言われたが、前世からの魔法陣オタクを舐めてもらっては困る。

 とはいえ、これも全てMPをくれたフィアのおかげだ。


 だからフィアを悪く言う奴らを、彼女から貰った魔力で回復してやる義理はない。


 周囲の住民達の傷が軒並み癒える中、彼らだけはボロボロのまま今か今かと回復の時を待っている。俺が指先魔法陣でサムソンとデボラとロータスへ防御魔法『マジックシールド』を放ったのも知らないで。

『マジックシールド』はその名の通り、魔法を跳ね返す魔法だ。この魔法、敵の攻撃魔法を跳ね返す時は便利だが、回復魔法も跳ね返してしまうので使いどころが難しい。

 だが今回はその性能を如何なく発揮させてもらった。


「はい。これで俺のMPはすっかり無くなっちゃいました。だからもう魔法は使用できません。ちなみにアンタらは『マジックシールド』で回復魔法を跳ね返しちゃったから、いくら期待して見てても治らないからね」


 おどけて肩を竦めれば、ロータスはあまりのショックからか泡を吹いて倒れ込み、サムソンとデボラが顔を真っ赤にしながら口を開こうとしたので、それより先に怒気を込めて言い放つ。


「つーか、俺の婚約者の悪口言わないでくんない? お前らにフィアの何がわかんの? 俺のMPってフィアがくれたものなのに、何を指して無能王女とか言ってんの? だいたい魔力がなくてもフィアは可愛くて努力家でちょっと天然で、世界一、いや宇宙一最高の俺婚約者なのに、何言っちゃってんの? バカなの?」


 ここまでを一息で言いきって、静かに絶対零度の声音を響かせた。


「いいか? フィアは俺の最高の婚約者で宝物だから絶対に誰にも渡さないし、蔑むことも許さない。もし手をだしたらレッドドラゴンの襲撃なんかかわいいと思える位の目にあわせてやるからな」

「「ひっ!」」


 背後にブリザードを吹雪かせて言い放った俺に、蒼白になるデボラとサムソンとは対照的にフィアは真っ赤になっている。

 白目を剥いて気絶したデボラが、同じく意識をなくしたロータスの上に倒れ込み、サムソンは放心したようにペタリと座り込み項垂れた。


 労わるようにフィアの頭を撫でると、俺の上着の裾をギュッと握ってくる彼女がいじらしい。

 可愛い、本当に可愛い。マジで可愛い。押し倒したい。

 今度こそベッドを探そうと視線を彷徨わせていると、騎士団と魔法師団(こいつら逃げたくせに戻ってきてたんだな)が整列する間を、国王がゆったりとした動作でこちらに向かい歩いてくるのが見えた。


「おお、クリスよ! レッドドラゴンを追い払い、破壊された王都も元通りにしてくれた功績を鑑み、そちに我が国の勇者の称号を与えよう」


 俺の前に来るなり、そうのたまった国王は俺が返事をする前に満面の笑みを浮かべて告げてくる。


「クリスには勇者に相応しくフィアツェーンのような魔力無しの無能王女ではなく、上の王女との結婚を許そう。実はクリスの魔法を見た王女達がお前を婿にすると言って聞かなくてのう。父親の儂が言うのもなんだが、王女達は美人揃いな上に魔力も優秀な子ばかりであるぞ。なに、心配いらない。フィアツェーンは隣国の商人へ輿入れさせる故、婚約破棄しても何の支障もないわい」

「支障だらけだ」


 思わず口をついて出た言葉に、国王が目を丸くする。

 俺に拒否されるとは微塵も考えていなかったようだが、何故そう考えたのかの方が不思議だ。


(サムソン達とのやり取りを聞いていなかったのだろうか? 『拡声』まだ発動中のはずなんだけど?)


 俺の言った言葉の意味が理解できないといった様子の国王に、溜息を吐きながら首に手をやり顔を傾げる。王族に対し不遜な態度だという認識はあるが、結構苛ついてるから仕方ない。


「いや、俺、散々魔力なしだと馬鹿にされてきたんで、この国に残る気ないですから。

 それにレッドアイをとって来いとサムソンに依頼して、ダンジョンで俺を亡き者にするように指示したのって陛下なんですよね。ご丁寧に俺の死亡届まで受理されたようですし、隣国ででも戸籍取得して暮らしますのでお構いなく。

 それとフィアツェーンは無能ではありませんよ? レッドドラゴンの襲撃の中、民を守るために市井で誘導にあたったのは王族の中で彼女だけです。それに、ぶっちゃけ俺は自分でMPを回復することができないらしいんです。最大MPは青天井だそうですけど、魔力供給することが出来るフィアがいなければ、無能なのは俺の方なんですよ。

 ああ、あと、一番大事なこと」


 言葉を区切り、これから言おうとしていることに心の中でフィアに詫びる。

 でもどうしても言わなきゃ気がすまないので、声高に言い放った。


「俺の大好きな婚約者を侮辱するような人間は、フィアの父親だろうと国王だろうと糞くらえだ!」


 そう言うなりフィアの肩を両手でガシっと掴んで頭を下げる。


「ごめんフィア! 君の父親に酷いこと言った! でも我慢できなかった! どうしても我慢できなかった! MPあったら光の上位魔法放ってやろうかと思う位は我慢できなかった! だからってフィアとの婚約は解消しないから! お願い! 俺のこと捨てないで!」

「し、下手にでれば調子づきおって! 自分でMPが回復できない魔法使いなど聞いたことがないわ! お前のような地味で陰気な奴に王女であるフィアツェーンはやらんわい! いや! あんな出来損ないの王女が欲しければ黙って国のために働け! フィアツェーンを餌に、お前を一生この国の奴隷としてこき使ってやる!」


 フィアへ平謝りした俺の耳へ聞こえてきたのは、大好きな婚約者の声ではなく、中年おっさんの怒り狂った汚い声だった。

 顔を真っ赤にさせた国王が怒鳴りちらし「ぎゃははは」と下品に笑うと、それまで黙っていたフィアが静かに口を開く。


「お父様……。王城を守ることにしか騎士団達を出撃させないどころか、クリス様の命を奪おうとしていたなんて、最低です」

「喧しい! フィアツェーン、今後お前は稀代の魔法使いを我が国へ縛りつけるための枷となってもらう! お前のような出来損ないの王女でも役に立つ機会があって良かったわい! 騎士共は、こいつらを連行しろ!」


 国王の言葉とともに、騎士団が俺とフィアを取り囲む。

 すかさずフィアを守るようにした俺に騎士団が怯んだ様子を見せたが、俺はあることに気づいて青くなった。


(しまった! 上位魔法を連発したために本当にMPが残ってない! フィアとキスしないと! フィアとキス……でへへへへ)


 ピンチだというのに、キスの感触を思い出して顔がにやける。

 そんな俺を知ってか知らずかフィアがクスリと笑った。


「クリス様、先程父へ放った言葉は感謝こそすれ謝罪の必要はありませんわ。それに私だってクリス様との婚約を解消するなんて死んでも嫌です」


 フィアの言葉にかなり安堵した俺を他所に、彼女は国王へ向き直る。


「あ、お父様。私は王籍を抜けましたので、もうお父様の命令は聞きません。

 クリス様との婚約を破棄して、お父様が個人的に借金をした商人と返済免除の代わりに結婚させようなんて、人でなしの娘でいる義理はありませんから、レッドアイのダンジョンへ赴く前に王籍返上の手続きを済ませておきましたの。王城府で働く皆さんは役立たずの王女の王籍返上にとても積極的で、あっという間に処理してくださいましたわ。ついでに戸籍も抜けましたので、もう親子でもありません。さようなら、国・王・陛・下」


 ぽかんと驚愕の表情を浮かべる国王へ、フィアは眼差しを強めて言葉を続けた。


「幼い頃から森の中で1人鍛錬するクリス様がずっと好きだったんです。そんなクリス様の婚約者にしてくださったことだけは感謝していますけど、婚約破棄なんて断固拒否です! 絶対に嫌です! それだけは譲れません!」


 力強く言い放ったフィアの言葉に俺は目を丸くする。


「え? フィアって、俺のことそんな前から好きだったの?」


 口をついて出てしまった言葉にフィアはしまったというような表情になり固まった。


「……ソ、ソウデス」

「何でカタコト?」

「だって……引かれるかなって……魔道学園に入学したのもクリス様の近くにいたかったって理由ですし……」


 じわっと目に涙を溜めた俺の婚約者が可愛い事この上ない。

 胸にかかる黒髪も、憂いを帯びた漆黒の瞳も、上気した頬も、半開きの唇も、とにかくエロ可愛い。これのどこが地味王女なんだよ!? と全力で問いたい。その証拠に囲んだ騎士団の奴らでさえ、フィアを欲情した目で見てやがる。

 こんなに可愛いのに本当に地味な俺のこと、どんだけ好きなんだよ。もうだめ。俺の理性もうだめ。


「引かない! 全然引かない! だから……」


 思わず引き寄せてフィアにキスしてしまったのは仕方がない。

 ついでに押し倒してしまいそうになった俺の頭に、お約束の手羽先が飛んでくる。


「公衆の面前で接吻以上をしようとするなど、お主は羞恥心を知らんのかぁ!」

「お前にだけは言われたくないわぁ! 散々フィアの胸を触りやがって! くっそ、羨ま苛々しい!」(あ、ヤベ。心の声、出しちゃったよ)


 またしてもフィアのマシュマロクッションを触りそこねた挙句、本音を吐露してしまった俺だったが、衝動的なキスのおかげでMPは無事回復したのだった。


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