地味な奴の逆鱗に触れると破滅フラグが盛大に立ち上がるのは世の常である
暗闇に閉ざされた王都では『ライト』の魔法陣により、少しづつ明かりがもたらされてゆく。
『ライト』は簡単な魔法なので(ただしMP6のため昨日までの俺には使用不可能だった)ほとんどの人間が使用できるのだ。
そのため光源を確保しようと多数の人間が『ライト』を放ち、周囲の状況がつぶさに視認できるようになるまでに、大して時間はかからなかった。
そんな中、上位の闇魔法を放ちレッドドラゴンを逃がした俺は遠巻きにされ、畏怖と恐怖の視線に晒されていた。
そこへ壊れた家屋の影から、住民にどつかれながらサムソンが姿を現す。
レッドアイを持出し王都にレッドドラゴンを招き入れた奴は、住民から非難の罵声が浴びせられると俺を指差しながら反論した。
「お、俺がレッドアイの台座の封印を解いたわけじゃない! 封印を解除したのはあそこにいるクリスだ! 俺は悪くない! 悪いのは封印を解除したクリスだ!」
この期に及んで罪を俺になすりつける気のサムソンが喚くが、レッドアイを持っていたのも、それをレッドドラゴンに返さなかったのも俺ではないということは『拡声』の魔法により明白で、周囲の険悪な視線が奴に降り注がれる。
しかしそんな視線を振り切るように、サムソンは益々喚き散らした。
「な、なんだよ!? 冒険者が宝を求めて何が悪い!? それに命じたのは国王なんだからな! 俺は悪くないんだ! いいか!? A級冒険者になる俺の魔法にかかれば、お前らなんかただじゃ済まないからな!」
A級冒険者ときいて、少しだけ躊躇うような仕草をした住民達の隙をつき逃げようとしたサムソンだったが、横から伸びてきた手にガシっと掴まれる。
「よくも俺を置き去りにしたな……お前の腕もへし折ってやる……」
「ロ、ロータス! 生きてたのか!?」
幽鬼のように現れたロータスは、明るかった橙色の瞳に昏い色を灯してサムソンを見下ろしていた。
その右手は無残にも食いちぎられたような跡があり、二の腕から下が無くなっている。下位の火魔法で止血はしたようだが、利き腕を失ってはもう剣士は続けられないだろう。
だが満身創痍のロータスは傷だらけの左手でサムソンの腕を容赦なく締め上げると、仄暗い表情を浮かべてせせら笑った。
「俺は利き手を犠牲にしたんだ。お前も同じ目に、いやそれ以上の苦痛を味わわせてやる」
「や、やめろ! 痛い! ロータス、話せばわかる! やめてくれ!!!」
何とか宥めようとするサムソンを無視してロータスが更に力をこめると、ボキリという音がしてサムソンの腕が力なく垂れ下がる。更にその掌を思い切り強く握りしめると辺りにボキボキボキと骨が砕ける音が響いた。
「ぎゃああああああああ!!! 腕! 俺の腕がぁ!」
ロータスの言葉から察するに、きっと俺と同じようにダンジョンへ置き去りにされたのだろう、悲鳴をあげるサムソンを自業自得だなと思い眺めていると、またも人混みの中からフラフラと奴に近づく人物がやってくる。
「サムソン、私のことも見捨てたわね?」
「えっ!? デ、デボラ!?」
サムソンは腕の痛みで喚いていたが、ダンジョンでキャピキャピと甲高い声を出していたデボラが、地を這うような低い声で近づいてきたことに振り返り、続いて目を丸くした。
それもそのはずで、現れたデボラは血だらけで、引き裂かれた服の隙間からは裂傷がのぞき、顔にも流血と火傷らしきものがあり、長かったエメラルドグリーンの髪は焼け焦げて所々頭皮が丸見えになっている。
「サムソンが私を囮に逃げたから、ダークウルフを倒すのに、いざという時のために隠していた炎の魔石を至近距離で使用するしかなかったの。……ふざけんじゃないわよ……この姿、どうしてくれるの? ……ねえ、どうしてくれるのよ?」
デボラは首を傾げて斜め下から睨みつけるようにしながら、サムソンの目の前まで来ると、ダランと下がっていた腕をいきなり振り上げた。
ロータスが腕を捉えていたこともあり躱しきれなかったサムソンは、振り下ろしたデボラの手に握られていた尖った石ころに、左目を突き刺される。
青い瞳から真っ赤な血飛沫をあげ悲鳴が絶叫に変わったサムソンは、そこいらを転がり回るが、見ていた周囲の者たちは誰も彼を助けようとはしなかった。
勿論俺も助ける義理はないので傍観している。
ロータスは力尽きたらしくその場でへたりこんだが、瞳を潰され絶叫をあげながら転がるサムソンへ、デボラが憎々し気に罵声を浴びせ続けている様は中々の修羅場だった。
そこへ人混みをかき分けるように、フィアがこちらへやってくるのが見えた。
「クリス様! ご無事で良かった!」
「フィア! 君こそ怪我とかしてない? 大丈夫だった?」
修羅場に聞こえてきた天使の声に、フィアの側へ駆け寄り状態を確認する。
バカ兄達の修羅場など心底どうでもいい。それよりもお触りできるチャンスは逃さない。
さりげなくを装ってフィアに触れる。
頭→顔→首→肩とくれば次は~と両手をワキワキさせると、フィアが嬉しそうに両手でホグを胸元へ押し上げた。
「私は平気です。それよりホグ様が凄いんです! お腹が光るんですよ! おかげで真っ暗でも視界が確保できました」
ズイっと前面に出されたホグの腹は確かに光っている。
だが、俺は一体いつになったらフィアのマシュマロクッションに触れるんだろう……と遠い目になる。
(ホワイ? 腹が光るって何だい? 普通は目からビームが出るとかじゃないのかい? 目からビームって超クールだろ? 腹が光るよりジェネラリーだろ? アーハン?)
思わずジト目でフィアを見れば、彼女は「凄い! 凄い!」と腹から光線を出しているホグを上下に揺すりながら興奮していた。
お触りのチャンスは逃したが、こういう無邪気な一面も可愛いんだよなと思い溜息をついてホグを見る。
「片眼がスカウターで腹が光るって、お前、何でもありだな」
少し憮然としながら呟けば、ホグはフィアに揺すられながら勝ち誇った笑みを浮かべた。
「苦しゅうない。たんと儂を崇めるがよい! わーはっはっは、って、マシュ、す、少し揺すり過ぎじゃ。乳幼児は揺すってはいかんと言われておるじゃろ。ちょ、ちょっと落ち着くのじゃ。ぐ、ぐえ……」
「お前は乳幼児じゃないだろ」「す、すみません」
すかさずツッコミを入れた俺とは対照的に、フィアは慌てて揺するのをやめる。
ホグは腹の光線をやめると、ぐったりとフィアの掌で寝そべった。
その様子に笑いながらホグの頭を突つく。
フサフサの羽とモフモフの身体の触り心地は抜群だ。ぐったりしてる時の方が可愛げがあるなと考えつつホグの頭を撫でながら、フィアに告げる。
「レッドドラゴンは無事に帰ったよ」
「はい。騎士団と魔術師団が攻撃したときはどうしようかと思いましたけど、クリス様のおかげでレッドドラゴンさんの傷も癒えたようですし、卵も無事に返せて本当に良かったです」
目を回したらしいホグを二人で撫でながら話をしていると、俺とフィアの会話に、ハッとしたようにデボラが顔をあげた。
そうして足元でのたうち回るサムソンを足蹴にして俺達の方へやってくると、鬼のような形相で捲し立ててくる。
「ねえ! 上位の回復魔法を使えるんでしょう! 私もドラゴンを回復しているのを見たわ! 聖槍を受けたドラゴンの傷を治せるくらいだもの。私の傷くらい簡単に治せるはずよね!? ダンジョンで見た封印解除の魔法陣だって、あんな複雑なのを簡単に解除しちゃってすごいって思ってたの! だから早く、早く、私を治して!」
「お、俺の腕も治してくれ! あの時土魔法を使用してクリスを閉じ込めたのは俺じゃないって知ってるだろ? お前を置き去りにしたのはサムソンの命令だったんだ! 俺達はギルドB級冒険者のサムソンの言うことに逆らえなかっただけだ!」
「クリス! お前は俺の弟だよな!? 兄弟なんだから俺を助けてくれるだろ!?」
デボラの言葉にへたりこんでいたロータスが身を乗り出し、地面に這いつくばっていたサムソンまで言い始めた好き勝手な言い分に、不快さがこみ上げる。
(だが待てよ? 上位魔法をじゃんじゃん使ってMPがなくなれば、それを理由にフィアとキスできる理由になるじゃん! ちょうど10個もの闇の上位魔法なんてぶっ放したから、俺のMPはそんなに残っていないはず。MP無くなっちゃったって言えば、公明正大にキスできる! 何だコレ、最高じゃん! フィアとのキス、気持ちいいんだよな~。んじゃ、気に食わないけどサクっと回復してやるかぁ?)
フィアとのキスを思い出し、気合いを入れても緩む顔を抑えられない。しかしそんな俺の耳に、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「私を治してくれたらちゃんとお礼をするわ! 貴方の恋人になってあげてもいい! そんなMP0の地味で無能な王女より、私の方がいいに決まっているもの」
「MP0だと!? そんな見た目だけの役立たずの王女より俺がもっといい女を紹介してやるから、先に俺を治してくれ!」
「無能王女が邪魔なら俺がもらってやる! MP0なんてご免だが仕方がない。だから俺を先に治せ!」
デボラ、ロータス、サムソンの言葉に、俺は回復の魔法陣を発動させようとした指を止めイレースした。
「あ゛? 今、なんつった?」




