前章に引き続き短いけれど、ここでこの話を入れとかないとどうにもならんのです
サムソンは、目の前にそびえ立つ赤い魔物に戦慄していた。
あまり勉強が得意ではなく、授業もろくすっぽ受けていなかったサムソンでも知っているSSレベルの魔物--レッドドラゴン--は、這う這うの体で辿りついた王都に入るやいなや、突然襲いかかってきた。それも執拗にサムソンを狙ってきたので、生きた心地がしなかった。
魔法使いは完全なる後衛だ。
魔法陣を描いている間は無防備なので守ってもらう必要があるし、腕力がないので肉弾戦には向かない。
だからいつも戦闘する時はクリスを盾にして戦っていた。クリスも魔法使いを希望していたがMP無しの魔法使いなど何の役にも立たないので、弟が囮となっている間にサムソンが魔法陣を描き敵を倒すのがセオリーとなっていた。
クリスはサムソンが魔法陣を描くまでの間、いつだってきちんと囮の役割を果たしていた。
だが、あのC級ダンジョンで、前衛である剣士のロータスはサムソンの動きなど無視して敵に突っ込んでいったり、敵わないとなるとすぐに後退したりして全く連携をとろうとしなかった。
挙句に結界内でC級のくせにB級のサムソンを侮るような発言をし、自分にだけチョコレートを渡さなかった。
サムソンは前々から友人であるロータスを、魔法が使えないから剣士になった落ちこぼれと心の中で見下していたが、完全に悪感情しか持てなくなった。
だからもうすぐダンジョンの出口という所で、蛇の魔物イエロースネークの大群に囲まれた時に、またしても勝手に敵から距離をとろうとしたロータスを見捨てて逃げ出した。
クリスと同様に土魔法で自分の方へ来られないようにして。
デボラは一瞬だけ呆気にとられていたがサムソンの思惑を知ると、土壁の向こう側から救援の悲鳴を上げるロータスへ、一瞥もくれることなく逃げ出した。
そんなデボラも王都手前の森の中で、人狼の魔物ダークウルフに襲われた際に置きざりにした。
回復役である彼女のMPはとうに尽きていたし、サムソンもロータスを見捨てる時に使用した土魔法でMPが尽きてしまったので、仕方がなかった。
MPが尽きたことを秘密にして魔法陣を描く素振りをしたサムソンが、デボラへ少しの間だけ囮になってほしいと懇願すると、渋々頷いて前に立った彼女の背中を突き飛ばした。
ダークウルフは女の肉の方が好みだったのだろう。逃げるサムソンへは目もくれず、転んだデボラへ襲い掛かると嬉しそうに彼女に跨った。
森にはデボラのつんざくような悲鳴が響いたが、その隙に辛くもサムソンは王都へ辿りついたのである。
こうしてサムソンは仲間を犠牲にして、辛くも逃げてきたのだった。
特に心は痛まないとはいえ友人達の命を犠牲にしたのだから、何としてもレッドアイを国王に献上して、A級冒険者に引き上げてもらわねば割が合わない。
A級になればロータス程度の剣士よりも、デボラ程度の回復魔法の遣い手なんかよりも、いい人材が擦り寄ってくるだろう。
クリスは使い勝手がよかったが、所詮魔力無の落ちこぼれでは話にならないし、弟というよりただの駒だと思っていたため、置き去りにしたことに罪悪感など抱いていなかった。
その死んだと思っていた弟が、どうやって助かったのか、こちらへ全力疾走してくるので目を丸くする。
クリスは声が届くほど近くまでやって来ると、不機嫌も顕わに言い放った。
「バカが! 早くそのレッドアイをレッドドラゴンへ返せ!」
「クリス!? 何でお前が生きてるんだよ!?」
「ああ、お前にダンジョンの最奥で置き去りにされたけど、俺には最高の婚約者がいるんでね。剣も魔法も使えない俺を置き去りにした気分はどうだった? お兄ちゃんよ!」
クリスとの会話をきいた周囲から、え? とか、最低、とかの声が聞こえる。
その声にサムソンは舌打ちをするが、クリスは話すのをやめようとはしなかった。
「非戦闘員の俺を置き去りにして得たレッドアイだが、それって上空で怒り狂ってるレッドドラゴンさんの卵らしいぜ。早く返してやれよ」
「う、煩い! これを国王へ献上すれば俺はA級冒険者に認定されるんだ! 邪魔をするな!」
「あのさぁ、自分がA級冒険者になることと、王都がなくなっちゃうのどっちが大切なわけ? お前が大人しくそれを返せば、レッドドラゴンはこれ以上王都を破壊しないで帰ると思うよ?」
「そんなことわからないだろ! それにレッドアイがレッドドラゴンの卵なんて聞いたことがない!」
「俺もさっきまで知らなかったけど、現にレッドドラゴンさんってば、お前しか狙ってないじゃん。明らかにレッドアイを取り返そうとしてるじゃん。お前がレッドアイを持ったまま王都中を逃げ回ってるから、被害が拡大してるんだってわかんない?」
「そんなのはたまたまだ!」
「たまたまね。んじゃ、試しにレッドドラゴンの注意をお前から外してみようか?」
クリスは下位の風魔法陣を連続して足元と空中に放つと、その魔法陣を階段のように昇ってゆく。
風魔法の斬新な使い方にサムソンは驚くが、何より魔力無しのクリスが魔法を放ったことが信じられなかった。
あっという間に風の階段を駆け上がったクリスは、こちらに向かってくるレッドドラゴンを迂回して後方へ回り込むと、その背から雷の上位魔法を放つ。
その光景にサムソンが目を瞠った。




