雑踏インティファーダⅠ
◆登場人物
伊藤伊右衛門
日本の革命を志すキャッツの一派の党首。
侍の格好でお茶好き。教導院の探知を受けない特殊な想能力者。
千々石千羽
身長140センチほどの小柄な体と20代の若さにしてエリート軍団セブンスブラックの隊長を務める女性。
後輩の犬飼をして「デーモンチワワ」と言わしめる実力の持ち主。
7―1.雑踏インティファーダⅠ
「よし、じゃあお前らのポジションについてだ」
39番小隊隊長犬飼ツヨシは、手元のバインダーをトンと叩いてこう切り出した。
「見ての通りこの会場は、すり鉢状になっている広場を区切って扇形に使っている」
図面を見ると、すり鉢の中心、演説台を中心に観衆が取り囲み、演説台後方のスペースは柵で仕切られ観客が入れないバックヤードとなっている。
「俺達が今いるのはこのバックヤード。ここは警備隊の詰所となっていて、まずここからの攻撃は無い。俺達は前方、観衆が首相を見るサイドで警護をする」
「フン、敵は常に目標の背向を狙うものだがな」
鎌瀬が鼻息を鳴らすが犬飼は続ける。
「大きく分けて右翼席と左翼席に分けられるわけだ。そこで提案なんだが・・・」
犬飼の顔に悪い笑みが浮かぶ。
「ここで二手に分かれよう」
「ハァ!?」
隊員全員が同時に声を上げる。
「ただでさえ4人しか居ないのにそれを2つに分けるんですか!?」
「ふざけんな!2人で何ができるんだよ!」
「まあまあ落ち着け、話せば分かる」
犬飼が制止する。
「考えてもみろ、もし俺達が片方に寄って警備していたとする。そこで逆サイドから襲撃があったら俺達は戦いから置き去り。市民の避難誘導にでも駆り出されて手柄を立てる機会を逸してしまう」
「いいじゃん別に」
「よくねーよ!お前らこのままでいいのか?俺が言うのもなんだがお前らはここで雑務三昧してていい人間じゃねえ。選ばれた想能力者だ。どいつもこいつもシェパードの黒い隊服着て最前線で活躍できるポテンシャルがある、と俺は思ってる」
犬飼は全員を見やってそう言った。眼は野心で燃えている。
「俺もそうだ。俺もここで終わっていい人間じゃねえ。天才だからな。ドッグス隊員が何十万人いるか知ってるかてめーら?仕事きっちりこなせばいい問題じゃねえ。目立つんだ!上に上がるために。自分の能力をアピールするんだ!おとなしくしてたら道は開けない。ここで終わっていいなら話は別だが這い上がりたきゃギャンブルだ。出世、さもなきゃクビの心積もりで行け!」
いつになく真剣な犬飼の言葉に平秀たちは黙り込む。すると犬飼はカラカラと笑って沈黙を破った。
「ま、何も無ければそれが一番かもしれないけどよ。これは隊を分ける小さな方の理由。デカいのは別にある」
「・・・何だよそれ」
「お前ら、何かあった時互いを巻き込まず戦える自信、あるか?」
「・・・そういえば」
「4人いたって、意味ねえんだよ。ヒラシューの爆加速、さくちゃんの暴風、鎌瀬君の炎。事故要素てんこ盛りだ。そのうえチームワークもガタガタときてる。2人ならまだしも4人同時なんか同士討ちがオチだ。2人1組で行くのが戦略的にベスト」
「オーケー、分かった。で、どう分けるんだ?」
「単純!俺は想能力が使えない。だからウチで一番強くて、攻撃範囲の広い奴を連れて行く」
そう言うと、犬飼はまっすぐ桜香を指差した。
「さくちゃん、俺とだ」
「私ですか?」
「ああ。しっかり俺を守ってくれよー。というわけで、残りのお二人さん、頑張ってくれ」
「えええええええっー!!」
平秀と鎌瀬が同時に叫ぶ。
「こいつと・・・二人!?」
「こんな奴に俺様の背中を預けろというのか!?」
「バカそれはこっちのセリフだ!スキ見せたらこいつ事故に見せかけて俺を焼き殺すつもりだろ」
「何を!?父上とアネゴの名誉にかけてそんな卑怯なマネはしない!貴様への復讐は後だ!」
「はーん!こないだまでキャッツでイキってた奴が信用できるか!」
「言ったな!?よしならば今正々堂々白黒つけるか、あーん?」
「ぶっ飛ばしてもう一回病院送りにしてやるぜ!<犬モ――」
「お前らいい加減にしろおおおお!」
冷静に見えて実は一番短気。
桜香の桜吹雪が一閃した瞬間、二人の頭は地面に叩きつけられていた。
「・・・ッ!、イテテテテテ」
「協力しろって言ってるのになーにやってんの馬鹿共」
たんこぶを擦り立ち上がる馬鹿二人に桜香がため息をつく。
「申し訳ありませんアネゴ、こいつの挑発にまんまと・・・」
「今日の活躍次第であんたを舎弟にするか考えてあげる」
「ほんとですか!有難き幸せ!この鎌瀬剣必ずやご期待に――」
「その調子じゃ多分ダメだけどね」
鎌瀬は平秀を恨めしそうにじーっと睨んだ後、渋い顔で言った。
「仕方ない。おい、ヒラなんとか、一時休戦だ。今日は協力してやる」
「たんこぶ増やしたくないし、しゃーない。あと並木平秀だ。並木でいい」
「剣君、彼のことは『ヒラシュー』って呼んであげなさい」
「イエッサー、アネゴ!よろしくヒラシュー!」
「あーもう、その呼び方はやめろって・・・」
頭を抱える平秀。
「うん。なんか仲良くなれたようで良かった。じゃ俺とさくちゃんが右翼、ヒラシューと・・・そうだな、『つるぎん』」
「なんだそのあだ名!俺様は『赤炎の狩人』鎌瀬剣だ!そんな女子高生みたいなセンスのあだ名――」
「はいはい赤炎の狩人つるぎん、お前は左な。パトロールは手筈通りで。ペアとは絶対離れるな。何かあったらすぐ連絡を回せ。左翼チームは先輩のヒラシューがリーダーだ。無線渡すから何もなくても15分おきに俺に連絡すること」
「しかもヒラシューの配下・・・屈辱」
こちらも頭を抱える鎌瀬。
「演説開始は正午だ。何か起こるとすればそれからだが・・・各人気を抜かないこと。では、散開ッ!」
―――――――――――
「やれやれ、東京とはかくも広き街であったか」
東城学府のほど近く、築何十年か知れない薄汚れたアパートの一室。
反教導院を掲げ、教導院による想能力の独占・支配を打ち破り「持たざる者」に不利益のない世界を作る。
武装革命グループ「伊藤水平党」の若き党首、伊藤伊右衛門は、そこでお茶を啜っていた。
「夜が明けるか・・・」
伊右衛門はおもむろに懐から何かを取り出す。
それは水戸黄門の印籠のようなものだった。伊右衛門はそれを床に置くと、手を叩いて一声。
「出でよ、真蔵」
「はっ!」
次の瞬間、伊右衛門の前に小柄な男が現れていた。
「能美野真蔵、控えてございます」
「ご苦労。『大兼小』の調子は良さそうだな」
「修練を積みましたれば」
うむ。と伊右衛門はこの自在に小さくなる想能力を持った従者――
――文字通りの「懐刀」をねぎらった。
「早速だが腹ごしらえを済ませたら、敵地の偵察を頼む」
伊右衛門はそう言うと、今度は小さなケースから、精巧なハエのロボットを取り出した。
「改良した。バッテリーは半日持つ。これに乗り夜明け前に敵地に入れ。本格的に犬どもが守りを固める前に」
「承知。心得てございます」
真蔵はうやうやしく平伏すると、ダイニングに用意してあった大量の塩むすびにむしゃぶりついた。
「・・・さて、奥州の山奥からここまで来たのだ、手ぶらで帰れぬ」
伊右衛門は傍らに置いてあった刀をスルリと鞘から抜き放った。
が、この刀。鍔の先にあるべき刃が、無い。
代わりに小さな金色の突起がついているだけだった。
「見せてやる。この『ムラサメ』で」
刀をシャッと鞘に戻すと、伊右衛門は天を睨む。
「想能力は教導院だけのものでは無いということを・・・!」
―Ⅱに続く―