エピローグ 11回目のない人生
二〇〇五年。
俺は、ついに日本代表に選ばれた。
九回の人生で、どれだけ努力しても届かなかった場所。
そこへ、十回目の人生でようやくたどり着いた。
……いやあ。
長かった。
本当に、長かった。
日本代表初選出の記者会見では、嬉しさのあまり号泣してしまった。
しかも、泣きすぎて会見に十分遅刻。
おまけに「人類のために死ぬ気で頑張る」なんて発言まで飛び出した。
あの会見は、後に『号泣会見』として有名になった。
……くそ。
忘れてくれ。
頼むから。
だが、そんな俺の願いがかなうことはなかった。
何しろ、あの会見以降、代表に呼ばれるたびに記者から聞かれるのだ。
「今回も人類のために戦いますか?」
……おい。
そろそろ許してくれないか?
まあ、実際に人類のためなんだけどな。
◇
二〇〇六年。
ドイツワールドカップ。
俺は、神とともに日本代表のメンバーに選ばれた。
もちろん、予選でもしっかり結果を残した。
人類のためにもな!
俺はセンターバックとして守備を統率し、神は前線でゴールを奪う。
ジエゴ監督のもと、日本代表は苦しい予選を突破した。
そして、迎えた本大会。
初めてのワールドカップ。
スタジアムに響く歓声。
ピッチに並ぶ、世界のスター選手たち。
俺は、思わず笑ってしまった。
……すごいな。
とうとう、ここまで来たか。
九回の人生で、一度も立てなかった舞台。
俺は今、そのピッチに立っている。
だが。
世界の壁は、想像以上に厚かった。
俺たちは善戦した。
強豪相手にも、決して一方的にやられたわけじゃない。
神も得点を奪った。
俺も、必死に守った。
それでも。
日本は、グループリーグで敗退した。
悔しかった。
だが、不思議と絶望はしなかった。
世界との差は、確かにある。
だが、届かない距離じゃない。
俺は、そう感じていた。
そして、ドイツワールドカップが終わると、俺は新たな挑戦を決めた。
イタリアへの移籍だ。
オランダで培った攻撃の組み立て。
そこへ、さらに守備の強さを加える。
世界最高峰の守備戦術を学びたかった。
イタリアのクラブでは、守備に対する考え方がまるで違った。
最初は戸惑うことも多かった。
だが、俺にとっては最高の環境だった。
何しろ、まだまだ学ぶことがある。
九回も人生を繰り返してきたというのに、サッカーは本当に奥が深い。
……いやあ。
やっぱり、サッカーって面白いな。
◇
ドイツワールドカップのあと、日本代表は大きく変わった。
長年チームを支えてきた選手たちが、次々と代表を去っていった。
新しい監督。
新しい選手。
新しい戦術。
代表は、少しずつ次の時代へ進んでいった。
そんな中でも。
俺と神は、変わらず代表に選ばれ続けた。
神は、スペインに活躍の場を移し、日本を代表するストライカーになっていた。
俺も、イタリアでの経験を生かし、守備の中心として信頼を得ていた。
そして。
二〇一〇年。
南アフリカワールドカップ。
日本代表への評価は、決して高くなかった。
大会前の試合では、思うような結果が出ていなかった。
マスコミも、ファンも、厳しい目を向けていた。
だが。
俺たちは、そんな評価を覆した。
守備を固める。
全員で走る。
チャンスが来れば、素早く攻撃へ切り替える。
神が相手の裏へ走り、俺が後方から正確なパスを送る。
あの松田も身体を張って守備に走ってくれた。
若い選手たちも、素晴らしい働きを見せた。
日本は、グループリーグを突破した。
さらに、決勝トーナメント一回戦でも勝利。
日本サッカー史上初の、ワールドカップベスト8。
日本中が沸いた。
だが、準々決勝で待っていたのは、スペインだった。
後に、この大会を制するチームだ。
スペインのパスワークは、見事だった。
ボールを奪ったと思っても、すぐに取り返される。
こちらが一歩動けば、その空いた場所を使われる。
俺は、何度も守備の位置を修正した。
味方に声をかけ続けた。
神も、少ないチャンスを必死に狙った。
だが。
最後まで、スペインの壁を崩すことはできなかった。
日本、ベスト8で敗退。
悔しかった。
だが、俺たちは胸を張って帰国した。
日本サッカーの歴史を、一つ進めたのだから。
◇
二〇一二年。
俺は、三十歳を迎える年になっていた。
イタリアでの生活も、すっかり長くなった。
守備の技術は、若い頃とは比べものにならないほど磨かれていた。
身体能力だけなら、もっと優れた選手はいくらでもいる。
だが、相手の動きを読む力。
味方を動かす力。
攻撃の組み立て。
そして、試合全体を見渡す力。
そういった部分では、誰にも負けない自信があった。
そんな俺に、今度はイングランドのクラブからオファーが届いた。
プレミアリーグ。
世界中から優秀な選手が集まる舞台。
俺は、移籍を決めた。
だが、移籍交渉というのは面倒なものだ。
契約条件。
移籍金。
メディカルチェック。
住居。
代理人との打ち合わせも、何度もあった。
あっちへ行き、こっちへ行き。
書類にサインし。
電話をかけ。
また打ち合わせ。
……おい。
俺はサッカー選手なんだぞ。
サッカーをさせてくれ。
そんなことを思いながら、慌ただしい毎日を送っていた。
そして、ある日。
代理人との打ち合わせを終え、ホテルの部屋へ戻った。
ベッドに腰を下ろし、携帯電話を取り出す。
ふと、画面に表示された日付が目に入った。
……ん?
俺は、もう一度日付を確認した。
……あれ?
ちょっと待て。
俺の誕生日。
もう、過ぎてるじゃないか。
俺は、しばらく固まった。
三十歳。
俺は、三十歳になっていた。
そして。
今も、ここにいる。
ホテルの部屋。
携帯電話。
窓の外には、見慣れないイングランドの街並み。
俺の身体は、大人のままだ。
手を見る。
何度もボールを蹴り、何度も転び、何度も戦ってきた手だ。
鏡を見る。
そこには、三十歳の男が映っていた。
……。
……ああ。
そうか。
終わったんだ。
俺は、ベッドに倒れ込んだ。
そして、天井を見上げた。
九回の人生。
俺は、何度も三十歳を迎えた。
そのたびに、人生が終わった。
気がつけば、五歳に戻されていた。
また、最初から。
また、サッカーを始めて。
また、努力して。
また、夢を追いかけて。
そして、また届かなかった。
……いやあ。
本当に、つらかったな。
今なら、笑って話せるかもしれない。
だが、あの頃は笑えなかった。
何度も、すべてを投げ出したくなった。
何度も、自分には無理なんじゃないかと思った。
それでも、諦めなかった。
そして、十回目。
青森田中へ進んだ。
センターバックになった。
神と戦った。
日本代表になった。
ワールドカップにも出た。
そして。
三十歳を超えた。
……そういや。
クソ神様とか、そんな奴がいたな。
俺は、思わず笑った。
あいつ。
本当に、ろくでもない奴だった。
何の説明もなく、人類の命運を俺に背負わせやがって。
おかげで、どれだけ苦労したことか。
まあ、結果的には日本代表になれた。
今は、こうしてサッカーを続けている。
幸せな人生だと思う。
だからといって、感謝するつもりはない。
絶対にない。
だが。
「……まあ、ぶっ殺すランキングは、もう廃止してやるか」
俺は、声に出して笑った。
九回の人生。
二百年以上。
ずっと追いかけてきた夢。
それをかなえた今。
俺は、ようやく普通の人生を歩き始めたのかもしれない。
もう、やり直しはない。
失敗しても、戻れない。
だが。
それでいい。
俺は、これからの人生を生きていく。
◇
その後。
俺は、長年付き合っていた女性と結婚した。
彼女とは、海外でプレーするようになってから知り合った。
サッカー選手としての俺だけでなく、一人の人間としての俺を見てくれる人だった。
試合に負けた日も。
怪我で落ち込んだ日も。
日本代表に選ばれて号泣した日も。
いつも、そばにいてくれた。
……いや。
号泣会見の映像を見て、大笑いしていたことだけは、まだ少し根に持っている。
だが、そんな彼女と家庭を築けたことは、俺にとって何よりの幸せだった。
サッカーがある。
家族がいる。
仲間がいる。
そして、明日がある。
九回の人生では、当たり前だと思えなかったことが、今は当たり前に続いている。
それが、何より嬉しかった。
◇
二〇一四年。
ブラジルワールドカップ。
三十二歳になった俺は、引き続き日本代表の中心選手として大会に臨んだ。
神も代表に選ばれていた。
だが、以前とは立場が少し変わっていた。
若い攻撃陣が成長し、神はスーパーサブとして起用されることが増えていた。
それでも、神の決定力は健在だった。
途中出場で流れを変える。
わずかなチャンスをゴールにつなげる。
やっぱり、こいつは天才だ。
日本は、グループリーグを突破した。
決勝トーナメント一回戦でも勝利し、再びベスト8へ進出。
準々決勝の相手は、開催国ブラジル。
世界屈指の強豪だった。
俺たちは、必死に戦った。
だが、ブラジルの攻撃力は凄まじかった。
最後まで食らいついたものの、日本は敗れた。
二大会連続のベスト8。
世界の壁は、まだ厚かった。
大会後。
神が、俺に話しかけてきた。
「僕、代表を引退しようと思うんだ」
俺は、少し驚いた。
「本当にいいのか?」
「うん」
神は、いつものように笑っていた。
「若い選手たちも育ってきたし、もう大丈夫だと思う」
「……そうか」
「君はどうするの?」
「俺か?」
俺は、少し考えた。
そして、笑った。
「選ばれるうちは、やるよ」
「君らしいね」
「せっかく入れた日本代表だぞ。そう簡単に辞めてたまるか」
神は、声を出して笑った。
「そっか。じゃあ、頑張ってね!」
「ああ」
俺たちは、拳を合わせた。
中学時代。
横浜マリナーズU15で出会った、あの日から。
ずいぶん長い時間が経った。
敵として戦った。
味方として戦った。
何度も勝った。
何度も負けた。
そして、約束した場所で一緒にプレーできた。
俺は、神の肩を叩いた。
「お疲れさま」
「ありがとう!」
神は、笑顔で答えた。
最後まで、こいつらしい笑顔だった。
◇
二〇一八年。
ロシアワールドカップ。
三十六歳になった俺は、またしても日本代表のメンバーに選ばれていた。
……いやあ。
我ながら、よくやるよな。
若い選手たちからは、すっかりベテラン扱いだ。
当たり前か。
もう三十六歳だもんな。
だが、俺はまだまだやれるつもりだった。
身体能力は、若い頃より落ちている。
スピードも、瞬発力も。
だが、経験だけは誰にも負けない。
相手の攻撃を読む。
味方を動かす。
危険な場所を、先回りして消す。
そして、ボールを奪えば、攻撃の起点になる。
俺は、若い選手たちに声をかけ続けた。
日本は、三大会連続でベスト8へ進出した。
だが。
またしても、準々決勝で待っていたのはブラジルだった。
……おい。
またお前らかよ。
四年前も、お前らだっただろうが。
いい加減、別の相手とやらせてくれ。
そんなことを思いながらも、俺たちは全力で戦った。
だが。
届かなかった。
日本は、再びベスト8で敗退した。
三度目のベスト8。
三度目の壁。
試合終了の笛が鳴ったとき、俺はしばらくピッチに立ち尽くしていた。
悔しい。
もちろん、悔しい。
だが。
不思議と、後悔はなかった。
俺は、空を見上げた。
九回の人生。
日本代表にすら届かなかった。
それが、十回目では。
四大会連続でワールドカップに出場した。
三大会連続でベスト8へ進んだ。
三十六歳まで、世界の強豪と戦い続けた。
……十分だ。
俺は、心の中でつぶやいた。
もう、十分やった。
試合後。
俺は、現役引退を決めた。
代表だけじゃない。
クラブも含めて、すべてだ。
身体は、まだ動く。
もう少し続けようと思えば、続けられるかもしれない。
だが、俺の中では、すっきりと答えが出ていた。
やり切った。
そう思えた。
引退を発表すると、多くの人が驚いた。
まだやれる。
もう一年だけ。
そんな声もあった。
だが、俺の決意は変わらなかった。
最後まで、サッカー選手として戦い抜いた。
それで十分だった。
◇
引退後。
俺は、指導者の道へ進んだ。
……まあ、当然と言えば当然だろう。
何しろ、俺はサッカーが好きだ。
選手を引退したからといって、サッカーから離れる理由なんてない。
それに。
俺には、少し変わった強みがあった。
選手としての経験が豊富なこと。
もちろん、それもある。
だが、それだけじゃない。
俺は、九回の人生で、何度もサッカーを学び直してきた。
何度も同じ技術を練習した。
何度も失敗した。
何度も、別の方法を試した。
どうすれば、できるようになるのか。
どうすれば、できない選手にも伝わるのか。
その引き出しが、異常なほど多かった。
例えば、パスがうまく蹴れない選手がいたとする。
俺は、その選手の動きを見る。
そして、原因を考える。
軸足の位置か。
身体の向きか。
ボールを受ける前の準備か。
あるいは、そもそも判断が遅いのか。
原因が分かれば、練習方法を変える。
それでも駄目なら、別の方法を試す。
選手によって、合う教え方は違う。
それを、俺はよく知っていた。
結果。
俺は、指導者としても高い評価を受けるようになった。
若手選手を育てるのが、うまい。
技術の説明が、異常に分かりやすい。
どんな選手にも、改善方法を見つけられる。
そんなことを言われた。
……いやあ。
二百年以上もサッカーをやってるんだからな。
それくらい、できないと困る。
もちろん、そんなことは誰にも言えないけど。
そして、解説者としても仕事をするようになった。
こちらも、なぜか人気が出た。
戦術の説明が分かりやすい。
選手の意図を的確に説明する。
試合の流れを読むのがうまい。
……そこまでは、いい。
だが。
なぜか、毎回のように号泣会見の映像が流される。
おい。
もう何年前の話だと思ってるんだ。
いい加減、忘れてくれ。
だが、テレビ局は忘れてくれなかった。
神まで、ゲスト出演した番組で言い出した。
「あのとき、本当にすごく泣いてたよね!」
「お前まで言うな!」
スタジオは、大爆笑だった。
……まったく。
こいつとは、一生こんな関係なんだろうな。
◇
ある日のこと。
俺は、少年たちのサッカー教室で指導をしていた。
小学生くらいの子供たちが、元気にボールを追いかけている。
転んでも、すぐに立ち上がる。
失敗しても、また挑戦する。
ゴールが決まれば、全力で喜ぶ。
俺は、その姿を眺めながら、思わず笑っていた。
……いいなあ。
やっぱり、サッカーは楽しい。
すると、一人の少年が俺のところへ走ってきた。
「コーチ!」
「ん? どうした?」
「どうすれば、日本代表になれますか?」
俺は、少し驚いた。
日本代表。
その言葉を聞いて、懐かしい気持ちになった。
かつての俺も、同じことを考えていた。
どうすれば、日本代表になれるのか。
何をすれば、あの場所へ届くのか。
何度も、何度も考えた。
九回の人生。
二百年以上。
それでも、答えは簡単には見つからなかった。
だが。
今なら、少しだけ分かる気がする。
俺は、少年の目を見た。
「そうだな」
少し考えてから、笑った。
「まずは、サッカーを好きでい続けることだな」
「好きでいること?」
「ああ。うまくいかないこともある。試合に負けることもある。頑張っても、結果が出ないことだってある」
少年は、真剣な顔で聞いていた。
「でも、サッカーが好きなら、また頑張れるだろ?」
「うん!」
「だったら、それが一番大事だ」
俺は、足元に転がってきたボールを拾った。
「もちろん、好きなだけじゃ日本代表にはなれないぞ。練習も必要だし、努力も必要だ」
「うん!」
「だから、まずは目の前の練習を頑張ろうぜ」
俺は、少年にボールを渡した。
「よし。じゃあ、もう一回やってみるか!」
「はい!」
少年は、元気よく走り出した。
俺も、そのあとを追いかける。
青い空。
緑の芝生。
転がるサッカーボール。
子供たちの笑い声。
俺は、思わず笑った。
九回の人生。
そして、十回目の人生。
ずいぶん長い時間がかかった。
だが、ようやく分かったことがある。
俺は、サッカーが好きだ。
ただ、それだけなんだ。
何度人生をやり直しても。
どれだけつらいことがあっても。
俺は、きっとサッカーを選んでしまう。
……まあ。
もう、やり直すつもりはないけどな。
俺は、目の前の少年へパスを出した。
「よし! いいぞ! その調子だ!」
少年が、笑顔でボールを追いかける。
俺も、笑った。
十回目の人生。
俺のサッカーは、まだまだ終わらない。
完
これで完結です。
一般人が死ぬほど努力したら日本代表になれるのか?から思いついた話でした。
ありがとうございました。
ほかにもサッカー小説を投稿しています。
この小説とはかなり読み味が違う作品ですが、よろしければご一読ください。
この街に、プロサッカークラブを。
~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~
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