空蝉の寒柝(3)
「では、僕が追いますよ。その子ちょっと興味湧いてきましたし」
「でも……」
「良いんです、では少々お待ち下さい」
体力はないが一時的な魔術でどうこうすることはできる。
先程の風を頼りにその子の魔力を追う。……カーナビみたいな感じだと思ってくれれば結構。
移動魔術、行きに使わなくてよかったなと思いながら風を切る。
速さにそれなりの自信はあるので追いつけるとは思う。少々チートにはなるが、しょうがない。世界が僕の視線に追いつけずに、線状に伸びていく。引いた色がまた霞みに拍車をかける。
目的地はおそらく路地裏。そこで止まっている。それにしてもだいぶ走ったな。
……少しおかしいと思っていたんだよな。職員がおかしい。挙動不審だ。もし仮に僕の仮説があっているのなら、救い出さなければならない。
「……はぁ……」
大きく溜め息を吐く。着いた。本当にアニメや絵に書いたようなT字路の奥の薄暗い道。やけに既視感があった。躊躇いはない。ゆっくりと歩く。
埃臭い路地裏。やけにキンと冷えた空気。
明るい大通りに背を向けるように耳をふさぎながら血溜まりの痕の中にうずくまる少年が一人。声をかけるのはきっと今の彼にも苦だろう。
僕という存在がわかるように。
自分という自我がわからぬように。
そっと背後に近づいた。
「……誰ですか」
そりゃ警戒されるわ、当たり前だ。
ただそれ以上に、澄んだような、男性とは思えないような美しさと儚さと、鈴を転がすような凛とした、少しの恐怖を孕んだその声に。
「……あそこの施設の人ですか、戻れと言いたいのですか。」
嗚呼、やっぱり。
「……違うよ。君を救いに来たんだ。」
「救う、ですか。」
彼は一小節置く。
「貴方にとって死は救済なんですか? 」
諦めたように笑うその声にも、
惹かれているのだ。
「別に、君を殺そうともしていないんだ。そうだな、なんていうのだろうか……」
慎重に言葉を選ぶ。こういう子は事情があるから施設にいるのだ。
「……今君に家族と呼べる人は、いるか? 」
彼はこちらに背を向けたまま少々沈黙の時を流した後
「…いませんが、家族は生きていますよ。」
虐待。安易に触れてはいけない禁忌であり、敬遠するべきではない、傷を、罪悪を生むもの。
「それだけ? 」
「それ以外、何を話せばよいのですか」
「その、…家族になんか思うものがあったら良ければ聞きたいなって…」
我ながら酷い。事情も知らないくせにあっさりしっかり掘ったよ。やらかしたよ。
「……僕が弱いからこうなったんです。あの日、ちゃんと話を聞いていればこうはならなかったんですよ。」
少しだけ話してくれたおかげで、全部繋がった。本当にありがとう。
「…本当は君のことももっと聞いてから言いたいんだけどな……緊急だね。」
独り言のように呟く。覚悟はある。
「……では、もしよければ、一緒に来てくれないか? 」
こんな拙い言葉で伝わってくれるのかはわからない、けど伝わるはず。彼は振り向き、恐る恐る見上げ目を合わせる。
彼の容姿が明らかになる。
限りなく黒に近い緑色を帯びた襟足のある髪、病的に白い肌。触れたら壊れてしまいそうな指先、そして可愛らしさがまだ残る顔、少女を彷彿させるほど円な眼。
守らなければならない。僕の傍にいてほしい。立場的に逆とかそういう思考はなかった。ただ、そういう本能が掻き立てられる様な衝動に襲われる。理性と衝動の間でウロウロしている感覚だ。
少し表情が曇る。まあ、怖いよな、とは思う。初対面だから、そりゃ捨て猫拾う感覚でトントン拍子進むわけでもない。
「……良いんですか? 」
顔を上げた彼は涙目で更に眼の美しさと大きさを際立たせていた。
正直、予想外だった。一筋縄ではいかないと思っていた。
「良いに決まってるだろ、まあ家族というよりは、主従になるかもしれないけど…」
「良いですよ、構いません。役に立てるかは別としてですけど…ね。」
「とりあえず引き取りの手続き関連だけしちゃおうか、一回戻れる? 」
彼は俯いていた。
「……やっぱり、職員になんかされてるでしょ。 」
「っ……、なんで、わかるんですか……? 」
推理力を舐めるんじゃない。何年こんなのやってると思っているんだ。殺人だって事件だから、一応ね。
「多少、脅してもいいかな……? 」
「……関係ない職員には配慮してほしい所存です。」
所存って話し言葉であんまり伝わらないのでは、という疑問は飲み込む。
まあ許可が出たというところだから、好き勝手ではないが多少は暴れられるだろう。
左手に相棒の存在を確認する。
待て、相棒がなぜここに居るんだ?
……もしかしてずっと大剣持って話しかけていたということか?
「……もしかして僕ずっとこいつ持って話してた? 」
「ずーっとありましたよ。かっこいいなと思いました」
ちゃんと思考が少年していてよろしい。
まあ、閑話休題。
「じゃ、行こう。えーと、君、名前は? 」
手を差し伸べる。
「ないですよ」
伸ばした手を支えにして立ち上がる彼。
「……戸籍は? 」
「知りません」
嘘だろ。
「……後で名前をつけてやろう。」
「ありがとうございます……? 」
「じゃあ僕のことは、黎明とでも呼んでくれ。苗字呼びにはなるが……下の名前でもいいならいいけど、」
「いや、黎明さんで結構です」
話をちゃんと聞こうよ。 いやでも、会話ってめんどくさいもんね。
「…3度目の正直、行こうか。」
「はい、宜しくお願い致します。」
指は大凡、第一関節分小さい。ただ、細くて、角張っていて、長い。確かに、艶やかさを纏っている。大人っぽいなとつくづく思う。
気づけば雪が降っていた。やけに美しい。
雪月花に親しみ、君を憶えられる日が来ますように、と願った。




