空蝉の寒柝(1)
ひとえぴそーどを約3回ほどに分けて投稿します、多分
誰かもわからない血が撥ねる。
急所。恐怖も何も感じはしない。もう麻痺してしまったのだから。この暗黒世界で。
安心か、生命の具現か。
諄と喋る独り言、絵に書いたような路地裏。音を立てて重力に従う蛋白質。
黒猫の足音、ゴミ溜め場に集る蝿の羽の音、さっきまで生きていた人間が埃っぽい乾燥した空気を血液で潤してくれた。
「しょうがないじゃないか、僕だって生きる為に殺めているんだよ。」
死後も、少しの間聴覚だけは残るという確証もない情報を信じてみたくて言ってみた。
吐き捨てたその言葉に責任はない。殺さなきゃ殺されてしまうような世界、希死念慮すら忘れてしまうほどに狂った人々。殺人の優越による陶酔及び酩酊はこの世界の人々だけに確認されたらしい。協調も調和もなくただ、着実に歯車の噛み合わせをずらしたのだから。確実に僕らのせいなのだから。
もう動かない死体の前にかがみ込み手を合わせる。せめてもの救いになってほしい。
目眩を抱えながら来た道に戻る。どうせ死体なんかそこら辺にあるのだから自然が解体してくれるだろう。冷たい冬の風は、雨か雪は、息の上がった身体の芯まで優しく鋭く冷やした。
家の門の前、厳重に施錠された結界と鍵を解く。自宅の安堵とともに足を踏み入れようとした瞬間背中が後ろに引っ張られる。
「れーいめい!!! 」
聞き覚えのある狂気すら孕むほど明るく甲高い声。
「うわ」
反射的に嫌悪が漏れる。嫌いじゃないが、彼女の明るさにどうしても疲れてしまう。
振り返ると、やっぱりいる。悪魔が。疲れているせいか、ぼんやりとした輪郭でしか確認できないが、いつも通り結ばれたハーフツインテールと整っている前髪、女子にしてはやけに高い身長、猫のような鋭い視線を送る眼、服の至る所に散りばめられた大小問わないリボン、道化師を連想させるペイントなのか刺青なのかわからない目の周りに描かれた星と涙。やはり違いない。烏帽だ。
「なによ、うわって、そんなに私のこと嫌いなの? そしたら殺してあげてもいいわよ? 」
冗談めかして嘲笑する彼女。僕を引っ張った際に付いた本当によくわからない人の返り血が一層狂気を際立たせている。
「よせよ、烏帽。ついさっき殺したばっかりなんだ、今日は休みたい。」
家が砦の僕にとってはだいぶ今苛々しているのだろう。なにせ目の前にあるのだから。
「冗談よ、ジョークが通じないと面倒くさいわね、ちょっとは観客になりなさいよ」
「うるさいなぁ……帰らせてくれ。目の前に家があるのに帰れない苦痛がわかるか? 」
「わからないわ、そして私も入るわ、久々ね、ついでにあんたの家系に用があったし」
「昨日入ったばっかりだよな…済ませとけよ…」
我ながらキレのないツッコミ。引っ張られたのと対称的に背中を押される。人工芝は霜を被っていた。結界はちゃんと施錠して、後ろには気も留めず家に帰った。
白と、汚れの黒が映える程に対称的な色を持った扉を開ける。軋む音と共に見慣れた玄関の入口が見える。
「おじゃましまーす! 」
「ただいま、異常は消してきたよ」
「おかえりなさい、あら、烏帽ちゃん昨日ぶりね」
「昨日ぶりですね! ちょっと色々お話したくなってきちゃいました! 」
「全然いいのよ、さ、上がって! 紅茶でいいかしら?」
「やったー! 」
母親とこいつは妙に馬が合っている。面倒くさい。
「あと、黎明もついでにお話聞いてね、今後に関わることだから」
「いつも思うんだけどお母さんも黎明だろうに、なぜわざわざ苗字で呼ぶんだよ。」
「あら、言ってないかしら、もうお母さんもお父さんも苗字はないのよ、あなたに注がれたあなただけのものになったの」
「意味がわからない。」
「だから一番最新の子供…貴方が持つ特権なのよ。受け継ぐ感じかしらね」
「そうなんだ……? 」
「そういうことよ」
疑問は残るがとりあえず返り血が気持ち悪いので洗面台へと向かった。
こたつを布団のようにかぶりうつ伏せになる。寝ているような感じで楽。
近くにあった大剣、相棒を引き寄せる。引き寄せるのは簡単だが、腕力のなさなのか、単純に重いのかわからないが体験を持つのは一瞬でも疲れたため、近くの床に置き、柄だけ持った。ずっと共にしてきたものにはやはり仄かな温かみが感じられる、気がする。
自分の思っていた以上に早く、話題が振られた。
「そういえば黎明、従者をそろそろ決めないといけないわよ」
そういえば紅茶運んでいたのもお母さんの従者__メイドさんだった気がする。
「そう言われても烏帽はどうなんだよ、僕だけなん? 」
「烏帽ちゃんはまだよ、ようやく家庭内が落ち着いてきたのにそんなにいっぺんに詰め込んでは可哀想でしょ」
「お前は烏帽の親か、んで閑話休題すると、使い魔じゃだめなん?人を雇うって気味が悪い気がするんだよ」
「別に使い魔でもいいけど魔術と相性がイマイチなのよね、ほら、使い魔もどっちかといえば魔法とかの部類じゃない? 実質出来てしまうよのね、一人で。」
「はいよ、わかったから今日はぬくぬくしてもいいだろ? 場所とかもわからないし、つうかどこで手に入れるんだよ。」
「そうね、我が家系は大体捨て子とかから来ているから、そういうところ行けば良いのかも」
「はいはい、わかった明日行くよ。」
「お母さん、私も一緒に行ってどんな感じかみてきます!」
「はぁ? 」
「良いじゃない別に」
「多数決で決定!」
窓は雪が吹雪いていると言わんばかりに音を立てている。いかにも人を室内に閉じ込めたそうな雰囲気を出しているが、冬はできれば毎日、閉じ籠もっていたい。
「お母さん紅茶おかわりあります? さっきの話の続きしましょ! 」
自由か。
「良いわよ、ちょっとまっててね」
いいんかい。
……会話の通り、察しの良い読者はもうわかっているだろうけど、僕らは世間的に見ると身分は上。魔術とか魔法とかのファンタジックなものがうようよとある、もう一つの地球の僕の人生、物語だ。
こたつの中で再び本を開こうとしたが微睡んでしまった。温かい。安心して寝れる場所があるって良いな、とか考えていたところで意識が途切れた。
別にこんこんと流れる一杯で回復する水の音で目を覚ましたわけではない。
なんか目が覚めただけだった。目を開けると暖色の明かりが優しく鋭く目
に刺さる。甘い香りが部屋一体を包む。時計を見ると2、3時間経過していた。とりあえず体を起こす。こたつで寝ていたのか。対極側には母親がいた。
「おはよう、黎明いい夢見れた? 」
「夢見てねえよ、烏帽は? 」
「起きる30秒前に帰ったわよ」
とてもすれ違った。というかそんな話してたのかよ。
「飲む? 」
「じゃあもらおっかな」
「そういえば今日朝ごはんに何食べたの?」
「なんにもたべてない、見たよね」
「昨日は?」
「……だから見たよね? 」
「いや、お夜食になにか食べてくれないかな、と」
「食べないわ」
「今日スープなら飲めそう? 」
「液体系になんか入っている感じであれば固形物もきょうはなんとか。」
拒食症なんです。殺人とかいう運動があるけど拒食症患っちゃったんです。胃に入るあの感覚が同仕様もなく気持ち悪い訳で。液体はまだどうにかなるので飲み物は飲んでなんとか繋いでいるが、空腹はある。
「明日か……」
幼少期憧れていたはずの従者を取れる年齢にはなったが今こうしてみると純粋に喜べないのはきっとこの世の仕組みを知ってしまったからだろう。
弱いものは強き者に従う。絶対的なルールから殺人惑星へと化した。なんだかな。人を殺さないと生きていけない、下剋上だの支配だのくだらない。そう思えるのは僕が居る地位が最上級に高いからだろう。
「夜か……」
「同じ様な文章ね、語彙力なくしたの? 」
「あるから話してますよ。」
「違う、そうじゃないの」
知らんがな。
結局ご飯は食べられなかった。申し訳ない。
そんなこんなで目まぐるしいのか遅いのかわからないが日は暮れた。




