最終回後日談:歴史の修正、あるいは書き足された記憶
退院から一ヶ月。俺――一ノ瀬拓海は、神保町の古書店街にいた。
ICUでのあの目覚めからというもの、俺は自分が夢見ていたものが単なる幻覚だったのか、それとも別の「現実」だったのかを確かめられずにいた。
俺は「日本史通覧」という分厚い教科書を棚から引き抜いた。
手が震える。
幕末のページをめくる。
そこには、俺が知っているはずの歴史が刻まれている。
――薩長同盟
――坂本龍馬、暗殺。
――大政奉還。
安堵と同時に、言いようのない喪失感が胸を刺す。
「やはり、全部夢だったのか」。
そう自分に言い聞かせようとした、その時だった。
俺は、教科書の隅にある小さな注釈に目が止まった。
『※なお、慶応3年頃より幕府の経済基盤に不可解な構造改革の痕跡が見られる。当時の老中らがこぞって倒れた際の「謎の手形」については、現在も歴史学上の論争が続いている』
さらに、別のページ。
『坂本龍馬暗殺説には諸説あり、近年の資料調査によれば、慶応4年の混乱期、彼が公に姿を消した記録が存在する。その後の龍馬が日本の近代産業の基礎となる「独自の経営モデル」を広めたとする説が、一部の経済史家によって提唱されている』
俺はページをめくる指を止めた。
そこには、俺が書いた覚えのある、あの「株式会社・日本」の理念に近い文言が、現代の歴史教科書の一部として確かに存在していた。
俺が幕末で散々やり散らかした「帳尻」は、歴史の中に静かに、しかし確実に組み込まれていたのだ。
店を出ると、東京の夕暮れが広がっている。
スマートフォンを取り出すと、そこには自分が経営する会社の株価推移が表示されていた。
俺が夢の中で龍馬として描いた、あの「損益計算書」と驚くほど似通った軌跡を描いている。
「……やりすぎたなぁ、やっぱり」
俺は小さく苦笑して、教科書をバッグにしまった。
龍馬としての記憶は、俺の中に今も鮮明に残っている。
あの日、二条城のバルコニーで引き金を引いた時の感触も。
俺はネクタイを締め直し、雑踏の中に足を踏み入れる。
歴史を書き換えた「代償」は、一生背負っていくことになるだろう。
だが、これでいい。
俺が命を賭けて作ったこの国は、確かに「あの時」から未来へと続いていた。
現代という新しい戦場で、俺はまた、次なる「維新」を企てる。
坂本龍馬という名の魂をその身に宿して。




