不安
三月。
卒業式が近づくにつれて、学校全体がどこか浮ついていた。
教室では寄せ書きが回り、
廊下では写真を撮る声が響く。
「結衣、第二ボタン狙わないの?」
奈緒が笑いながら聞いてくる。
「興味ない」
「えー、後で後悔しても知らないよー?」
「別に」
結衣は適当に返しながら窓の外を見る。
春はまだ遠い。
校庭の桜は固い蕾のままだった。
でも、自分の中では何かが終わろうとしている。
卒業したら、本当に会えるのか。
先生はどうするつもりなのか。
考えるほど不安になった。
あの日、“待て”と言ったくせに。
卒業後のことは、はっきり約束してくれない。
それが怖かった。
◇
放課後。
結衣は進路指導室の帰りに、保健室の前で立ち止まった。
入るか迷う。
最近は前みたいに気軽に行けなくなっていた。
好きだと分かったから。
意識してしまうから。
それでも結局、扉を開ける。
「失礼します」
高瀬は机で書類をまとめていた。
「……来たのか」
その声が少しだけ柔らかくて、胸が熱くなる。
「迷惑でした?」
「そんなこと言ってない」
結衣は丸椅子へ座る。
沈黙。
前なら平気だったのに、最近は静かなだけで緊張する。
高瀬もどこか落ち着かない。
ペンを持つ手が、少しだけ止まっている。
「先生」
「ん?」
「卒業したら、私のこと忘れますか」
高瀬が眉を寄せる。
「なんだ急に」
「なんとなく」
本当は、怖かった。
卒業した瞬間、“元生徒”になる。
今までみたいに会う理由もなくなる。
そうしたら、この関係は簡単に終わってしまうんじゃないか。
高瀬はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。
「忘れられるなら苦労してない」
結衣の心臓が跳ねる。
「……え」
「お前のせいで、ここ数ヶ月ずっと調子狂ってる」
困ったように笑う。
その顔が愛しくて、泣きそうになる。
「先生でもそんなことあるんですね」
「あるよ」
「完璧そうなのに」
「勝手に期待するな」
結衣は小さく笑った。
その空気が好きだった。
恋人みたいな甘さじゃない。
でも確かに、自分だけに向けられている優しさがある。




