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保健室には秘密がある  作者: 熊猫ぱんだ


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11/11

三年後

──それから三年後。


四月。

柔らかい春の風が、駅前の桜並木を揺らしていた。

結衣はスマホの画面を閉じ、小さく深呼吸する。


久しぶりだった。

この街も。

この制服だらけの景色も。

大学生になった結衣は、少しだけ変わっていた。


髪は肩まで伸びた。

メイクも前より薄い。

服装も、昔みたいに“可愛く見られるため”だけじゃなくなった。


大学で友達ができて、

バイトをして、

レポートに追われて、

普通に恋愛の話をして。


そうやって毎日を過ごすうちに、少しずつ分かった。


あの頃の自分は、

“愛されたかった”というより、

“自分に価値があると思いたかった”んだと。

そして、それを最初に教えてくれたのが高瀬だった。


結衣は校門の前で立ち止まる。

懐かしい校舎。

放課後なのか、運動部の声が遠くから聞こえる。


スマホを見る。

時間は午後四時半。

少し迷ってから、結衣は校舎へ入った。


廊下を歩く。

懐かしい匂い。

あの頃より廊下が狭く感じる。

保健室の前まで来た瞬間、急に緊張した。


本当にいるのかな。

もう異動していたらどうしよう。

忘れられていたら。

そんなことを考えながら、結衣は小さく息を吸う。


コンコン。

「失礼します」

扉を開ける。


薬品の匂い。

白いカーテン。

窓際の観葉植物。


全部、あの頃のままだった。


そして。

「……来たのか」

聞き慣れた声。

高瀬が、机から顔を上げていた。


白衣姿。

少し伸びた前髪。

相変わらず眠そうな目。


胸が、ぎゅっと熱くなる。

「約束したので」

結衣は笑う。


高瀬は数秒固まったあと、小さく息を吐いた。

「……ほんとに来るやつがあるか」

「先生が待てって言ったんじゃないですか」

高瀬は困ったように笑った。


その顔を見た瞬間、不思議なくらい安心する。


ああ。

ちゃんと会えた。


結衣は保健室の丸椅子へ座った。

昔と同じ場所。

でも、少しだけ違う。


もう制服じゃない。

“生徒”じゃない。

その事実が、妙にくすぐったかった。


「大学は?」

「普通に楽しいです」

「普通か」

「バイトもしてますし」

「ちゃんと寝てるか」

「子供扱いしないでください」


高瀬は少し笑った。

その空気が懐かしい。

沈黙すら落ち着く。

窓の外では、春の光が揺れている。


高瀬はペンを置くと、静かに結衣を見た。


「……変わったな」

結衣は少しだけ目を瞬く。

「そうですか?」

「ああ」

高瀬は穏やかに笑う。


「前より、ちゃんと自分を大事にしてる顔してる」

その言葉に、胸が熱くなる。


たぶん。

一番言ってほしかった人に、一番嬉しいことを言われた。


結衣は俯きながら、小さく笑う。

「先生のおかげです」

「俺はそんな大したことしてない」

「しましたよ」

結衣はゆっくり顔を上げる。


高瀬を見る。

あの頃とは違う。

依存じゃない。

救われたいだけでもない。


それでも、やっぱり好きだった。

三年経っても変わらないくらい。


「先生」

「ん?」

結衣は少しだけ緊張しながら笑う。

「今なら、ちゃんと恋してもいいですか」

空気が止まる。

高瀬は何も言わない。

ただ、少しだけ苦しそうに目を閉じた。


その反応が、昔と変わらなくて。

結衣は思わず笑ってしまう。

「まだ悩むんですね」

「当たり前だろ」

「もう卒業して三年ですよ」

「そういう問題じゃない」

高瀬は深く息を吐く。


それから、観念したみたいに小さく笑った。

「……ずっと好きだったのか」

結衣は即答した。

「はい」


高瀬はしばらく黙っていた。

やがて立ち上がる。

そして、昔みたいに結衣の前まで歩いてくる。


距離が近い。

でも今度は、誰にも後ろめたくない。

高瀬は少し困ったように笑った。


「お前、ほんと真っ直ぐだな」

結衣も笑う。

「先生がそうしたんですよ」

高瀬は小さく息を吐いたあと。


今度は迷わず、結衣を抱き寄せた。

白衣の匂い。

懐かしいのに、あの頃とは違う。

結衣はそっと目を閉じる。


窓の外では、春の風が桜を揺らしていた。

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