第十四話 「空席」
第十五話は7/7(火)の深夜に投稿します。
しばらく開きますが、明日からホラー短編を連続投稿しますのでご容赦ください。投稿時間は深夜帯(22時過ぎ)です。
ふと目を開けると、黒い岩肌に光る雫が見える。気絶している間に、どこぞへと連れて行かれたらしい。
ふっと息を吐いてみると、やけにその音が大きく感じられる。手首に痛みを感じ、上に視線をやると錆びて脆そうに見える手錠で吊り上げられていた。
——これくらいなら、すぐ壊せる、か。…うん?
——あーあ、この服気に入っていたのに。
ヘイランの服は胸部から下腹部まで引き裂かれ、白い肌が露わになり、体は血の赤で汚されていた。
「これはわたしの血かな…?要らぬ妖力を使ってしまったらしい…。」
「連中、思っていたより壊れているな。あんまり手は出したくないんだけど、な。……あの子のためにも。」
岩陰から湿り気を帯びた、誰かの歩いてくる音がする。じゃりじゃりという踏みしめる音に混じって金属の擦れる音も聞こえる。
ぬるりと男が姿を現す。顔は革でできた若い女性を模った仮面で隠れている。
「目が覚めたらしいな。」
「さっきぶりだね。ロアク君、と言ったか?」
「はっ、まあ声で分かるか。どうだ、これ。上手くできてるだろ?」
ロアクは覆面を外し、ヘイランの目の前でそれの質感を確かめるように撫でる。
「う〜ん。出来は荒っぽいが独学でそれなら見込みありなんじゃないかな?」
ヘイランは今までの経験と比較してみても、それの達人には及ばなくても、市場に流通する革製品としては上出来だと鑑定する。
「今からお前も加工してやる。それにしても、いや良い拾い物をした。」
「生け贄にするんじゃなかったのかい?」
「冬の、と言ったのさ。」
ロアクは口の端を歪めて再び覆面を被り直す。手には短手の刃物を握りしめて。
彼の背後にはまだ複数人の気配がした。
◇
カッシオが駆け気味に、山中に分けいってからいくらかの時間が経ち、日が傾き始めた頃、悠たちは村の北側の山林で腰を落ち着けていた。
誰も気にしないとは思うが、わざわざ荷物を持って羅刹鬼のいる山を登っていけば変に怪しまれるかもしれないと考えてのことだった。
悠は荷物の回収をするために、宿との間を繰り返し往復し、全て終えた時にはくたびれて木陰に座り込んでしまった。アメノがわずかに力を使いながらアメと野営の準備を進めるのを、悠は眺めながら水を飲む。
羅刹鬼は「子どもが飯を抜くなど、あってはならん」と言って、山中のどこかに消えた。
アメはまだ子どもだが、夏なのもあって野営でも特に問題なく夜もやり過ごせる見込みだ。
悠たちがいるのは村より少し高い位置なので、川辺もよく見える。相変わらず若者の少ない村だ。
じんわりと汗ばむ体を温泉で綺麗に流せればどんなに良いかと考えながらじっとそちらを眺めていると川辺に黄色い光がふわりと浮かぶ。
ゆっくりと明滅を繰り返しながらあちらこちらへと飛んでいる。温泉の湧く橋付近から少し北に離れた船のない船着場に多く集まっている。
「蛍、か。そういや小っさい頃見て以来やなあ。」
悠が静かに目を細めて呟く。
「ほたるぅ?あ、本当だ!もう夏だもんな!捕まえに行きたいな…。」
アメノがアメの肩から頭によじ登って覗き見る。
「まさか!あれも食うんですか!?」
「食べ…ない…。蛍まずい。なんか…苦い。」
アメが嫌そうな顔を浮かべながら、アメノを頭から下ろして手のひらにのせる。
「こんな時でもなけりゃあ、ゆっくり眺めてたいんですけどね。」
「何を眺めてるって?」
カッシオが手に色々抱えて戻ってくる。紫の皮の果実や、小さな豆みたいなもの、いくらかの山菜をどさりとその場に置き、悠の隣に腰を下ろす。
「おかえりなさい、カッシオ。やはりすぐには見つからないですか…。」
「おン。ねえとは思ったンだが、一応崖の下とか足滑らせてねえかと見てみた。まあ案の定いねえな。」
「——おお、蛍か。…ツァルの炙りで酒飲みてえなあ…。」
「無事見つかったら、みんなで飲みましょうよ。——どこへ行ってしまったのか…。ヘイランさんを拉致できる人なんてそういないでしょうに…。」
「万が一捕まってても逃げれるだろうしな。」
「あの、カッシ——」
「なんじゃ、もじゃ頭も帰っとったか。猪がおったぞ。——大きくなるなら、肉を食わんとな。猪は好きかや?」
「好き…。でも…ハラワタ以外…食べたことない。」
「僕はちょっと嫌い。脂が多すぎるんだよ。肉食いたいのに脂ばっかで食べにくいんだよな。」
「じゃ、火ぃ起こすぜ。」
羅刹鬼が猪を捌き、カッシオが猪鍋を作る。味付けはしょっぱくて、少し乳の匂いのするシルだ。川下の村でミラに分けてもらったものももう残り少ない。
悠はカッシオにざく切りにした山菜を渡して、それを頃合いを見ながら彼が鍋に入れていく。
「そういや、悠さっきなンか言いかけて無かったか?」
「ああ、その…ゴウキのところにもう一回話聞きに行こうかって思って。」
「はあ…なンで?」
「思えば不自然なんすよね。例えば、ヘイランさんがいなくなったのになんで、僕らとの契約、って言うか約束?を反故にしなかったのかとか。だって、ヘイランさんが逃げ出して僕らに合流したなら、村としては次の生け贄の準備とか、僕らの荷物を村の資源にするとか色々しそうなもんじゃないですか。」
「村に帰ってきてゴウキに会った時、戻ってきたことに驚いている様子でした。ゴウキにしてみれば、ヘイランさんと逃げたと考えているなら、まあ当然驚くでしょう。なら、荷物は処分されているはずなんです。でも残っていた。ゴウキの中に僕らが帰ってきうる可能性があったから。」
「それに思い出してみれば、驚きの中に何か含みがあった気も…。」
「う、うぅん?そうか?よく分からンが、引っかかるところがあったンだな。」
「まあ、平たく言えばそうです。話してくれるかは分かりませんが…。」
「おい!山菜煮えすぎじゃぞ!鍋も沸いておるし…!お話に夢中になるなぞ、全く。お前らはむすめごかッ…!」
羅刹鬼の言葉で、話を切り上げ鍋を仕上げにかかる。焚き火を囲んで座り、一行は一人足りない食事を始める。
猪の肉は野生味が溢れていて、悠は少し苦手だった。
——山間の村で食べたときはもっと美味しかった気ぃするんやけど…。
——羅刹鬼の下処理のやり方やろうか?ヘイランさんやったら、そんなもんも上手くやるんやろうな…。
———
翌朝。日が村を照らし始める少し前、悠は宿にもう一度向かっていた。管理人の男にゴウキに会いたい旨を伝えるために。
そして、カッシオは再び山中に捜索に入った。遠回りをして村の西側にたつ山を捜索するらしい。
アメノたち三人は、野営地でしばらく待機していてもらうことにした。ただ羅刹鬼もアメも村人との接触を避けたいと考えれば、明日には例の峠の平屋に戻った方がいいのかもしれない。
過ぎ去る時間に対して、意味のあるものは何も得られていないことに悠とカッシオは焦りを感じていた。
——何時間やったっけ?遭難した人の生存率が下がるのって…。もうおらんようになってから、三日と少しになるんか?四十八時間とかやったら…。
悠が宿の前に着いて中を覗き見る。鍵まではかかっていないが、管理人の男はいなかった。客もいないのだから、当然なのかもしれないが悠はますます気持ちが焦ってしまう。
「橋、強行突破したるか…。いや、あの訳分からん爺さんと揉めてたら、誰かしら話できるやつ、バンキとか来るかも…!」
「せや、今はだらだらしてられへん…!やるか…。殺されたりはせんやろ、いくらなんでも、な。」
悠が宿を飛び出し、あわよくば橋を渡りゴウキの家にカチコミをかける気持ちで駆け出していく。その悠の様子を東側にいるわずかな住民たちは止めるでもなく静かに見守っていた。
前話に掲載したものと同じです。
読んでくださった方は読み飛ばしていただいて大丈夫です!
【ちょっとお知らせ】
最近は本編も書きつつ、こそこそと別作品も執筆中です。
本作のプロットはあるのですが、ストックが尽きつつあるので、更新頻度を落とす予定です。
連載は頻度が落ちても続ける予定ですので、そこはご安心ください。
別作品の紹介です。
悪役令嬢ものに挑戦します。
ストックが出来次第、そちらの投稿も開始しますので、お楽しみにしていただければ幸いです。
また、なろうの夏のホラー企画に向けてホラー短編を書きました。
・ホラー短編「ぴちゃぴちゃちゃぷん」全五話(7/2〜7/6毎日投稿)
・悪役令嬢もの「ハッピーエンド以外絶対に認めません!〜親友の聖女ちゃんを救うためわたくしは悪役令嬢を貫きます〜 」(執筆中)




