第十三話 「それぞれのすべきこと」
第十四話の投稿は3/29(日)の深夜に行います。
どうぞよろしくお願いします。
昼を過ぎた村の入口には、どこか張りつめた空気があった。
朝の崩落の余韻は、まだ誰の胸にも重く残っている。
悠たちは揃って立ち、荷物の最終確認をしていた。
特別な武具も装備もない。ただ、必要最小限の道具だけ。
誰も声を上げて気勢をあげる者はいない。
ゴードンは、少し眺めるように山の方へ目を向けてから歩調を確かめた。
若者の前では普段と変わらぬ顔でいたいのだろう。
それでも、足元には慎重さが滲む。
「……行くぞ。」
その声に全員が自然と動き出す。
カッシオは黙って悠の横に並び、歩幅を合わせた。
悠も、まるでそれを待っていたかのように頷く。
二人は言葉にしていないが、互いに支え合うつもりでいることが伝わった。
トールは時折、村の方を振り返っていた。
だが、誰からも見えないくらいの小さな仕草だ。
未練や心配を口に出すことはしない。ただ、離れがたさがふっと漏れる。
ライエンは前だけを見ている。
決意は揺れていないし、余計なものも背負っていないようだった。
悠は何度か深呼吸していた。
落ち着いているように見えるが、万全というわけでもない。ともすれば死出の旅路だ。ふと気を抜けば逃げ出してしまいそうになる。
そんな彼らの様子を、互いに大きく気にする者はいない。
それぞれの重さは、それぞれが抱えたまま歩くしかなかった。
言葉よりも足音の方が多い出発だった。
雨が上がった午後の光は柔らかく、道の先には薄い影が落ちている。
五人の影は重なったり離れたりしながら、ゆっくりと山へ向かっていった。
誰も何も話すことなく、ただ歩き始める。
ボルドーは黒い沼に向かう父親の背中を目に焼き付けるように見ていた。それが生きている父親の背中を見る最後になるかもしれない——そんな考えが拭えなかった。
そんな気持ちを吹き飛ばすように深く息を吐いて、村人に告げた。
「俺たちは、彼らの帰ってくる場所をなんとしても守らねばならん。手伝ってくれるか、みんな。」
「もちろんだ。」
「そうよ。もう、逃げることもできないんだから、やるしかないわ。」
「みんな、あんたに従うよ。」
村人たちはほとんど諦めていたはずなのに、覚悟を決めて出発した一行の背中に、再び希望を見ていた。
「作戦を練りたい。避難所に戻るぞ。」
村人たちは、ボルドーの言葉に頷き山に背を向けて歩き出した。
◇
避難所に集まった村人たちの間には、張りつめた沈黙が流れていた。
誰も雑談をしようとはせず、ただ互いの顔をうかがっている。
「——俺たちに戦いは無理だと思うんだ。」
まず口を開いたのはボルドーだった。
彼の声は落ち着いてはいるが、どこか乾いている。
「体力に自信はあるから、最後まで戦うことはできるだろう。だが、戦うための技術や経験が無さすぎると思う。前に用意した槍は、槍としての機能は果たさず、サラビに有効な武器でもなかった。」
「みんなが怪我もなく、生き残ること……それが俺たちの“勝ち”なんじゃないか?」
「全力で守りに入る……か?」
誰かのつぶやきに、別の男が感情を抑えきれず声を荒げた。
「しかし、トールじいさんを殺した奴らに少しでも痛い目に合わせてやらんと気が済まんぞ!」
「そうだ、村に近づくのも嫌になるほど殲滅してやらねぇと!」
「……だから、それが無理だって話だろ。」
言い争いになりそうな気配に、女性の一人が声を絞り出した。
「やりたい人だけで勝手にやれば?子どもや年寄りを巻き込まないでよ……。」
言葉の重さに、場がひとつ呼吸を止める。
ボルドーは深く息を吸い、静かに言い直した。
「まあ、みんな落ち着いてくれ。気持ちは分かる。仇討ちをしたい気持ちも、家族を守りたい気持ちもな。でも、生き残るには“団結”が必要だ。だから俺は、前と同じように籠城策を軸にしたいと思う。」
反対は出ない。
誰もがその策の現実味を知っているからだ。
「ただ守るだけじゃなく、ハルの考えを少し借りる。」
「例えば、家畜を数匹つぶして、各所にサラビを誘き寄せ、のこのこ来たやつらを男連中で袋叩きにするとかな。」
村人たちがざわつく。
「確かに、うまくいけば少人数でも戦えるかもしれねえな。」
「でもよ、前みたいに肉を一気に食い尽くされたら……時間稼ぎにもならんぞ。」
「食料だって無限じゃないしね……。」
「下手に肉を与えても、何日も続けられん。俺たちの食料が尽きても、終わりだ。」
沈む空気を割るように、レネがおそるおそる手を挙げる。
「あ、あの…。ハルは、さ。サラビは匂いもそうだけど、音にも敏感なんじゃないかって言ってたぞ。」
「音で誘導できないかな?」
視線がレネに集まる。
隣のカルロスが腕を組み、しばらく考え込んでから言った。
「音で、な。そう…だな。こんなのはどうだ。そんなに複雑なことはできんが、時間差で音を出すような仕掛けなら作れると思うぞ。」
「ふむ、良いかもしれん…が、その仕掛け、サラビたちを誘き寄せれたとして、一度壊されてしまえば次に誘導することはできないんじゃないか?」
「危険かもしれんが、人の手で音を立てるしかないか……。」
「死者と生者で組むのはどうだ?」
年配の男が提案した。
「幽霊が周囲を確認してくれれば、生きてる方の危険はだいぶ減る。二人一組で音を出しながら誘導する……そんな形なら——」
「……それなら、なんとかなるかもしれん。」
ボルドーは頷き、全体を見渡す。
「その方向で考えよう。幽霊たちには基本的に全員協力してもらう。生きてる方は……死の危険がある。やってくれる者はいるか?」
ボルドーが村人たちに問いかける。
「今度こそ、俺にやらせてくれよ!俺も村を守りたいんだ!」
レネが立ち上がる。
「親父!いいだろ!?」
「ああ。息子がやるんだ、俺もやるぞ。」
「ありがとう、カルロス、レネ。他にやってくれる者はいるか?村の広さを考えるともう二、三人は欲しいんだが……。」
「俺もやろう。」
「俺もだ。家族を守るためだしな。」
壮年の村人の男たちが手をあげた。
「助かる。」
ボルドーの表情にわずかな安堵が浮かぶ。
「配置は……川上、村の中央、川下、それに籠城地点の近く。もう一人は自由に動いて全体を見て回ってもらう。そして……」
「サラビが確実に通る川沿いは危険だ。そこは……俺が行く。」
「籠城場所は村長宅でいいのか?」
「いや、もう少し堅牢な場所がいい。うちの蔵だ。
窓は高く、入口はひとつ。守るには最適だ。」
重苦しい空気だが、そこには確かな意志があった。
“生き残るためにどうするか”——その一点に、すべてが絞られていた。
音による誘導作戦が固まりつつある中、ボルドーは視線をトリリシャに向けた。
「……幽霊のみんなにも協力してもらいたいのだが……、トリリシャ、できそうか?」
そのとき、部屋の隅で小さな揺れが起きた。
トリリシャだ。気丈な彼女が、珍しく俯いている。
「トールさんのことがあったばかりだ。君ができないと言うなら、無理にとは言わない。どうだろう?」
「……ごめんなさい、わたし、行きたくないです。父のように、わたしが居ない間にアイネやテオに何かあっては悔やんでも悔やみきれませんわ。何ができるわけでもないけれど、せめて一緒にいたいの。」
「うむ、わかった——」
「待ってくださる?ボルドーさん。」
ボルドーが話すのを制止しながらリオーネが口を開く。
「トリリシャ、あなたの気持ちは痛いほどわかる。」
リオーネがトリリシャの肩に手をそっと置くようにして、語りかける。
「わたしはあの人を、お父さんを何もできないうちに亡くしてしまったわ。何かできたんじゃないかって、つい考え込んでしまうの。」
トールを亡くしてから三日ほどしか経っていない。それなのに、妻であるリオーネがその悲しみを乗り越えられているわけはない。それを痛感させるほどの悲哀に満ちた顔をしていた。
「でもね、トリリシャ。あなただって悲しくって、立ち上がれないのはわかるけれど、この子たちのために、子どもたちを守るためにできることがあるのよ?うずくまっていてはいけないの。できることをしなかったことの方が後悔してしまう。」
「この子たちはわたしが必ず守るわ。」
「お母さん、わたしもテオのことぜったいに守るから、ね?だから、大丈夫だよ。」
アイネは幼さの残る声を震わせながらも、トリリシャの目をまっすぐに見る。
「ぼくは、……おかあさんに行ってほしくない。ずっといっしょがいい。」
「…テオ!おねえちゃんがいる——」
「でもね!がまんするよう!お兄ちゃんもおじちゃんも、みんながんばってるから!」
「…アイネ、テオ……ッ!」
トリリシャは、アイネとテオの肩を抱くようにして顔を伏せる。
次に顔を上げた時のトリリシャの顔からは決意が見てとれた。
「お母さん…。」
「この子たちのこと、お願いしてもいいかしら?」
「もちろんよ。何に変えても絶対に守るわ。」
「トリリシャ、レネと一緒に蔵の近くの役回りやってもらえんか?」
カルロスが家族の様子を見て提案する。
「ボルドー、構わんよな?」
「俺も、そう提案するつもりだったさ。」
「おばさん、俺頑張るし、何かあったら蔵の方にすぐに行ってくれていいぜ!」
レネがトリリシャの不安を消しとばそうといつもの明るい調子で声をかける。
「決まったな。もうすぐ日も暮れる。サラビは一日置きに来ていたが、昨日は誰も食われなかったからな。今日も来ると思っていいだろう。すぐに準備するぞ。」
「「「おおッ!」」」
ボルドーの言葉に、村人たちは頷く。
その後、細かな打ち合わせで各人の配置を済ませ、作戦会議は終了した。




