ご。
「それで、契約書に記して欲しい事なのですが」
アル文官は、ハッとした顔に戻りました。今は仕事中だと思い出したようです。
「先程も言ったように閨事が出来ないかもしれません。ですが、それがこの政略結婚の要。殿下が嫌がろうと私が嫌がろうと覆らないものです。私もブサイクなどと初対面で言うような方となんで婚姻しなくてはならないの、とは思いますが理由は理解しましたから仕方なく諦めます。でも互いにそんな婚姻で子を作る行為をしたとしても、子が出来るのか出来ないのか分かりません。そうですよね?」
「う、うむ」
陛下を見ればちょっと落ち着かなさそうに頷く。
「ですので。一年。一年経過しても私に妊娠の兆候が現れなかった場合、この国に側妃制度が無いので愛妾を持てる事にしましょう」
「一年⁉︎ いや、しかしだな。ポリーナよ。一年は早過ぎないか?」
陛下が慌てふためきますが、これは譲れません。
「この政略結婚は、魔力持ち同士が婚姻し、産まれた子に魔力持ちが生まれる可能性が高い、という推測を実証するためのもの。私達の婚約を皮切りに他の貴族にも魔力持ち同士を婚姻させるためのもの、というお話でしたよね? ならば早めに結論を出す必要があるか、と。他の貴族の子ども同士だって望まない婚約だと思う者も居るかもしれない。ならば一年は妥当ではないですか? 互いが望む婚姻ならば一年ではなく三年でも五年でも延ばせばいいのです」
「う、うむぅ……」
陛下、唸ってないで認めてくれませんかね。
「このように大人の発言をしていますが、私は五歳。私にも自由があっても良いはずです。この国では平民の成人年齢が十五歳。貴族の成人年齢が十八歳。私達が婚姻するのは、おそらく十八歳でしょう? そこから一年。互いに歩み寄る努力は必要ですし、歩み寄った結果、延びるかもしれません。でも今の時点では殿下も私も一年が限度です。ということで、アル様、契約書に一年経過しても懐妊の兆しが無い場合、殿下に愛妾を認める、と記して下さい」
アル文官は陛下を見ましたが、陛下が何も言わずに頷くのを見て、懐から取り出した紙とペンに書き付けていきます。
「これは下書きで清書は後ほど行いますが、清書の段階で両家が知らぬ文言は足しません。ですので、この段階で契約書に残したいことを教えて下さい」
言いながら、契約書の一つ目の項目が仕上がりました。おお、さすが公文書を取り扱う文官様です。綺麗な字を書きます。
「アル様はとても綺麗な字を書かれますね。さすがですね。さて、次ですが」
「ま、まだあるのか?」
えっ、陛下、なんでこれで終わりだと思われたのでしょう。寧ろ私が驚きです。
「もちろんです。愛妾をお迎えになって愛妾の方が子を産みましたら、私とは離婚ということで。私に子が出来ないという証ですから。後は私が殿下との間に子を産んだとしても、離婚でお願いします。子を産むという政略結婚の目的は果たしたことになりますから。その子が魔力を持っていてもいなくても、です」
「いや、それでは困る。そうだな。三人。ポリーナが子を三人産んで三人共に魔力が無ければ離婚を認めよう」
陛下、それは狡くないですか。三人産むまで私は離婚出来ないではないですか。
「三人のうち一人でも魔力持ちなら離婚出来ないのは困ります。殿下が嫌がる婚姻ですよ? 私も私を嫌う方と死ぬまで添い遂げろ、と?」
陛下に恐れながらと訴えますが。
「これが政略結婚だと理解しておるだろう」
と一蹴されます。
ならば。
「その要は魔力持ち同士の子は魔力持ちかどうか、という推測のためですよね? では、三人の子に魔力が無くても一人でも二人でも魔力があっても三人共に魔力があっても、結果は出ているのですから離婚は可能ですが」
「その間にセスターが王太子位に着けばそなたも王太子妃になる」
「三人共に魔力無しならば離婚出来ると仰ったのは陛下ですが」
「だが三人産むのは時間がかかるだろう」
「では、婚姻年齢が十八歳だと仮定して、そこから十年間は王太子選定を延ばして下さい。私が二十七歳までに子が三人産めなければ諦めます」
この辺りが妥協点だろう。どれだけ言葉を理解出来ても五歳の私では陛下に敵わない。もっと知識も経験もあったのなら、他の条件が出せたかもしれないけれど、今はこれまでだもの。
「それは長いな。五年だ。五年以内に子が三人産めなければ王太子選定に入る。セスターが選ばれれば諦めよ」
「畏まりました」
もうこれ以上は譲歩を引き出せない、と判断して私は受け入れる。
ということで生まれた子が三人共に魔力無しなら離婚が出来ること。婚姻から五年以内に子が三人産めなければ王太子選定に入ること。と記された。
あら? でもこれだと……。
「む。これでは、五年以内に三人産めなくても三人目が産まれてから三人共が魔力無しなら離婚が出来ることになるな。仮に王太子選定でセスターが選ばれた場合、五年より後に三人目が産まれて魔力無しでは離婚になってしまう」
あ、やっぱり陛下が気づいてしまったか。
そう。五年以内に産めなくても三人が魔力無しなら、仮に殿下が王太子に選ばれても私は離婚出来る、と思ったのに。
「では、どのように?」
アル文官が陛下に尋ねる。
明確にしなくてはならないのなら、遠回しな表現は許されないですものね。
「五年以内に三人産めなければ王太子選定に入る。その場合三人目が五年を越しても離婚出来ない」
陛下のその言葉に、アル文官がペンを仕舞う。
「それでは、話が違います。先程のレバーム公女とのお話では三人共に魔力無しであるのなら離婚出来る、と仰られました。三人目が五年以内に産めなければ王太子選定に入っても三人共に魔力無しならば離婚出来なければ条件にはなり得ません」
平民出身であるとご自分で仰っていながら、こんなにも陛下に忠告出来る方なんて、凄い。
「併しだな」
「陛下。陛下とポリーナの話し合いなので口を挟まず見守っておりましたが、そちらの文官殿の言う通り、おかしな条件はさすがに見逃せません。抑々が陛下の宣言で決まった婚約を嫌だ、とゴネるご子息の所為でこのような契約書を作成することになっていますよね? 別にポリーナでなくても、他の令嬢が婚約者に変更でも構わないですよ。我が家はね」
納得してくれない陛下。
お父様がここで口を挟みました。ああお父様は黙って見守っていて下さったのですね。
「む……。それは……」
「別にポリーナでなくても魔力持ちの令嬢は他にも居ますよね。それ以外、我が家との政略結婚の条件などないはずですがね。別に王太子選定時に我が家と婚約していることが有利に働くわけでもないでしょうに」
陛下が渋るので父が畳み込みます。……そうか。別に第一王子殿下の後ろ盾になる必要も無い婚約だよね、これ。確かに私じゃなくてもいいよね。
それとも私が婚約者じゃないとならない何かがあるのかと言うと……言語の問題?
「分かった。五年以内に産めなければ王太子選定に入る。五年を越えても三人共に魔力無しならば離婚を認める」
陛下が折れた。
という事は、やっぱり我が家か私に何か価値がある、と判断したのよね。我が家の後ろ盾が欲しいとは、陛下は思っていない。父もそう見解を出している。実際、第一でも第二でも第三でも陛下と王妃殿下の子だし、誰が王太子でも陛下も王妃殿下も困らない。
困るのは本人達だけど、基本的には第一子が余程のことが無い限り王太子位に着く。つまり、目の前で現状を理解していなさそうな七歳の第一王子殿下だ。
という事は、やっぱり我が家の後ろ盾が欲しいわけじゃないはず。……私の言語に関する理解能力かしら。魔力の多さもあるとは思うけど、探せば他にも魔力が多い令嬢は居るだろうし、ね。
それにしてもまだ七歳だから状況が理解出来なくても仕方ないだろうけど、第一王子殿下、あなた、他人事のようにつまらなそうな顔をしているのは、やめてほしい。
貴方がこの婚約は嫌だってゴネたから知恵を絞って別れられるように苦心しているのに。
私だって好きでも嫌いでもない無関心の相手でもブサイクだの嫌だの言う人と添い遂げたくないわ。
……でも歩み寄る努力はしないとダメよね。どこまで努力したら見限ってもいいかしら。
お読み頂きまして、ありがとうございました。




