なな。
陛下から最初に指示された公務は、殿下と共に孤児院と教会を訪れる慰問。別にそれは構わないけれど、第一王子殿下と、というのは本当に困る。
「取り敢えず、お父様、お母様、パッディ。頑張って行ってきますね」
その日、第一王子殿下が王家の馬車に乗って迎えに来たのでにこやかに笑って家族に挨拶をする。デイドレスなど動き難いので襟付きのワンピースを着ている。ラベンダー色の長袖ワンピースは、足元までの長い丈ではあるけれどドレスと違って軽やかに動ける。コルセット等諸々の動き難い装備が無いからね。胸元に同色のコサージュが着いていて品よくまとまっているこの品は、お母様と今日のためにデザイナーと三人で考えた末のもの。自分でも気に入っている。
さて。
王家の御者の方に手を差し出してもらい、ステップを上り中に入ると、無表情の第一王子殿下が座っていた。シャツとトラウザーズにベストを着ているだけのシンプルな姿は、一応平民に近づいているのでしょうか。取り敢えず挨拶をしましょうか。
「第一王子殿下にご挨拶申し上げます。本日はよろしくお願い致します」
さすがに馬車内でカーテシーは無理なので軽く頭を下げるだけに留めましたが、無言です。心の中で十数えた後で何のお声がけも無いために勝手に頭を上げて殿下の向かい側に座ります。……いや、頭下げたままじゃ馬車が出発出来ませんからね。
尚、婚約者とはいえ馬車内は密室みたいなものなので、エミルと殿下の侍従が乗っています。ちなみにダンは馬車と並行して馬で護衛してくれるそうです。ブランカの側に居なくていいのか尋ねたら、ブランカから護衛をするように言われた、と。……そうですか。
ちなみにエミルはブランカから呉々もお嬢様のことをお願いね、と頼まれました! と自慢してました。……それって自慢なの?
そんなこんなで馬車は出発。
本日は王都内にある孤児院と教会併せて七箇所を一日かけて回ることになっています。陛下曰く第一王子殿下は何度かこの慰問を行っているようで、頼りにすると良いとのことでしたが……抑々、殆ど無言の私たちの関係で頼りにするもしないも無いのですけど。
どう頼りにしろ、と?
まぁ何かあれば対応を頼めばいいのでしょう。何かあれば、ですけど。大体、私も個人的にいくつかの教会や孤児院に訪問はしてますから、行ったことのある場所では何もないとは思うのですけども。
油断してはいけないことは分かっています。だからトラブルが起きたら第一王子殿下にお任せしましょう。
……ということを頭の中で考えていられたというのはつまり、ずーっと馬車内が沈黙に支配されているからです。
ええ、私から挨拶をして以降殿下が無言ですからね。挨拶はしたので此方から話しかける気はありません。
もう私から歩み寄る気持ちは消えましたから。彼方から歩み寄る気が無い限り、このように馬車内は沈黙に陥ります。だから思考が進みますよね。
エミルには申し訳ないとは思うんですよ。沈黙の馬車内で殿下と婚約者が視線も合わせない、ですからね。殿下の侍従に同情心は……少しだけ有りますけど、まぁ殿下の臣下ですから。うちの使用人ではないので少しだけです。
……視線? 合わせませんよ。合いませんというのか、どちらでしょうね。殿下が窓の外をずーっと見てますからね。私は私でそんな殿下の横顔を見る気もないのでやや俯いて思考中です。
そんな私の隣でピクリとも動かないエミルは、ブランカから指導されただけあって良き侍女です。後でブランカに成長を報告しましょうか。
そんなことを考えていたら、馬車が停まるのかスピードが落ちます。やがてゆっくりと停まったのでどうやら最初の目的地のようです。七箇所ある孤児院と教会は併設されていますが、一日で回るとなるとどれだけ滞在出来るでしょうね。
まぁその辺は殿下の侍従がスケジュール管理をしているでしょうからそれに従いましょう。
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