に。
「では、中級魔法試験を始める。先ずは攻撃魔法の発動時間測定開始」
時間通りに師匠が現れて挨拶をする。その挨拶の後に試験内容の確認をする。
先ずは攻撃魔法の発動時間がどれだけ早いか。
時間が遅いとそれだけ命の危険に関わるから。初級の目安は魔獣を見つけてから三十秒以内。中級の目安は十五秒から二十秒以内。上級は十秒以内に発動するのだ。
初級者は魔獣のレベルが低い相手を討伐する。レベルが低い魔獣は動きが遅いらしい。力はあるけど。
中級者は魔獣のレベルも中級を相手にして討伐。動きもそこそこに早いし、飛べるタイプの魔獣も出てくる。力は当然強い。
上級者は魔獣のレベルも上級。……というか最高レベルを相手にするらしくて、中級レベルの魔獣の何倍も早いとか、飛べるタイプの魔獣は群れをなして現れるとか様々。初級レベルの魔獣を一撃で倒せるのが上級レベルの魔獣と聞く。
もし、この上級レベルの魔獣に出会ってしまったら逃げるのが一番。直ぐに逃げられなくても中級の攻撃魔法で気を逸らして逃げることを師匠から勧められている。
中級魔法で気を逸らせることが出来るのか、それは運次第だと言うことなので、遭遇したら逃げるが鉄則、と走る訓練も受けているが、今は討伐を目的とした試験なので発動時間を測定してもらう。
魔法はイメージが物を言う、と師匠は言っていたけれど冷静になることも必要なのだと教えられてもいる。
私は開始の合図から深呼吸をして中級攻撃魔法である氷で作った槍を出現させて的に向かって放出した。
ここでは発動時間の測定だから的から外れても問題は無いけれど攻撃の正確さがこの後の試験なので、的に当たるようにもイメージした。
的に氷の槍が当たったのを見て魔法を解く。
でも警戒心は怠らずに。これも師匠が魔獣討伐で気を抜くのは命に関わると言われていたから。
「よし。気を抜いていいよ」
穏やかな師匠の掛け声にホッと息を吐き出す。
「ポリーナ、発動時間は十七秒。中々に良いね。氷で作った槍も的の中心を綺麗に貫いている。次の攻撃の正確さを測る試験もクリアにするね」
十七歳の師匠は焦茶色の髪に同じ色の目で雀斑が左右の頬にある。
本人はその雀斑が気に入らなくて最初に会った時はフード付きローブを着ていてそのフードを目深に被って顔を隠していたのに、ある日風が強く吹いてフードが取れた時に私が焦茶色の髪と目を見て告げた言葉から隠すことを止めた。
「先生の髪と目ってチョコレートみたい。美味しそう」
と私は言っただけだ。
甘いものが大好きな私の目に師匠の髪と目は光の加減でチョコレート色にしか見えなかったので仕方ない。ついでにお腹も空いていた。
最初は先生と呼びかけていた。
何しろ無口で名乗ること以外は、魔法の発動方法すら端的にしか教えてくれなかったから。
「チョコレート……。ポリーナは雀斑は気にならないのか」
「雀斑? なんで? 雀斑が嫌なら肌の手入れする? お母様なら美容に力を入れているから雀斑をどうにかしてくれるかも」
「……いや、いい。ポリーナが気にしないなら」
「気にならないよ」
「そうか。……ポリーナ」
「はい」
「師匠だ」
「は?」
「先生じゃない。師匠と呼ぶように。それとポリーナはチョコレートが好きなのか?」
「甘いものは何でも好き!」
この日から師匠と呼ぶように言われ、この日から会話が一気に増えた。後から聞いたところ、師匠は私に魔法を教えることを引き受ける前に、男の子ではあったけど、やっぱり魔法を教わりたいと言って来たとある貴族の家に行き、その男の子から雀斑の顔を汚いと言われていたらしい。
その時も一応フードで顔を隠していたらしいけど、覗き込まれてそんなことを言われたのだとか。……子どもって残酷だよね。
更にはその両親……つまり師匠に魔法を教えるようにお願いした当主夫妻まで息子同様に雀斑顔の師匠を貶したのだとか。綺麗な顔じゃないと貴族とは言えない、とか訳の分からない主張をしていた、とか。
結局のところ解雇されて自信を失くしてしまってた師匠。だけど、魔法使いとしては上級レベルの一人前なので魔法を教えることは義務だからと周囲から言われて私の話を引き受けざるを得なかったらしい。
それを聞いた時は、嫌なら止めてください。でも師匠に教わりたいって私が言ったらニコッと笑ってくれた。それ以来師匠は顔を隠すことを止めた。
師匠との出会いから思い出していた私の耳に、師匠が私を呼ぶ声が届く。
「ポリーナ! 試験中に何をボンヤリしているのかな? 全く!」
師匠は魔法に関してはとても怖い。相手を傷つけることもあるし、発動を間違えて自分が傷つくこともあるから、と集中するようにと怒る。
それは私がケガをしないように、という配慮だから、と聞き入れる。
「ごめんなさい、師匠。なんか発動時間も正確さもクリアしたって言われてホッとしちゃった」
「気持ちは分かるけど、まだまだ試験は続くんだよ」
「はーい」
師匠は仕方ないなぁ、という表情を浮かべつつ、そっと私の頭を撫でる。
初めて魔法が発動出来た時にご褒美下さいって言ったら、公爵令嬢に与えられるご褒美なんて、男爵家の僕には無理だよ! と悲鳴を上げたのを思い出す。
この時はまだまだ素っ気ない先生だった師匠が取り乱したのがちょっと可愛い、と思ってしまったのは秘密だ。
だから、じゃあ頭を撫でてくださいってお願いした。
それからは私が出来る度に師匠は私の頭を撫でてくれる。
「師匠、次の試験は初級から中級の攻撃魔法を発動させる、でしたっけ」
「そう。一連の動作が流れるように無駄がないのか、というのも試験の一つだよ」
師匠には、最初から私の能力についてお父様が話した。師匠は半信半疑だったと思うけど、私との会話で納得したらしい。五歳児の会話じゃないって。すみません、変な子で。
「ポリーナ、出来る?」
「はい」
魔力は多い私だし、公爵家邸内でなら記憶力とか言語能力とか発揮出来る私だけど、体力はちょっと無い。一応走ることで体力を付けているつもりだけど、師匠が言うには八歳の平民の子より体力が無いらしい。
元々貴族の一応令嬢だから外遊びも含めて体力作りは何もしていなかったから基礎が無いんだよなぁ。
「ところで師匠」
「なに?」
「本当に公爵家以外では勉強出来ないし記憶力も無い私が、魔獣討伐って出来ると思う?」
「出来るよ。魔法はイメージが主体だし、身体で覚えるものだから知識よりも魔力と体力だからね」
師匠は公爵家の屋敷から外に出ると途端にポンコツの私の不安をいつもこうして言葉にして教えて安心させてくれる。もう何度も交わす会話なのに、師匠は嫌がらずに何度でも付き合ってくれる。
「ありがとう、師匠」
実践に出たことが無い私の不安を師匠は理解してくれるから何度でも言葉にしてくれる。
そして多分。
私が殿下に嫌がられていることを知っているから、同情して嫌がらずに付き合ってくれるのだと、思う。
あれだけ会う度に嫌そうな顔ばかりされていたら、私だって傷つくのだ。それを師匠はきっと気づいてる。でも何も言わずにいてくれる。それが、嬉しい。
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