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モンドのこころ ①




さて、ここで視点は主人公ウルから離れて剣闘士モンドへと移ります。



百年前のモンドの視点へと・・・・



ではでは・・・・







僕の祖国、カレント王国全土を襲った戦火。

この国の紛争によって親を失った僕にとって、僕が今いる孤児院は救いの場なんかではなかった。

ここは、外の世界から隔絶された、ただの牢獄に過ぎなかったんだ。

孤児院の院長の、あの脂ぎった顔。

その院長の機嫌次第で頬に飛んでくる重い黒革のベルト。

あいつの支配下にいる限り、僕の未来はただすりつぶされるひき肉のようにぐちゃぐちゃになってしまう。



「……おい、モンド。今日はここまでにしよう」



その声に、這いつくばっていた僕は足元に目をやった。

そこには僕とおなじように這いつくばっているフーランがいる。

フーランの手に握られた灯火瓶(ともしびん)の消えそうな光が、彼の土まみれの顔をぼんやりと照らしている。

僕たちはみんなが寝静まったあとに『穴』を掘りすすめていた。

この穴は、この地獄のような孤児院から抜け出すための秘密の地下道だ。


僕はふと、自分の両手を見た。

穴を掘り進めていた僕の両手。ついさっきまで生爪がひび割れて、節々から血が滲み出ていたはずの僕の手のひら。

少しばかり休息していたほんの数刻の間に、僕の手にあった無数の小さな傷口はすでに薄い膜を張っていた。

皮膚の内側からかゆみを帯びた少しの熱を感じる。

僕の手はすでに傷を修復し再生を始めている。

ひび割れていたはずの爪も、いまは白く癒着している。

フーランが小さく笑う。



「お前……本当に化け物みたいな回復力だよな。それに体もやけにでっかいし」



フーランが、羨望とすこしばかりの恐怖が入り混じったような目で僕を見つめている。

そう。僕の体は他のみんなとは違っているのだ。

異常ともいえるほどに傷の回復が早いのだ。

どれだけ素手で土を掘り進めても、翌朝には何もしてなかったかのような綺麗な手に戻っている。

この体質のせいで院長にどれだけぶたれても、翌日にはぶたれた証拠が嘘のように消えてしまうのだ。

それは、この孤児院にいる場合は、不幸だった。なにせ、僕だけ他のみんなよりもぶたれる回数が多いのだから。

それでも、こうして僕たちが脱走を企てていることを隠し通す為の武器となっていることを考えると、それなりに、幸運だともいえるのかもしれない。

そうなのだ、物事には二面性がある。いい風にも悪い風にもとれる。だったらいい風に考えればいい。

フーランのささやく声。


「モンド……お前のおかげだ。きっと明日には、この穴は、孤児院の石壁の下をこえる」

「うん、そして、外に……自由に、つながるんだね」



僕は泥まみれのうすいシャツで顔をぬぐった。

傷が治るたび、僕はなんだか自分が自分ではないなにか。別の生き物になっていくような気がしていた。

それでも、僕のこの異常なからだが、僕や仲間の自由を勝ち取る為の役に立つのならば喜んで化け物にでもなってやる、とおもっていた。



「さ、戻ろう、モンド……」

「うん。明日の為に」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




翌日。

脱走をひかえた当日の朝。

僕たちの脱走計画は、予想外の来訪者によって踏みにじられた。


朝食後、同室だった僕たち4人の部屋に院長がやってきた。

僕と同い年のフーラン、一つ下の妹分マリカと、末っ子娘のルピー。

横にならばされた僕たち4人の前に現れたのは、いつもの肥え太った院長だけではなかった。もう一人。場違いなほどの険しい空気をまとった一人の男。


男は騎士のような甲冑を一部にまとい、その腰に使い込まれたような大きな剣をたずさえていた。

男の目は鋭く、まるで獲物を見定めるタカのようだった。

男の視線が他のみんなを素通りして、僕にがっちりと固定される。



「なるほど……こいつか」



男はそう言って僕に近づくと、その節くれだった大きな指で僕の肩や腕を乱暴につかむ。まるで肉付きでも確かめるかのように体の輪郭をなぞる。昨日の夜、泥を掘り進めてボロボロだったのに、今は傷一つない僕の手。その手の平を持ちあげてくるりと裏返した。



「お前は傷の治りが異常に早いと聞いた。それに、この年齢でこの体格……ふうむ、一見、ヒト族に見えるが、過去のどこかで異種族の血がはいっているのかもな……」



男は黙り込む僕を、値踏みするような目でみつめる。



「……モンドといったか。いい働きさえすれば、豪華な食事と身に余るほどの栄誉がまっているぞ」



それを、後ろで見ていた院長が、下卑た笑みを浮かべ揉み手をする。

そのいやらしい笑顔を見た瞬間、僕は確信した。

____僕は、どこかに売られるのだ、と。

男が僕の襟首をつかみ、みんなの列から引きずり出そうとした時、僕は渾身の力をこめて踏みとどまった。

ちらりと目にはいったのは、悔しそうに僕を見るフーラン。絶望に目を見開くマリカ、幼い瞳でこちらを見上げるルピー。

僕が一人で行けば、みんなは一生ここに残るはめになるかもしれない。

交代で穴を掘った長い長い日々さえも、すべて無駄になってしまいかねない。

それに、もしもあの穴の存在がばれたら。ぶたれるのは僕じゃなく、他のみんなだ。



「ま、まって!」



僕の声に、男の眉がピクリと動く。

男の帯びる殺気に圧倒されそうになる。それでも、僕はまっすぐに男の顔に目を向け、その鋭い眼光に立ち向かった。



「僕を買いたいなら、条件がある」

「条件だと? キサマ、自分の立場が分からんようだな」

「それでも言う。僕を連れていくなら、ここにいる全員も連れていって。一人残らず」



途端に院長が顔を真っ赤にした。拳を握り怒鳴り散らそうとしたが、男がそれを手で制した。

男は面白そうに口角を上げる。



「ほぉ、大きく出たな。お前にそれだけの価値があると?」

「僕に何をさせる気なのかは知らない。でも、あなたの言う通りにする。その代わりここにいるみんなに普通の生活を与えてほしい」



男はしばし沈黙したあと、小さくうなずいた。



「……見た目は立派でも、やはり中身はガキだな。まぁ、いいだろう。その言葉に責任を持て。もしキサマが、我らの期待に沿えなければ、こいつらの自由は再び奪われると思え」



僕はその要求をのみ込むように、ぐっと首を傾けた。

その時、後ろで顔を真っ赤に我慢していた院長が、ついに口を開いた。



「ちょ、ちょっと、お待ちください。ベルギウス様! それでは約束が違います!」

「約束? わたしがお前と、どんな約束をしたというのだ?」

「モ、モンドを連れていく為に来たと……」

「その通り、わたしはモンドを連れていく。ただ、残りのガキがモンドの“持ち物”だというのならば、ともに持ち去るのは当然の事。お前はモンドの持ち物ひとつひとつに支払いを要求するのか?」

「そ、そ、そんな……めちゃくちゃな……」



まるで納得した感じじゃなかったけれど、それっきり院長は黙り込んでしまった。

僕はほっとすると同時に、どこか一抹の不安を覚えた。

でも、みんなでここから抜け出すには、これが最後のチャンスだと思ったのだ。

後悔はない。そう思った。

けれど、この選択が、後々僕をさらなる地獄へといざなう事となってしまった。





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