呪具『カンダタの血吸いの剣』
ながい沈黙を切り裂いたのは、アーシャの静かな声。
「ドル・サマル様。モンド様の……最期は……?」
ドル・サマルの眉がピクリとふれた。
「……モンドは当時のサマル家が作り上げた『最高傑作』だった。民衆からの支持を得るためのただの道具に過ぎなかった……モンドの勝利はサマル家の権威の象徴となるハズだった」
「モンド様は、その役割を終えて、剣闘士を引退なさったのではないのですか?」
「残念ながら、そこにも半分嘘が混じっている……」
無敵の剣闘士モンドに対する民衆の熱狂はやがて危うい信仰へと変わりはじめた。
フラウス円形闘技場で流すモンドの血が、モンドの汗が、民衆の心をつかんだ。
そしていつしか、モンドの戦う姿は、サマル家の威光よりも輝き始めた。
剣闘士モンドという人物そのものが、人々の信仰心を集め、まるで神にも等しい存在として崇められ始めたのだ。
路地裏の子供たちまでもがモンドの姿に酔いしれた。
「まるで狂気の沙汰だな……」
俺は吐き捨てるように呟いた。
その言葉を聞いて、ドル・サマルは呆れたように小さく笑った。
「ふっ、そうだな……国中が熱に浮かされていたのだろう。そんな時、その熱をしずめようとするかのように、出所不明の噂がながれた……」
「うわさ?」
「そう……剣闘士モンドがサマル家に対して反乱を企てている、民衆を率いてサマル家を滅ぼしに来る、というまことしやかな噂がな……そして、その話を聞いた当時のわがサマル家の祖先が下した決断は『モンドを引退させる事』だった」
「引退……」
では、亡者となったモンドの右手にへばりついていた、あの腐った木剣は本物の引退の証だったということか。しかし、引退したはずの剣闘士がなぜ船上闘技場などに。
その時、俺の頭に不吉な予感がよぎる。
「まさか……モンドをだましたのか……?」
ドル・サマルは観念したように口元ゆがめた。
「あぁ。我がサマル家の祖先は、民衆にたいしてモンドの引退を宣言しておきながら……その実、目障りになったモンドを二束三文で海賊に売り払ったのだ。ご丁寧に、サマル家の機密文書にはその時の詳細も記録されている。その時の“モンドの値段”までもがな……」
「胸糞の悪くなる話だ……しかし、なんだってサマル家にとって隠すべき忌まわしい機密を……この俺たちに話すんだ?」
ドル・サマルは力なくふっと笑った。
「お前が、呪いの紋章師だと聞いた時、私の胸に妙な確信があった。『ああ、ついにその時がきたのかもしれぬ』と」
ドル・サマルはそう言うと、豪華なマントの胸もとにあるサマル家の紋章___熊の刻印を指でなぞった。そして皮肉げに口角を上げた。
「百年もの間、隠されてきた我がサマル家の罪を……ただす者が現れたのではないか、と思ったのだ」
「けっ、そんな自分勝手な解釈を語られても困るぜ。俺はただ、呪具を探しに来ただけだってぇの。最初にも言ったが、はっきりいって俺はサマル家の歴史なんかにはまったく興味がない」
「……随分とハッキリ言うじゃないか……」
どこか顔をこわばらせるドル・サマルに、すくなからずの気まずさは覚えるが、俺からすればどうでもいい話だ。その時、俺の傍らで声を潜めていたアーシャがすっと顔を上げた。
「ドル・サマル様。モンド様が使っていたという、その『呪いの剣』は、いま、どこに……?」
ドル・サマルの顔いろがさっと変わる。
その目つきに険しさが戻った。
「それを聞いてどうするのだ」
「我が主であるウル様は、モンド様の呪いを解かねばなりませぬ。その為にはモンド様の身を包む呪いについて詳しく知る必要があるのです」
ドル・サマルは冷ややかな目で俺とアーシャを交互に眺める。やがて小さくため息をつくとこういった。
「呪いの剣は……モンドの中にある」
ドル・サマルが絞り出した言葉を耳にした瞬間、俺とアーシャは顔を見合わせた。
アーシャも俺と同じく、言葉の意味が分からず困惑しているようだった。
俺はドル・サマルに視線を戻す。
「……なにかの謎かけか?」
問いを投げた俺に対して、ドル・サマルはゆっくりと口を開く。
「いいや。言葉通りだ。フラウス円形闘技場の前に、モンドを称えた石像があるだろう」
「ああ、確かに……目立つ場所に仰々しく立っているな」
「モンドの体と魂を食い尽くした呪いの剣は、皮肉なことに、今はモンドの石像の中にある。我がサマル家の祖先は、毎日民衆たちが見上げるモンドの石像の中に……忌まわしき呪いの剣____『カンダタの血吸いの剣』を隠したのだ」




