転8 〈邪神〉だけど、自身の変化に気づく。
……おや!? あゆらの ようすが……!
公園をあとにして、名残を惜しみつつ、ヒメカとは駅で別れた。
いやホント、ものっ……スゴっく、名残を惜しんだよ?
こんなに名残惜しんだの、ヒメカと〈約束〉した日以来だよ?
なんだったら、私の家にヒメカを夕飯に誘って、もっと深い仲(意味深)に
なりたかったくらいなんだから。
───ヒメカは、明日からの土・日、家の用事で、私とは会えないとのこと。
それがまた、本日のお別れを、いっそう名残惜しませた理由であった。
また月曜には会えるからいいじゃん、とか、そういう問題じゃないんである。
も~う、一分一秒でも、ヒメカと離れたくない気持ちになってるのに……!
現実は非情だ。
その代わり、来週の土・日は丸々二日、一緒にいようね、と、
ヒメカは言ってくれた。
えっ、“土・日は丸々二日、一緒に”、ってどういうこと!?
そういうこと!?
……なんてね、オッケー落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない─────。
もし、仮にそういうことだとしても、口に出しちゃダメ。
ムードは大事、あゆら、覚えた。
ムード、ムード、恋人とのムード………。
ヒメカとキスしたことを思い出すだけで、頬が緩む。
ニマニマしちゃうね。
するでしょ? ヤダ! 私ったら、ひとりでバカップルみたい!
ふひっ!
などと気持ち悪いことを、ひとしきり考えてしまう私だ。
───それらと並行して、真面目なことも、考える。
ヒメカが魔法を使ったことと、ヒメカの“家の用事”。
そのへんのことに目を瞑って、これから、一緒に過ごしていくわけには
いかないだろう。
だって私、ヒメカと、結婚するんだし?
超常的な秘密だろうがなんだろうが、そういうのはナシの方向にしたい。
……でもそれだと、私が〈邪神〉の転生体だ、ってことも、ヒメカにちゃんと
話さなきゃいけなくなるんだよね─────。
そう考えると、胸の奥で、もやりとした不安が生まれてしまう。
ヒメカから、私の正体のことで拒絶されたら、どうしよう…………?
そんなの、想像しただけで、泣けてきちゃうんだけど。
……まあ、実際そうなったら、腹いせに人類滅ぼしちゃうか。
〈ヒメカが生きてる限り、この地球と人類は、滅ぼすまい〉
ついさっき、そんな行動指針を定めちゃった私だったけれど、
それはそれ、これはこれだよねー。
私の正体のことを、ヒメカに告げるのは、状況を見ながら、折を見て、
ということにしておこう。
まだしばらくは、イチャイチャしたい、超したい。
それはそれとして、ヒメカが魔法を使えることについて。
ヒメカが、〈魔女の都〉、チェコのプラハに長く生活していたことを
考えると、導き出される答はひとつ………。
〈魔女〉、なんだろうな、ヒメカは。
〈魔女〉────人の形をしながら、人間ではない、魔法に根ざした種族。
ファンタジーRPG的概念で言えば、〈エルフ〉みたいな感じか。
そっかあ……“座敷童”じゃなかったかあ───────。
幼き日の、明後日な推理を思い出して、苦笑してしまう私だ。
なんにせよ、関係ないね!
私の中で、ヒメカが天使様で、私のお嫁さんなのは、不変の真実なんだから!
イェイ!
真面目に考えたり、浮かれたハイテンションだったりの、
マルチタスクな精神状態。
そんな調子で、いつの間にやら、我が家に帰宅していた。
「ただいまー」
ルンルン気分でリビングに向かうと、そのソファには、お煎餅なぞかじりながら
くつろぐ、少女の姿があった。
黒髪ツインテで、私より若干背が高く、胸とお尻も、私よりひと回り大きい。
目のクリッとした、アイドル顔。
正直言って、私より、素で可愛い……!(ちょっと嫉妬)
この娘が私の大事な妹、まゆちゃんこと、潮まゆらであった。
「おかえり、お姉ちゃん、ん……んーっ!?」
私の姿を認めたまゆちゃんが、ソファから立ち上がるや、
ヒュバァッ!と、私に詰め寄ってきた。
「え、ど、どうしたの、まゆちゃん」
「お姉ちゃん───エステかなんか、行ってきた?」
「へ……」
なにやら、既視感のある質問であった。
私は鞄をそこらに降ろしながら、まゆちゃんの質問に、軽く首を
横に振ってみせる。
「いや、行ってないけど……」
「ウソ。本当? なんか肌ツヤとか、髪とか、朝と違う気がするし……
良い匂いもするような──────」
まゆちゃんは、私の顔をまじまじと見つめながら、スンスンと鼻を
利かせてくる。
……やっべ、ヒメカの香りが、私の体に移っちゃってるかも?
いや、別段、なにもヤバいことなんてないんだけど。
「うーん。やっぱり───お姉ちゃん、いつも美人だけど、今は普段の
五割り増しくらい、美人になってる気がする」
いつも美人て……。(苦笑)
まゆちゃんは、なにかにつけ、私を姉として立ててくれる、良い娘である。
それにしても今日は、褒めの圧が強い。
ひょっとして、アレだろうか。
ヒメカとキスしたことにより、女性ホルモンがドクドクと分泌されて、
私のお肌が、ツヤツヤになってるとか?
「お姉ちゃん、なんかあった? あっ!? ま、まさか、男に告白されたとか!?」
「い、いや、そんなことないよ。ありえない」
嘘は言ってないですしおすし。
美少女であるヒメカには、『大好き』って言われたけど。
私の返答に、まゆちゃんは、胸を撫で下ろす。
「そっかー、良かった~……。お姉ちゃんに変な虫がついたら、
ノー・タイムで殺しちゃうところだったよ。その虫を」
いや、言い方! 怖いよ! マイシスター!?
「も、もー、まゆちゃんったら、怖い冗談やめて?」
「冗談じゃないよ……? お姉ちゃんには、まゆがついてるからね。
妙な男とかは、近寄らせないんだから」
そう笑って、まゆちゃんは、私に抱きついてきた。
ははは、まったくまゆちゃんは、いつまで経っても、姉離れができないんだなあ。
まゆちゃんは、私の二歳下の、中学二年生。
陰キャのオタク女子である私とは違い、活発な性格をしていて、運動好きだ。
学校では、卓球部に所属しており、交友関係も広いっぽい。
けれど、学校休みの日の半分くらい、私と一緒にいるような……?
それが、ぼっち属性の引きこもり気味な姉に気を遣って、
遊びに出て歩かないのだとしたら、大変心苦しい。
でも、こうして私を慕ってくれるのは、素直に嬉しいので、
ついつい甘えてしまう私だ。
もう私には結婚相手がいるけれど、まゆちゃんはこの先変わらず、
大切な妹なのだし。
しみじみとそう思い、まゆちゃんを抱きしめ返しながら、
私はポツリと口を開いた。
「まゆちゃん、また背がのびた? これ以上、お姉ちゃんを追い越さないでね……?」
「ごめんね、お姉ちゃん。体の成長だけは、まゆの意志じゃ止められない
から───。もしお姉ちゃんの気に障るんだったら、背骨を
二・三個引っこ抜くから、いつでも言ってね」
またもう、この娘は! 冗談が時々怖いんだよね~。
私が苦笑していると、まゆちゃんは、私の耳元で囁いてくる。
「─────でもお姉ちゃん、おっぱいは、大きいほうが好きでしょ?
お風呂で洗いっこする時、嬉しそうに揉んでくるし」
「………はい。大好きです。ごめんなさい」
素直に白状&謝罪。
合法的に、妹のおっぱいを揉み、ほとばしる熱いパトスにて、思い出を
裏切っているのは、私です。
正直スマンかった。
「いいんだよー……? まゆは、お姉ちゃんのこと、大好きだから。
いっぱいおっぱい揉んでいいから、まゆの背が高くなりすぎても、まゆのこと、
嫌いにならないでね?」
「嫌いになんかならないよ。ありがと。私もまゆちゃんのこと、大好きだよー」
本当に、かわいいことを言ってくれる妹さんだなあ、まゆちゃんは。
嬉しくなった私は、まゆちゃんを抱きしめながら、よしよし、と、
その頭を撫でてあげるのだった。
えへへー、と、まゆちゃんは照れたように笑って、喜んでくれたモヨウ。
しかし、その喜びモードの雰囲気が、突然、スン───と消失したような
気がした。
「……ねえ、お姉ちゃん。帰ってくる時、誰かと一緒にいた?」
まゆちゃんが、不意に、そんな質問をしてくる。
「え。あ、うん、友達と一緒に帰ってきたけど……」
抑揚がないというか、感情が消えたような、まゆちゃんの声音に、
ちょっと戸惑いつつ、そう応えた。
ふうん───と、まゆちゃんは短く言って、私から体を離す。
「やっぱりお姉ちゃんから、お姉ちゃんのいつもの良い匂いとは違う、
別の匂いがするんだよね。この匂いは、そのお友達の匂いなのかなあ……?
ひょっとしてそのひと、まゆみたいに、お姉ちゃんに抱きついたりした────?」
あれれ? そう訊いてくるまゆちゃんの目から、感情が
消えてるような……?
「そ、そうだね、ふざけ合って、体を密着させたり、した、かな?」
さすがに、抱きしめ合ってキスしまくった、とは言えないから、
そんなお茶を濁す言い方をする。
「そのひと、まゆの知ってるひと? ゲーム仲間の、知代さんじゃ
ないよね?」
「えっと、そうだね、まゆちゃんは、会ったことないね。今年、初めてクラスが
一緒になった子だから」
「そう……そのうち、紹介してね? どんなひとか、まゆがちゃんと
確かめておかないと」
んん? ちゃんと確かめる? なにを?
「う、うん、家に遊びに来ることもあると思うから、その時にね」
「ふふ。どんなひとだろう。たのしみだなあ──────」
まゆちゃんは、そう笑ったあと、リビングを出ていく。
それから、二階の、自分の部屋へ向かったようだった。
……? なんか、今のまゆちゃんの声、うわのそらの言い方というか、
棒読みっぽく聞こえたな。
気のせいかしら。
まゆちゃんとの会話が終わり、気づくと、何故だか無性に喉に渇きを覚えた。
牛乳でも飲んで喉を潤そうかと、とりあえずキッチンに向う。
そこには、絶賛調理中の、女性の姿があった。
春っぽい、うっすら桜色の上着に、動きやすそうなズボンスタイル。
髪は肩口くらいまでの長さで、後ろで束ねている。
その後ろ姿は、服の上からでも女性特有の丸みがわかる、輪郭のメリハリが
浮き出ていた。
言葉を選ばずに言うと、エロい。
エロいナイス・ボディの持ち主が、こちらを振り返ってきた。
JKとJC、二児の母親とは思えぬ若々しさを持つ、美人。
これが我が母、潮なゆらであった。
………おかしいよなあ~、この美人遺伝子、私になくない?
お母さんのDNA全部、まゆちゃんに受け継がれちゃったんじゃないかと、
疑いたくなるんですけども。
してみると、私には、お父さんの遺伝子が多く受け継がれてることになるのか。
お父さん、あんまり背、高くないしな……ガッデム。
私がひとり遺伝子の摂理に憤っていると、お母さんは私の顔を、
じっと見つめてきた。
「おかえりなさい……あゆ、あなた、美容室にでも行ってきたの?」
「えっ」
──────またまた、似たような質問であった。
ヒメカから数えて三度目。
こうなると、ニブい私でも、我が身に何事か変化が起こったに違いない、
と結論を得る。
……まあ、十中八九、〈邪神〉覚醒したことに起因する何かだろうけど。
私は、そらっとぼけて、お母さんに答えるしかないのだった。
「いや、別に、どこも行ってないけど?」
「うーん? そう? 私の娘、こんなに美人だったかしら、って思っちゃった。
なんか、髪とかお肌とか、きらきらして見えたのよ」
「……やだなもー、お母さんの娘だもん、いついかなる時も、
美人に決まってるじゃん」
「それもそうよね」
あっはっは、と互いに漫才のごとく笑い合ったあと、今夜の夕食のことなど
たずねて、キッチンをあとにする。
そそそ、と、洗面所に向かい、鏡で自分の姿をチェック。
………………………………………………………誰です!?!?!?!?!?!?
え!? え!? え!? え!? え!?
こんな美少女だっけ、私!?!?!?
い、いや、別にナルシスト入ってるわけじゃなく、本当に驚きなんである。
鏡に映っているのが自分の顔だ、っていう認識はできるし、
記憶に間違いはない。
けれど、自分の顔とは思えない、矛盾した気持ち。
自画自賛の、自意識過剰バカ女じみた思いだけど────うん、
この顔は、自信を持って、可愛い、と言えると思う。
それくらい、いつも鏡で見ている我が顔とは、歴然と違って見えた。
適当にのばしッパにしている黒髪も、毎日手入れが行き届いているような、
艶光りをしている。
枝毛とか、まるでなさそうだった。
まゆちゃんやお母さんに指摘されたように、顔肌の艶、血行とかも、
普段より良さそうに見える。
この容姿なら、ヒメカの隣にいても、文句は言われないんじゃなかろうか。
しかし、『恋は女を変える』っていうのは、よく聞くフレーズだけれど。
いくら私が、ヒメカ好き好き大好き☆ゾッコンLOVEだからって、
限度があるだろう。
この劇的ビフォア・アフターは、100%、〈邪神〉覚醒したせいだ。
一刻も早く、自分の体に何が起こっているのか、解答を得なければ。
そのため手段は、〈邪神〉としての知識により、もうわかっている。
………くっそう、ちぐはぐだなあ──────。
どうせなら、この変化もなにもかも、〈邪神〉覚醒した時点で、
一から十まで、完璧に把握できるようになってればいいのに。
〈邪神〉クトゥルフ本体は、いったい、なにを考えているのやら。
なんにしても、今、この場で悩んでも仕方ない。
確実に、今夜、答は得られるのだから。
私は、焦れた気持ちになりながらもそう思い、
夜になるのを待つのだった──────────。
「アヒルの子だと思ってたら、鳳凰になってた件について……!」
秋せ●らほどじゃないけど、あゆらちゃんは、実は絶世の美少女だったのです……!




