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逆さの吸血鬼〜運命は巡り、彼は愛を知る〜  作者: Hours
第3章 生まれ持って人とは違うもの

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15.不可能と可能


 フィオは驚いていた。あれほど捜索させても見つからなかったルークが、教会内部ーーそれも一部のものにしか近寄ることのできない通路で見つかったのだから。

 さらには何者かに追われているという。


 ルークは自分の正体に気づいていないようだった。それどころか、少しの期間会っていなかっただけなのに、まるで別人のように、イキイキとしていた(逃げ回ってただけ)。


 フローラ(女)として過ごしている自分。

 もしかしたら、フィオだと気づいてくれるかもしれない。でも、この場でその名を名乗ることはできない。

 フローラと名乗ることもできた。でも、もうすぐいなくなるフローラの名をルークに覚えて欲しいとは思わなかった。君には、フィオとして覚えていて欲しい。

 だから、つい、フィオーレと名乗ってしまっていた。


 ーーフィオーレ。それは女神の名前。


 創世の神たる完全者から分たれた、不完全なる神。

 土から生まれた只人たる我々に、神の子孫をお与えくださった慈悲なる女神。フローラの別名にして、フィオの名の元になった方。そして、遠き祖先でもあった。


「ここなら誰もこないはずです。安心して」


 フィオは、自分のために設けられた離宮にルークを招き入れた。魔物であるルークがどうしてここに入ってこれたのかわからないが、追手に追われているというのならここが最適だった。

 『ドゥ・トゥール』双塔の一つ、女神の塔。ここには教会の中でも、限られたものしか立ち入ることができない。いわゆる生贄(はなよめ)のための塔だった。

 神聖な力で守られており、害意のある存在は入り込めない。

 そして、ここにはイグナシオがいた。彼はその強靭な肉体と精神によって、重傷を負った今でも、かろうじて生きながらえていた。父に頼んで、延命治療を行い、衰弱していくシオの命を拾う。

 蝋燭の火のように、揺れて、ふとした瞬間に消えてしまいそうなイグナシオに、ここ数日は眠れないほどだった。


「ルーク。あなたは、人の傷を癒す方法を知っていますか?」


 ルークは目を瞬いた。言われるがままについて来て、突然の発言に驚いていた。彼は、いまだに人を疑うことを知らないようだった。


「どうしたの?」


 不思議そうな顔で、癒す? と呟いている。


「誰か、怪我してるの?」

「ええ……」


 あなたも知っている、私の大事な、イグナシオが。


「助けて欲しいんです、あの人を」



 フィオは無言で、ルークをイグナシオの元に案内した。ルークはびっくりした顔で、横たわったシオを見つめ、おそるおそると言った様子で、包帯が全身に巻かれたシオをつつこうとし始めた。

 それを苦笑しながら止めて、彼を助けたいのと繰り返した。


「この人を治したいの?」

「ええ、私の命を使ってもいいです。彼が生き返ってくれるなら、なんでもします」


 どうせ、仕方なく神に捧げる命だ。イグナシオが回復してくれるなら、悪魔にだって、身を捧げよう。


「ふーん……」


 ルークは、ジロジロとシオの体を見つめる。赤い瞳がきらりと光る、ひかる。


「これは、僕は治せないよ。完全な外傷だから。僕の領域はそちらには入っていけないようになってる」

「……っ、どうしても無理ですか」


 そんな……、そんなわけが。誰が出来なくとも、ルークなら、ルークなら治せると信じていたのに。


 ――シオがルークにどんな力があるか試してみようと3人で、彼らの力を確認したあの日。


 彼は光以外の全ての力を使用した。使用できた。というべきだろうか。

 シオはルークにできることを見せるように言った。私は半信半疑になりながら、彼がすることを見ていた。

 彼は先ず、土を作った。何もないところから、土が生まれたことに驚いた。そして、そこに水を撒いた(これも何もないところからだ)。

 すると、植物の芽が伸びてきた。彼は植物の芽が伸びてきたことを不思議そうにしながら、風を起こした。風を起こすと、芽が伸びる。芽はやがて成長して、大きくなっていく。

 私たちはその勢いに驚いて、火をつけるようにルークにお願いした。あまりの成長スピードに大きくなりすぎる気がしたからだ。ルークが火を使えば、育った植物は燃えた。燃えて灰になった。

 ルークは植物が燃えてしまったのがわからなかったらしく、灰になったその場所をしばらく触っていた。『どこにいってしまったんだろう』と呟いたルークの言葉が耳に残っている。

 私がその植物は燃えて、無くなってしまったのだというと、無くなるということが理解できなかったようだった。


 試してみても光の魔法は使うことはできなかったが、私とシオは興味本位で闇属性の力を使ってみるようにお願いした。私たちは魔物は知っていても、彼らがどのような魔法を使用するかは理解できていなかった。

 ルークは嫌がっているようだったが、能力を知らなければお前の危険性が分からないとシオが無理矢理誘導した。


 ――ルークがその力を使ったとき、空気が揺れるような感覚がした。

 次に、シオに身体が引っ張られて、その場から離された。後からどうしてそんな行動をしたのかと聞くと、本能的に逃げなければいけないと思ったとシオは言っていた。

 ルークが立っていた周辺から、どんどん植物が枯れていった。彼が一体どんな魔法を使おうとしたのかは知らないけれど、ルークはそれを意図してやったわけではないようで、混乱していた。慌てて、ルークに力を使うことをやめるようにいった。……彼は少し落ち込んでいるようだった。

 枯れた植物はどうやったのか、元通りになっており、いつのまにか彼は姿を消していた。


 

 ありとあらゆる力を持ち、植物を元通りに直した彼ならシオの身体を元通りにすることもできると思っていた。

 当たり前のように、彼なら解決策を提案してくれると思っていた。


 ーーどうして。どうしたら。


 胸にもやもやと言葉にできない、苦しみが募っていく。


「傷を治すには、傷を負った異常な部位を排除して、正常な部位と入れ替える必要がある。それが回復であれ、最組成であれ、時間と生物に対する干渉権がなければ、これほどの傷を治すことはできない。僕にできるのは排除くらいだね。

 しかし、僕が彼の重症部位を完全に排除してしまったら、彼は体の多くを失ってしまい、そのまま死んでしまうはずだよ。彼が持っている自己治癒力にも程度があるからね。彼の怪我は全身に広がっているみたいだし……」


 包帯を取ってもいい? と、ルークが言うので、比較的に軽度な部分ならばと、包帯を解いた。

 あるのは焼け爛れた肌に、膿。黄色い汁のようなものが包帯についている。患部には蜂蜜と薬草を混ぜ込み、小麦粉で練ったものを貼り付けてある。

 泉の美しく冷たい水で、冷やして清めたあと、毎日取り替えているのだが、どうしても汚れてしまう。


「うーん、これはちょっと良くないものが入ってるかもな。それだけは取っとくね……」


 包帯をするりとなぞると、膿が消え去っていく。表面の汚れやかぶれも消えていった。

 

「火傷、だよね、これは。歪んだ形で皮膚が固まってるし、治すには相当力が必要だよ。流れを司るウンディーネの族長とか、固定化に詳しいグノーム、火に関連するサラマンダーあたりなら対処法を知ってるかもね」

「精霊……なんて、存在するの。物語だけの存在じゃないの」

「精霊は世界を調節するために、必要な仕組みの一つだからね。実在するはず。でも、どこにいるかはわからないか」

「なら、どうすれば」

「そうだなぁ……」


 すらすらと話すルークに違和感を感じながらも、解決策があるなら、なんでもすると答える。


「権利を行使すれば、簡単なんだけど、僕は無理なんだよね……」

「権利を行使?」

「そう、構築領域へのアクセス権。真反対の僕がそっちに侵入しちゃうとシステム自体が壊れちゃう。

 ……なんて言えばいいかなぁ、僕が『植物を枯らす能力』を持ってるとして、干渉できるのは水分とか、栄養とかを奪う、「枯らす」に関する能力だけなんだよね。それなのに、それを『植物を育てる能力』に使おうと真逆の領域に侵入しちゃったら、領域を壊す一因になっちゃう。真反対の可能性に手を出すってことだし。……出来ないこともないけど、そんなことしたら、それ一体の構築領域は壊れるから」

「権利を持っている人に頼めばいいの? それは、どんな人なの」

「魔法が使える人ってことだね。それも再生に長けた魔法を持っているひとがいいかな」

「魔法……」


 再生なら、神の力を受け継いだものたちがいる。神官のなかに。シアもその再生能力の強さで、長く生き延びている。

 教会の権力者たちに頼めば、あるいは……。しかし、そんな話を出せば私が何かをしようとしていることがバレてしまう。そもそも、ルークに会わせていいの? 


「再生の力を持っている教会の人間は知っているけど、こんな傷を治せるものなんていないわ……」

「そうだろうね。この場合、再構築というべきレベルになるから、よほどの力があるか、人体の構造を理解してなきゃ無理だよ。

 ……そうだなぁ、どうしようかな」


 どこまでできるかな。ボソっと呟いた。


「ねえ、君は教会の人なんだよね」

「そう、だけど」


 ルークはこちらをじっと見つめていった。


「ーーうん、君がいい」


 君ならできるかもしれない。ルークはそう言った。



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