第6話
ヴォルフスブルク城の鐘が、抜けるような青空に向かって高らかに鳴り響いていた。
かつては「一年中吹雪に閉ざされた死の大地」と呼ばれた北の辺境領は、今や見渡す限りの花々と豊かな緑に包まれていた。
冬を越え、私が毎日ウキウキで歌い続けた結果、領地はガレリア帝国どころか大陸一の穀倉地帯にして「春の楽園」へと大進化を遂げていたのである。
そして今日。
領民たちが総出でお祭り騒ぎに沸き返る中、私は城の最も豪奢な礼拝堂の前に立っていた。
「お嬢様……っ、本当に、本当に美しゅうございます……っ!」
「アンナ、泣かないで。あなたが泣いたら私の涙腺まで決壊しちゃうわ」
純白のシルクに、最高級のレースとダイヤモンドをこれでもかとあしらったウェディングドレス。
侍女のアンナが感涙にむせぶ中、礼拝堂の重厚な扉がゆっくりと開かれた。
祭壇の前に立っているのは、白を基調とした軍服風の礼装に身を包んだ、私の最推し――レオンハルト様だ。
ステンドグラスから差し込む光を浴びたその姿は、銀糸の髪が神々しく輝き、ただでさえ規格外の顔面偏差値がカンストを突破している。
(ギャアアアアアッ!! 無理!! 白軍服の推しとか致死量!! 尊すぎて目が潰れる!! 今日が私の命日かもしれない!!)
脳内では絶叫しながらも、私は「清楚で完璧な公爵令嬢」の歩みで、静かにバージンロードを進んだ。
私の姿を見た瞬間、あの常に冷静沈着な氷の公爵が、ハッと息を呑んで目を奪われているのがわかる。
やがて彼の手を取ると、その大きな手のひらが、少しだけ震えていた。
「エレナ。……君があまりにも美しすぎて、今すぐ君を抱き抱えて、誰の目にも触れない場所へ隠してしまいたい衝動と戦っている」
「まぁ。閣下は時折、ひどく情熱的なことをおっしゃいますね」
微笑み返すと、レオンハルト様は「君がそうさせるのだ」と苦笑し、神父の前で永遠の愛を誓った。
誓いの口づけが交わされた瞬間、礼拝堂の外にまで溢れかえっていた騎士たちや領民たちから、鼓膜が破れんばかりの大歓声が湧き上がった。
「公爵様万歳!!」
「我らが豊穣の女神に祝福を!!」
空には祝福の魔法の花火が打ち上がり、大地からはそれに呼応するように色鮮やかな花びらが舞い散る。
ちなみに、私を追放した祖国はその後どうなったか。
瘴気の氾濫と魔獣の襲撃により国はわずか数ヶ月で崩壊し、国王は周辺国に泣きついて国を解体。「国」としての歴史にひっそりと幕を下ろした。
かつての婚約者と男爵令嬢は、瓦礫となった王都の地下で今も永遠の労働を続けているという噂だが、今の私には一ミリも関係のない話である。
――夜。
盛大な披露宴を終え、二人きりになった寝室のバルコニーで、私はレオンハルト様と並んで星空を見上げていた。
「疲れていないか、エレナ」
「いいえ。とっても幸せですわ」
背後からそっと抱きすくめられ、大きなマントで包み込まれる。
彼の体温と、雪と微かな香水の匂いに包まれて、私はたまらなくなり、ずっと隠していた秘密を打ち明けることにした。
「……レオンハルト様。わたくし、今日まで黙っていたことがありますの」
「なんだ? 君の願いなら、星でも降らせてみせるが」
「そうではなくて。……実はわたくし、国を追放されてからここに来たわけではないのです」
レオンハルト様が、わずかに不思議そうに首を傾げた。
「ずっと、ずっと前から、あなたに憧れていました。外交の場で一度だけお見かけしたあの日から、わたくしの心は、レオンハルト様に奪われたままだったのです」
私がポツリと告白すると、レオンハルト様はピタリと動きを止めた。
「……それは。私が、君にひとめぼれをしたよりも、ずっと前からということか?」
「はい。国を追放された時、悲しむどころか『これでようやく大好きな方のもとへ行ける!』と、心の底から大喜びで馬車に飛び乗ったくらいですから」
私の言葉の真意を理解したレオンハルト様の耳までが、カッと赤く染まるのがわかった。
「……君という人は。本当に……」
ギュウッ、と、背中から抱きしめる力が強くなる。
肩口に顔を埋めた氷の公爵は、深く甘い吐息を漏らしながら、私の耳元で囁いた。
「これでは、どうやっても君には敵わないな。……愛している、エレナ。君が私を想っていた年月の、何千倍も、何万倍も、これからの人生すべてをかけて君を愛し抜こう」
「ふふっ。望むところですわ、旦那様」
振り向いて背伸びをし、私からその薄い唇にキスを落とす。
「無能の歌姫」と蔑まれ、すべてを奪われた公爵令嬢は、世界で一番大好きな推しの腕の中で、世界で一番幸せな花嫁となった。
【完】




