97 とある日の滞在記録~アラトマ編①~
9日目の朝、私は今日の予定をリーナに伝えた。
「いつ戻って来れるか分からないけれど、長引くようならまた連絡するわね。その間、お屋敷の事やお父さまの事、それから島の事を頼むわ」
「お任せください。それと……」
リーナは私の耳元でこそっと呟いた。
「今朝、ギルツァ様の採血が無事終わりました。ユラ殿下にお渡し済みです」
「ありがとう、リーナ。これでまた解毒剤の完成に一歩近付けたわ」
そんな嬉しい報告を受けた後、私は港へと向かった。
今日の予定は、アラトマと一緒にドラゴンの棲む島、エンシェン島へ行ってエリューを探す事だ。
エリューを見つけ出して、3年後に起こる未来の話をしようと考えている。そのためにはドラゴンと心を通わせる事の出来るアラトマの存在が欠かせない。
前々回は1年かかってもドラゴンを見つけられなかった私が、たった数日そこらで見つけられるなど思ってもいないけれど、やれる事は全部やりたかった。後悔しないために。
港に付くとアンドーラ国の船を探して近付いた。
「アラトマはいるかしら?」
船に向かって声をかける。すると、あやしい影が動いた。殺気を隠す事なく一直線に向かって来る。
――――2人。アラトマが言っていた反射的に殺してしまう付き人かしら?
瞬時に出した風の剣で、付き人の武器を薙ぎ払う。間髪入れずに風を纏わせた手刀で、軽く首の後ろを押した。気絶したのか2人の付き人は地面に倒れた。
「やるじゃん」
船の甲板からその様子を見下ろしていたアラトマが、嬉しそうに笑っている。倒れている付き人を気にする事なく、こちらへ向かってきた。
声をかけた時は姿が見えなかったわ。付き人を仕掛けて盗み見していたのかしら?
これを機会に仲良くなれると良いけれど、不安しかないわね。
私の行動を試すような事をするアラトマを見据える。
アラトマとの距離はまだ離れていたけれど、瞬きをした後にはもう目の前にいた。
「ようこそ。俺の船、アガパンサス号へ」
そう言われて腕を掴まれる。
「ちょっと――――」と言いかけた時にはもう私は船の上にいた。反射的に手に持っていたかばんを甲板に落とすと、ドンッという鈍い音がした。
「アラトマ、瞬間移動する時は教えて欲しいわ。急に景色が変わると吃驚するから」
「うーん、そうは見えなかったけど?」
私の腕を掴んでいたアラトマの手が、今度は手のひらを握ってきた。
「楽しみだねぇ。今日からリコリスと2人きりで連泊旅行かぁ」
――――ん?
エンシェン島では2人で探索するだろうし、連泊する可能性が高いのは確かだわ。ドラゴンは見つけにくい所にその巨体を上手く隠しているから、時間がかかるのは当たり前。でも、全てはエリューのためにそうするのであって、遊びじゃない。どこをどう間違えたら、2人きりで連泊旅行になるのよ。もう都合が良いんだから……。
「それに、船の中には船長もいるし船員もいるから、2人きりじゃないのよ」
「そんなのノーカンだよ。なんなら全船員海に捨ててく?」
「絶対駄目よ」
アラトマはこわい冗談をさらりと言って笑っている。どこか鋭い凶器のような目は、綺麗な海とは正反対に濁っていた。今付けている仮面がそんな言葉を言わせているのなら、それはそれで心配になる。
そんな話をしている内に船は汽笛を鳴らしゆっくりと北上した。
「あの……手をそろそろ離してくれる?」
「どうして? 理由は?」
まるで意識しているのは私だけだと言っているような目で、そう言われてしまった。手を離して欲しい理由をすぐに思い付けなくて、時間だけが過ぎていった。その理由を思い付いた頃には、目的の島がもう目前にあった。
――――あ、私ったらアラトマがぐうの音も出ないくらいに納得のいく理由を真面目に、馬鹿正直に考えちゃったじゃない。アラトマの策うっかりハマったわ。
その事に気付いてアラトマの方を見ると、いつになく爽やかに笑っていた。
汗ばんでしまった手には、まだ繋がれている感覚が残っている。
そう言えば、アラトマと手を繋ぐのは初めてだったかしら。
解放された手を見つめながら、そんな事を思った。
「リコリス、あれを見て」
「え、何?」
視点を自分の手から言われた方角へと向ける。
エンシェン島が見えた。その島に寄り添うように停泊している別の船とその旗も。
「私、あの旗の国章を知っているわ」
視界にちらつくだけで、鳥肌が立つ。
「……全船員に、情報共有。船を後退させて、前方にいる船に気付かれずに速やかに島の反対側へ回れ。あれに気付かれると死ぬよ」
アラトマが近くにいた船員にすぐに指示を出した。速やかに指示が伝わったのか、船は後退しその身を隠した。
掲げられた旗には、黒星のような花の絵が描いてある。風に靡いてそれ以外は良く見えなかったけれど、不吉な黒星のような花は良く見えた。そんな不吉な国章を持つ国は、一つしかない。
「始まりの国が使っていた国章に似てるね。そっか、敵も来ているんだね。せっかく2人きりだと思ったのに、ざーんねん★」
そんな事を言うアラトマの目は、爛々と輝いているように見える。全然残念そうな目じゃない。
出来るだけ船を近付けてもらうと、私は必要な物を持って飛び降りた。アラトマは最後までアンドーラ国の民である船員達に指示を出していた。遅れて下船する。
「敵もドラゴンを探しに来たのかしら?」
「そうだろうね。で、リコリスはどうするの? 遭遇したらバッサリ殺っちゃうよねぇ?」
「……近付いて様子を見るわ」
アラトマは何か言いたそうな目をしていたけれど、何も言わなかった。私たちは並んで島の中へ入った。
エンシェン島に群生する多種多様な植物は、ほとんどその生態が知られていない。ドラゴンを恐れて誰も入りたがらないせいだった。ただドラゴンが怖いだけではない。ドラゴンを神と同列だと位置付けた人間が悪法を作り、他国に押し付けたのが事の始まり。それ以来、ほとんどの人がこの島の未知なる領分に足を踏み入れようとはしなかった。
植物の生態は知られていないが、エンシェン島にある多くの植物は警告色を持っている。触るだけで毒が回り命を落とす植物が沢山ある。私は前々回、過酷な授業の一環で、この島に1年間滞在した事があり、その時に遭難して死にかけた。空腹のあまり警告色のない無難そうな植物を食べたけれど、それでも死にそうになった。
ここはそういう場所なんだという事が、今の私ならやっと理解出来る。
「危ないよ」
――――え?
アラトマが腕で押さえ付けていなければ、私の手は警告色を持つ植物に触れていた。その代わり、アラトマの腕が毒に触れている。
気を付けていたはずなのに……。とんだ失態だわ。
「あは、これはヤバイ」
恍惚な表情にも似た顔でアラトマは言ったけれど、表情とは違い身体は苦しそうだった。
「私を庇うなんて……馬鹿よ。腕を見せて」
「……この植物に触らない方がいい。簡単にイッちゃうから」
アラトマは風で周りの植物を蹴散らすと、私たちの周りは見事に何もなくなった。
「毒には耐性があったんだけど、この毒は厄介だね。でも、リコリスが毒に触らなくて……良かった」
ふらつくアラトマの身体を横に寝かせて患部を確認にする。アラトマの腕は青紫色に腫れていた。




