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98 とある日の滞在記録~アラトマ編②~

のんびり改稿中です。更新出来ない日もあります。ご容赦ください。

急いでかばんの中から救急道具を出した。


患部を中瓶に入っていた水で洗い、熱を持っている所を冷やす。それから毒の広がりを抑えるために、布切れで腕を縛った。


口で吸い出すのは危ない気がするわ。どうしたら……。


「私に治癒の魔法が使えたら良かったのに……」


「そう……? 向き不向きが……ある人間の方が……面白いじゃん。何でも……出来る奴より」


弱音を吐いてしまったのに、アラトマは嫌な顔をせずそう言った。治癒の魔法が使えた方が絶対に役に立つ。今のこの状況だって治癒の魔法が使えたら救える命があるというのに、アラトマはこんな時でさえ命に執着していないように感じた。顔も青白く今にも息が止まりそうで、話すのも苦しそうなのに。


「アラトマがそんな事を言うなんて、思ってもみなかったわ。優しいのね。……死んじゃ駄目よ」


アラトマの意識は低下していた。私の言葉も聞こえていないだろう。

失敗は許されないけれど、やるしかないわ――――。


毒のようなアウラではなく、光り輝くような以前のアウラを思い出す。

指先に纏わせたアウラの爪でもう片方の指先を傷付けると、鮮血がポタポタと落ちた。


その血をアウラで包んで、患部からアラトマの身体の中へと運ぶ。毒を制した後は、アウラに包まれた私の血を外へ排出する。その一連の流れを頭に思い浮かべて、私は血を以て毒を制する事にした。


私の血が称号にも有効なら、毒にも有効かもしれない。



「もう少し頑張るのよ、アラトマ」


見渡せる目(オーバーアイ)」の力も使い、感覚を研ぎ澄ましていく。身体の中が見えなくても毒のある場所が分かった。その場所までアウラを運び、毒に接触をはかる。


――――大丈夫。止まりかけた呼吸はまた動き出した。血は巡ってる。私の血が植物の毒を取り込んで握り潰した。その証拠に、腕の腫れも小さくなり、青紫色が薄くなってきている。

一つずつ良くなっている点を確認すると、少しだけ気持ちが落ち着いた。


後はアウラと一緒に私の血を外へ出すだけ。アウラに包まれた私の血を患部から抜くと、血色のシャボン玉みたいになって外に出てきた。



「アラトマ、大丈夫?」


私の声でアラトマが目を開ける。


「リコリスの血に体の中を侵された気分。ぞくぞくしてきちゃった」


「いちいち表現がいやらしいわね。でも……良かった。庇ってくれてありがとう」


「リコリス、泣いてるの? どうして……?」


正座していた私の足の上に、アラトマの頭が置かれた。

安心したら出てきた涙が、アラトマの顔に落ちる。アラトマはそれをずっと下から見ていた。


これは――――膝枕だけど……。死ぬ程気まずいわ。


ただでさえ意識すると、正座する足に負荷がかかる。体勢を変えれないから余計に厄介だった。足がむず痒くて仕方ない。その上、泣き顔までばっちり見られてしまう。


「リコリス、変な顔してる」


「いつもよ」


「そんな事ないよ。俺は愛情を良く知らないけど、その顔は好きだな」


「どうせ変な顔してるわ」


「うん、変で可愛い。涙がとっても綺麗だね」


恥ずかしさでいたたまれない気分になる。それなのに動けないのは、ある意味拷問だった。下から見られる視線に耐えられない。


攻略対象者は皆、息を吸うように簡単に距離を詰めてくるし、主人公である私はどうしてもそれに反応してしまう。ロゼスだけを一途に思っていても、今のアラトマには何故だか気を許してしまっている。


「そ、そう言えば、アラトマはどうしてステラ島に来る事にしたのかしら?」


「そんな話、面白くないよ。聞きたいの?」


「うん。だっていきなり他国の王族からそんな突拍子もない話を聞いたら、普通信じないと思うわ」


「……俺もそう思ってたんだけどね。ぺツィート王国のガゼロ・ギガトとユリネス大公国の紅爛論が、一緒に来いってしつこいんだよ。しかも明日には必ずステラ島に到着しろって言いだす始末。無茶苦茶だよね。まぁ面白そうかなって思ったから来たんだけど」


「ありがとう、来てくれて」


誰か一人でも信じてくれなかったら、興味を持ってくれなかったら……。そう考えると怖かった。


「ごめん、リコリス。少しだけ寝て良い?」


「もちろん。まだ痛むかしら?」


「毒は大丈夫。ただ今日は沢山の感情に触れて、お腹いっぱいになっちゃった。いつも仮面を被って演じている時は、空腹だったのに。今は感情が満たされてる。満たされると人間って眠たくなるんだね」


真下に視線を落とすと、アラトマの視線とぶつかった。灰色の目は、あの海よりも澄み切っている。

先程とは違う綺麗な目。その目が安心を得た子供のように、静かに閉じていった。


「アラトマ、おやすみ」





いつの間にか私もこっくり船を漕ぎかけていたけれど、微かな殺気を感じるとすぐ目を覚ました。アラトマもそれに気付いたのか、急に飛び起きて構えている。


何かしら、この感じ――――。

正体不明の“何か”を探ろうと、見渡せる目(オーバーアイ)の力を使う。


「いた……」


その方角に指針を合わせると、感覚を研ぎ澄ませた。声が聞こえてくる。


『この島にネズミが2匹入り込みましたね。しかも盗み聞きしています。始末しに行ってくれますか? それからドラゴンを見つけたらこの毒を……』


独特な声だった。何かの力で声の質を変えているような奇妙な声。もっとその声を聞いて特徴を掴みたかったけれど、急に言葉が拾えなくなった。


どうしてかしら。物語の根幹に関わる事だった? でも、一番気になるのは……。


この島にいる2人の内の1人は、とんでもない強さを秘めている事。幹部の子孫の1人だとしても、一番強いかもしれない。アラトマも本能でそれに気付き、飛び起きたのだろう。


まともに戦ったら死ぬという圧倒的な差を瞬時にすり込まれてしまった。手が震えている。


「あ――――」


アラトマは私を抱えると、瞬間移動した。


「何あの殺気。あれが千年毎に起こる大戦争の裏で、画策していた幹部の子孫って奴?」


「たぶんそうだわ。ドラゴン、毒という言葉が聞こえた。私も幹部の子孫の顔は見た事ないけれど」


「ふーん」


移動した先は、海の近くだった。私たちが乗っていた船は見えなかったから、反対側かもしれない。警告色を持つ植物は少なくて、海風も穏やかだった。


大きな岩が等間隔に置かれている。墓地だったのか神殿だったのか、遥か昔に誰かが手を加えた跡が幾つも残っている場所だった。


「しばらくここに身を隠そう」


アラトマはそう言った。敵の気配も殺気も遠くにあるけれど、油断は一切出来なかった。先程、血圧も心音も急激に上がった事を思い出す。手がまだ震えている。


「リコリス、少し話をしてもいい?」


こんな状況なのにアラトマの声は変に明るい。私が頷くと話し始めた。


「俺はね、物心が付く前にはもう雷騰雲奔らいとううんぽうの称号を手に入れてた。たぶん5人の中で一番に称号獲得したんじゃないかな。暗殺の技術も、幼い頃にはもう大人顔負けの実力で……」

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