76 運命の日の前夜
入学初日から私たちはお茶の時間という名の戦略会議で皆と話し合ってきた。それは今日の戦略会議でも同じで1つ違う事を挙げるとするならば、明日は運命の日(=死ぬ日)だという事だ。ロゼス以外の皆には明日のエリューの事件の事は何も伝えてはいない。その代わり、6人の幹部の子孫、またはその手下が明日動き出すかもしれない事を伝えていた。
テトラとルピには決闘場には近付かない旨と、それ以外の見回りに尽力して欲しいと伝えた。明日の計画では、ロゼス、ガゼロ、爛諭、アラトマ、それと私は、団体行動して動く手筈になっている。
今回もまたユラはここにはいない。でも、ユラがいない事を諦めるのではなく、ユラに会いに行くという行動は起こしていた。声をかけに行った時、ユラの様子が少しおかしいように見えた事以外は通常通りだった。
そう、通常通り断られてしまった。
いつもならそこですごすごと引き返すのに、その時ばかりは意地になってしまい余計な事を言ってしまったのだ。
「明日の夜、私は決闘場ですごく困っていると思うわ。だからユラが助けてくれると嬉しい」
予言者のような言葉を言って悪あがきをしてみせる始末。
ユラは一瞬きょとんとしたけれど、その意味を追求する事はなかった。でも、私の言葉を信じてくれたと思う。「毒に関係がある?」と声を潜めて聞いてくれたから。
頷いたら「やっぱりごめん」と言われてしまったけれど、私の行動は無駄じゃないと思いたい。思いたいのに一つだけはっきりしている事は、今更ユラが助けに来てくれたところで死亡フラグは覆せないのだという事だ。
そんな諦めが入り混じる中で、先程私たちは最終確認をした。いつもより早めにお茶の時間を終えて、明日に備える。皆が帰りがらんとした部屋を見渡すと、何とも寂しい気持ちになった。
心臓が強く締め付けられるような、そんな感覚を覚える。原因は分かってる。感傷的にならないようにする方法がもうない事も、私自身が全部よく知っている。
――――トントン。扉を叩く音がした。
「誰なの?」
「リコリス、入れてくれる?」
「どうぞ」
珍しいと思いながら、アラトマを部屋に招き入れた。ロゼスじゃなくて残念だった事を悟られないように笑顔を作る。アラトマは部屋の中に入るや否や「話がしたい」と言った。
あまりにしおらしく言うので、アラトマの瞳をじっと見つめて心を探る。
「気になる事でもあるのかしら? それとも相談?」
「うん……」
「じゃあ紅茶を入れて来るわ」
椅子に座るよう促して茶葉を入れにいこうとすると、アラトマは私の服を申し訳なさそうに掴んだ。
「ど、どうしたの?」
「話だけだから、気遣いはいらない」
アラトマの目がロゼスと重なって見える。それはとても不思議な感覚で、何て表現したらいいのか分からない。仮面を被っていない素顔のアラトマは独特の雰囲気があるから、そのせいにしておこう。
「……分かったわ、そこに座って」
向かい合わせで座ると話は始まった。
「リコリスにずっと謝ろうと思っていた事がある……」
「何を?」
「入学式の日に俺はリコリスに酷い事を言ったから……。ずっとそれを気にしてた」
「前にも言ったけど、私は気にしていないわ。ロゼスが手遅れだって教えてくれただけで、私にとっては大収穫なのよ」
「手遅れ……?」
「ロゼスの心の状態が手遅れっていう意味なのよね? まさか入学した直後に手遅れになるだなんて、思いもしなかったけど」
ぼんやり机の縁を見ながら、私は前回の事を思い出していた。
『時間は沢山あるよ。それに、ロゼスの事なら俺は何でも知ってる。ロゼスはもう手遅れだ。もしかしてリコリス、選択肢間違えちゃった? ロゼスより俺の方を選ぶなんてさ』
前回の私はアラトマにこう言われた。
私が選択を間違え、決闘場に行く事よりも夕闇の森の出来事を選択したから、手遅れだと言われたのだろう。
また、こうも言われた。
『いやぁ、ロゼスはガゼロと2人きりで話したい事があると思ってね。それに、ロゼスはもう手遅れだけど、ガゼロならそれを理解ってどうにかしてくれるかなって』
今にして思えば、アラトマはロゼスとガゼロの事についても良く知っていたのだと分かる。アラトマは割と頻繁に状況を教えてくれていた。
やり直し後の入学日も、螺旋階段で私がアラトマを必要以上に見ていたからロゼスが嫉妬してしまった。それでアラトマは入学日に「手遅れ」だと教えてくれたのだろう。
何回考えてもこの推理に辿り着く。きっとこれが正解だと私は勝ち誇ったような顔を作ってみせた。でも、アラトマは変な顔で私を見ている。
「そんなにじっと見つめて……。ど、どうしたっていうの?」
「あ、うん。何か勘違いしているけど、その考えは違うよ? 入学した初日にロゼスは手遅れになったわけじゃない」
「へ?」
「詳しくは言えないけど、ロゼスと俺は2年前に出会ったんだ。その時にはもうロゼスは手遅れだったよ」
――――え?
アラトマの言っている事が飲み込めなくて、上手く言葉が出てこない。
「思い出の花」のゲームは入学日から始まる。それなのに、2年前にはすでに手遅れだったとアラトマは告げているのだ。何が何だか分からなくて、私の中の糸がプツンと切れた。自分でも今の感情を言葉で表現出来ない。
ただはっきりしている事は、私が積み上げてきた思考も手に入れた情報も全部薙ぎ倒された事。
「大丈夫?」
アラトマの灰色の目が私を見てる。気遣われてしまった。
「……教えてくれて……ありがとう。吃驚しただけだから……」
アラトマにそう言うのが精一杯だった。
本来なら、次に活かせる新しい情報を得たのだから喜ばないといけない。それなのに私の心はどうも上手く動いてくれなかった。
――――ロゼスの言った通り、私は一生攻略出来ないのかもしれないわ。
あの呪いのような言葉がふと蘇る。
「リコリス!? どうして泣きそうな顔をしてるの? 俺はロゼスも好きだけど、リコリスの事も同じくらい好きだよ?」
アラトマにそういう甘い顔が出来る事を初めて知った。予想外のこんな展開に心が揺さぶられそうになるのをぐっと堪える。
「ふふ……、ありがとう。私もアラトマの事が大事よ、友達として」
一線を引き、仲間の部分を敢えて強調した。
「嬉しくて泣きそうなの?」
「……違うわ、自分の心がよく分からなくて泣きそうなだけ」
「そういう時は仮面を付ければ良いんだ」
アラトマはそう言った。慰め方を知らないアラトマらしい慰め方だ。
「確かに、普段のアラトマみたいに仮面を被ってみるのもいいかもしれないわね……」
「やっぱり気付いてたんだね」
「え? あっ――――!」
爛諭とアラトマと私の3人で暗躍活動をした時、うっかり口を滑らした事をアラトマは覚えていたようだ。私がまた墓穴を掘った事で、アラトマはさらなる確信を得ただろう。
変な汗が出てくる。
「今の俺は、どんな仮面を被っていると思う?」
「素顔……だと思うわ」
悪戯に笑う灰色の目が見開いた。
「当たりだよ。これも素顔」
恍惚とした表情を浮かべたアラトマは、席を立ち近付いて来る。反射的に私も席を立ってしまった。靴音と心臓の音がやけにうるさく響く。
アラトマは私の真正面で止まると、顔だけ近付けてきた。
――――相変わらず、近いわ。距離感無視な所が本当に……困る。
顔を背けると、アラトマは私の耳に触れるか触れないかの距離である言葉を囁いた。
『 』
囁かれた言葉よりも、思わせ振りな態度とそれに過剰反応してしまった自分に腹が立つ。吐息がまだ耳に当たっている感じがしてくすぐったいのも何か嫌。でもちゃんとアラトマの言葉は聞いていたと知らせるために、視線を下方に移動させた。
それを見て納得したのか、アラトマは私から離れた。
「ロゼスの言ってた通りになりそう。ヤバいかも……」
「どういう意味?」
アラトマの顔は色々な感情を含んでいるように見える。
「あの……?」
「ごめん、俺はもう行くね。これ以上ここにいたら、ロゼスに殺されちゃう」
「あ……りがと」
アラトマは一瞬で消えていった。その事に一番安堵しているのは私かもしれない。
――――色々と危なかったわ。
私に情報を与えて消えたアラトマは、仲間としてその場所に落ち着いているようでも、隙を見せたらフラグが立ちそうな勢いがある。ガゼロの時と同じように。あっという間に距離を詰めてくる油断のならない相手と言えるだろう。
攻略対象者はいずれもそのような性質があるのだから。
「でも、もう明日で全てが終わるわ……」
この思いは、諦めだけじゃない。次へのやり直しのために、私は今日の情報を整理する事にした。
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