77 死亡フラグに殺される日~前半①~
前半が終わったら、シリアス展開の後半が続きます。苦手な人は注意。
昨日の夜は色々な事を考え過ぎて、眠れなかった。眠たくなった頃にはもう窓の外は薄っすら明るくて、私は寝るタイミングを完全に失ってしまった。
それでも何とかして少し仮眠を取ったけれど、またすぐ目は覚めてしまった。それから今に至るまで今の所眠気はなく、意外と頭はスッキリしている。
「不思議……。もう少し動揺しているかと思ったわ」
死ぬ日の朝にしては心が静まり返っている。安定している、と言えるだろうか。
過去を振り返ると病んだ事もあった。逃げ出したくなる時もあった。私の中で生まれた負の感情を1つも残らず全部吐き出して言い尽くせるくらい、私はしっかりこの感情を記憶している。今も「負の感情」は私に付きまとっている。
でも、嬉しかった事も楽しかった事も、同じくらいあった。
「負の感情」を消してしまう程ではなかったけれど、この感情はとても大切で私を私でいさせてくれたと思う。
「今日の夜までどう過ごそうかしら? 授業に出る気にはなれないし……。やっぱり、向き合うべきなのよね。アラトマの言葉と……」
自分のやるべき事はちゃんと分かっている。
昨日アラトマに言われた事は、私の考えを根底から揺るがすものだった。
入学日にとった行動が原因で、私がロゼスに殺されるという死亡フラグが立ったのだとずっと思っていた。腑に落ちないものは確かにあったけれど、それ以外に思いつかなかったからそう思っていた。
でも、それは違っていたらしい。アラトマは昨日の夜、ロゼスは2年前にはもうすでに手遅れだったと証言してくれたから。
これが意味する事は1つ。
それを考えると負の感情に飲み込まれそうになり、辛い。安定していると思っていた心が簡単に落ちる。死ぬ事と同じくらい今の私には重く圧し掛かかった。
「い……や。いや。考えると辛いわ……」
不安を紛らわそうと3年前にロゼスからもらった指輪をずっと触っていた。あの思い出だけは穢したくないと思っているのに、その先と向き合わなければいけない。
「アラトマの言う事が本当なら、3年前の出来事そのものが失敗だったって事だわ……」
絞り出した言葉に耳が拒絶し受け付けない。心は凍り付き胃はキリキリと絞られる。思わず痛みに身体を丸めた。
――――3年前の出来事だけは間違えていないと思っていたわ。上手く出来たと思っていた。だって、そこでロゼスに出会い恋に落ちたのだから……。それが間違いだなんて、それこそあってはいけない事じゃないの!?
ゲームが始まる前の段階で色々下準備もしていただけに、それを否定されると反動が大きい。
――――嫌だわ。思い出さえ否定されているような気がして……。
もう一度、古い記憶を辿ってみる事にした。私が転生する前にやっていた「思い出の花」のゲーム。その中で見た「あの画面の記憶」を必死に手繰り寄せる。「間違えていないよ」って誰かに言って欲しくて。
――――確か、ゲームで見た花畑の場面は、主人公の回想場面だったわ。11歳の主人公が心見の森の最奥でロゼス様を見つけて、それで……。
それで……?
その後の言葉が続かない程その場面は朧気で不確かで、曖昧な記憶だった。映像だけの言葉のない場面だった。なぜなら、ゲームの中の主人公自身も忘れているような記憶だったから。
きっと好感度を上げていけば、記憶を思い出していくはずだった。はずだったけれど、私には攻略出来なかったからそれはあくまで私の予想。
そう、全部予想だ。攻略も出来なかった私の自分勝手な予想。
「うん、向き合って良かった……。次のやり直しの時までには……大丈夫……だから」
正しい攻略ではなかったとしても、私にとってあの3年前の事は確かに宝物だった。その気持ちを飲み込んで、気が済むまで泣き明かした。泣いて泣いて泣いた後、私はいつの間にか眠ってしまった。
◇
頬を優しく撫でる風で目を覚ます。
「いつの間にか、寝ていたのね……」
腫れぼったい目を触ると、少し肌が痛んだ。今の私は酷い顔をしているに違いない。窓を閉めて時計を確認すると、思っていたよりも時間が経っていない事に気付く。
「良かった、寝過ごさなくて」
ベッドからそっと降りた。フラフラと身体を揺らしながら、鏡を見に行く。やっぱり目は赤かった。瞼は虫に刺されたように膨れ上がっていて、涙の痕に髪の毛が張り付いている。
そんな状態でも感情の涙を流して十分に寝たから、私はたぶん大丈夫だ。たぶん。
「準備が出来たら、少し散歩をしようかしら……」
部屋にいたらまた感情が不安定になる気がして、私は外出する準備をする事にした。
「よし、行ってきます」
勢いよくドアを開ける。外に出て目的もなくブラブラ歩いていると、爛諭を見付けた。遠目からでもそれが爛論だと分かるのは、風に靡いている長い髪のせいだ。
「これから授業なの?」
声をかけてみると、爛諭は黙って私を見た。
「……爛論、どうしたの?」
「……泣いたのですか?」
「え?」
――――どうして気付いたのかしら? しっかり顔を洗ったし、髪の毛も綺麗に梳かしたわ。薄く化粧もして泣き腫らした顔を上手く隠したのに。女の私から見ても、涙の痕跡は消せたはず。
「どうしてそう思うの?」
気付いた理由が分からなくて、そう尋ねてみた。
「いつもはしない化粧をしているからですよ。女性が化粧をする時は、何かを隠す時ですから」
「そ、それ以外の時もあると思うわ……」
あまりの爛諭の鋭さに、体温が0.5度上がった気がした。女性のそういった少しの変化に、爛諭は疎いと思っていたから意外だった。私が少しだけ前髪を切ったら、爛諭は気付く側の人間なのだろう。こういう所は好感が持てた。
「そうですか、そういう事にしておきましょう。それと、私は今日の授業は休みましたよ。夜のために」
「そうなの? 実は私も……」
「ゆっくり休めましたか? 友として言わせていただくと、元気がない貴女を見るのは少々辛いですから、出来れば無理せず夜まで休んでくださいね」
爛論が労わりの言葉を掛けてくれた。嬉しい気持ちよりも驚きの方が大きくて、まじまじと爛論を見てしまう。素直で自然な気持ちを吐露する爛論はとっても珍しい。
「意外だわ。爛諭がそんな事言うなんて……」
「貴女とロゼスがいつになく真剣に、今日の夜の作戦を立てていましたからね。私も心を動かされたのでしょう。今日の夜が無事に終わる事を祈ってますよ」
「……ありがとう」
本当は、今日で全てが終わるのよと付け加えたかったけれど、何とか踏み止まった。そんな私を見透かしてか、別れる時の爛論の目どことなく悲し気だ。私自身も人の事が言えないくらい目に覇気がないのだけれど、爛諭も同じような目をしている。
「皆、色々な思いを抱えているのかしら……」
空を見上げると、明るい空の色が暗い感情を吸い取ったように黒くなっていく。
――――暗い。どうして……。あ、嘘。もう夜?
この島が時間を早めたのだろう、急に夜が舞い降りた。こういう日に限って夜が早く来るのは嫌味だと思いながら、歩く方向を変える。この島に急かされている気分になった。
「夜なんて来なくても良いのに……」
家路に急ぐ私の背後に、ふと人の気配を感じた。
「リコリス、迎えに来たよ」
「ロゼス……?」
「まだ夜になるには早い時間だったけど、この島が夜を連れてきてしまったからね」
「でも……。まだ少し時間があるわ」
「そうだね……じゃあお風呂にでも入る?」
「お、お風呂?」
ロゼスがこんなシリアスな場面で、突拍子もない事を言うものだから、声が裏返ってしまった。でも、すぐに冗談ではないと悟る。暗闇の中でもロゼスの視線が痛い程感じた。
――――ロゼスは本気で入浴するつもりだわ……。
突然降って湧いた出来事に、正直どう受け止めて良いのか分からなかった。
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