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65 ユラの秘密と不穏な足音①

歴史学の授業をすべて終えた頃には、空はもう夜を迎える準備をしていた。その空を見ながら、今日1日の出来事を思い返してみる。


今日は朝からロゼスの寝顔を見れて幸せだった事。


歴史学の授業は相変わらず奥深くて、前回とは違う事を教えてもらった事。

もちろん、次の評価試験でS判定を取った暁には、エーシェント家しか知らない歴史の闇を教えて欲しいという約束も忘れずに取り付けた。


昼食時には、ガゼロと爛諭を誘い学生食堂で食事をした事。

本当はロゼスとアラトマ、ユラを誘いたかったけれど、授業でその3人の姿を見た人はいなかったと聞き、誘えなかった。


それでも入学2日目で、仲間としてガゼロと爛諭を食事に誘う事が出来たのだから、つい顔は緩み終始笑っていたように思う。


そんな幸せな今日1日の出来事を振り返ると、満たされた気分でいっぱいだ。




学園ここに来てから、1日1日が目紛めまぐるしい」


入学2日目でそんな感想が口を突いて出てくるのは私だけだろうと思いながら、見渡せる目(オーバーアイ)の力を使った。同時に気配も隈なく探っていく。


聞こえてくる声は授業中の先生と生徒の声、授業が終わった生徒の話し声、それと悪口ばかりで肝心な事は聞こえなかった。攻略対象だからその結果に期待はしていなかったけれど、人探しの困難さには頭を抱える。


いつもみたいな強運も沈黙を貫いていた。




「会いたい時に会えないのはもどかしい……。夜になるまでまだ時間があるから、残りは足で稼ぐしかないわね」



人目がない事を確認すると、腕に付いている制御装置を取って鞄の中へ仕舞った。それから、影の跳躍(シャドウリープ)を使い移動をして、目を酷使して人探しをした。



教室棟、中庭や裏庭、学生食堂やお店がある建物、西洋館、特別寮に移動する時は影の跳躍(シャドウリープ)を使った。建物の中は自分の足で探し回り、時に他の生徒に情報を聞いたりもした。






「全滅……」


頼みの綱の特別寮にもいない事を確認すると、夜の粒子が空を染め始めた。帰る時間だと告げられた気がして、身体にどっと疲れが溜まる。特別寮の建物の屋上で、疲れた身体と目を休ませる事にした。


天命を待つ命が空を埋め尽くすと、すぐ近くにそれと似た光を見つけた。






「あれは……温室の灯り!?」



すっかり忘れていた温室こそが当たりかもしれない。目と鼻の距離を一瞬にして縮めると、私は温室の前で止まった。


暗闇を溜め込んでいた温室の姿はどこにもなかった。むしろ暗闇の中で色鮮やかな光を放つ宝石のようだった。そんな温室の中を覗くと、そこには島固有の植物を世話をしているユラの姿があった。



「やっと見つけたわ!」


私は扉を開けてユラに駆け寄った。


「ユラ!」


声が温室に響くとユラは振り返った。ユラの手には蓋の開いた小瓶が握られている。中には毒々しい液体が入っていた。



「それ何かし――」


ユラを見つけた喜びと安堵感に、疲れた足がついていけなかった。絡まるようにもつれてバランスを崩す。


ユラにぶつかると分かっていても、軌道は変えられない。



お話の中でしか成立しないあまりに偶然過ぎる出来事を止めようとしても、身体はくたくたで動かなかった。


疲れた足がユラの前で転ぶ事を望んでいると言っても良い程に、運命は王道を進んだ。




一瞬の出来事なのに、スローモーションのように流れる光景と、それに伴う膨大な思考が時間を占拠する。



ユラは私を受け止めるために、両手を空っぽにした。大切な植物を育てるための小瓶だか何だかをいとも簡単に宙に放り投げて、私を受け止めようと前のめりになった。


その潔さは惚れ惚れする程、綺麗で格好いい。引き寄せて私を受け止めた力強い腕は、とても頼もしかった。同時に、込み上げる罪悪感と申し訳なさで私の心はいっぱいになる。



ユラのおかげで盛大に転ばなくて済んだ私に、とどめの一撃が降ってきた。宙に放り投げた小瓶と小瓶の中身が私の頭に運よく命中した。



――――ああ、申し訳なさでいたたまれないわ。




「あ……ごめん。思わず小瓶を投げちゃった。しかもリコリスに命中って……。恰好悪い」


してしまった事にへこんでいるのか、ユラは頭を抱えて目を伏せた。


「ううん、むしろ受け止めてくれてありがとう。あと、小瓶を駄目にしちゃってごめんなさい」



助けてくれたユラが引け目を感じないように、出来るだけ笑顔を作った。


ユラは床に向けていた視線を私に向けると、突然表情が変わった。口では何も言わなかったけれど、ユラの表情はとても雄弁だった。目は感動と驚きを表しているように見える。私の「何か」に気を取られて、口が開いてしまっている姿も可愛かった。





「……どうかしたの?」


「髪……」


「え? 髪?」


――――まさか、あの液体がかかってしまったから髪がヤバい事になっているんじゃ……?



自分の髪を確認する前に、瓶の中身が毒の類かまたはそれに似た恐ろしいものであるという最悪の想像をしてしまった。割れる前に見た小瓶の中の液体が毒々しく濁っていて、気泡が浮かび上がっていたのを目が覚えている。


その結果、頭皮は爛れ、髪の毛が抜け落ちるという妄想まで浮かんでくる。




「か、髪が……どうか……したの?」


緊張で口が乾く。


「ああ、髪色がね。とても綺麗に変化したからつい見惚れちゃった」


「……色?」


髪の毛をつまんで視界に入れる。薄茶色の髪が、お母さまと同じ桜色に変わっていた。




「その色は千年前に絶滅した植物の花と同じ色だね。それに僕の髪色とも似てる」


「ユラとお揃いの髪色ね。兄妹みたい……。あ、そう言えば、ユラが持っていた瓶には一体何が入っていたの?」


「……えっと、実は毒なんだ」



不協和音のような単語を言った後、ユラは「態勢、このままでも良い?」と聞いてきた。身体を密着させてユラに抱かれるような姿勢でいる事に気付いた私の顔は、赤色と青色交互に色が変わった事だろう。



――――色々と感情が追いつかないわね。今ユラは何て言った? 毒? 毒!?




「あ、リコリス……。この体勢はロゼスが嫉妬しちゃうかもね。結構面倒な性格してるでしょ? ロゼス」


「え……め、面倒だなんて……。称号によるせいもあると思うわ……。それによって繰り返される身としては、良い部分もありもちろんその反対も……」


「え? 言っている意味、分かんないよ」


ロゼスの事を面倒な性格だと言い切るユラに思わず狼狽えてしまった。でも、ユラは要領の得ない私の言葉を笑いながら聞いてくれる。それから、手を引いて立たせてくれた。




「ありがとう……」


「少し待ってて。椅子と……髪を拭く布と綺麗な水を持ってくる」


「あ……」


何の毒なのか、毒に触れてしまって大丈夫なのか、色々聞きたい事があったけれど、質問する機会を逃してしまった。ユラはもう温室の奥へと姿を消している。



――――あ~、どうしよう。タイミング合わなかったわ。このまま毒を放っておいても大丈夫かしら? 



不安を感じながら周りに目を向けると、不安を和らげてくれるものがこの温室にはたくさんあった。


温室の天井には零れ落ちそうな程の花が吊るしてある。至る所に花弁を落とし、他の植物にいろどりを足していた。


温室の中央には、直径2メートル程のまるくて深さのある水を張った入れ物があった。水生植物が水の中から顔を出し、水面には天井から落ちてきた花弁が浮かんでいる。空中の花と水中の花が恋い焦がれるように見つめ合っている空間が絶妙に美しかった。



引き寄せられるようにその水の中を覗くと、毒を浴びた自分の顔がそこには映っている。毒を浴びても死なないのだろうかと思いながら、私は先程のユラとのやり取りを思い出していた。



――――ユラは何かを知っているような気がするわ。



リコリスとしてのいつもの直感というよりは、毒という言葉に敏感になっていると言った方が正しいのかもしれない。毒はやがて訪れる未来で災厄となる存在であり、それはもう揺るぎのない真実だから。



この毒が6人の幹部絡みの毒と同じかは分からないけれど、ユラが毒を使って何かをしようとしていたのは間違いないだろう。聞きたい事ばかりだと思いながら、もう一度桜色に染まった髪を見る。




「お母さま……」


何か重要な事を思い出しかけた気がして、水鏡に映る自分自身をずっと見ていた。

読み終えて「頑張って」や「続きは?」と思った方は、ブックマークして下さいね。広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価宜しくお願いします。正直な感想に飢えてます。『111回以上婚約破棄されましたが、まだ婚約者の座を死守しています』☞https://ncode.syosetu.com/n1599he/の方も読んで下さると嬉しいです。

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