66 ユラの秘密と不穏な足音②
「お待たせ」
水鏡に映る私の隣に、ユラの顔が覗き込む。意識を記憶と水鏡に持っていかれそうになっていた私は、ふと我に返った。
「ユラ……」
「この椅子に座って。足、痛めたでしょ? 薬も持ってきたし。それと魔法で作った水宝石で毒を洗い流した後、この布で拭こうと思って準備を――」
「ユラ! 私、毒を浴びたのだけど、大丈夫なの? 死んでしまわないかしら……?」
ユラの言葉が終わる前に募り溜まった不安をぶつけてみる。するとユラは「説明が足りなかったね、ごめん」と言い、私を椅子に座らせた。手際よく手を動かして捻った私の足に塗り薬を付ける。
「これは毒というより毒だったものだよ。色が変わったって事は、何かの原因で毒が毒ではなくなったって事。まだ原因を解明していないけど、詳しく調べて分かったらリコリスにも伝えるから」
「……そういうものなの? 分かったわ」
「うん、ごめんね。今はこの説明だけしか出来なくて」
「いいえ、むしろユラには感謝しかないわ。塗り薬もありがとう。髪の毒は私が拭き取るから……」
地位も名誉も関係ないと謳っている聖教王都学園の中とはいえ、さすがにモナス島国の王子であるユラにそこまではさせられなかった。でも、丁重に断ってもユラは頑なに譲らない姿勢を見せて、てきぱきと手を動かした。
髪に付いた毒に水宝石を当て、髪全体を水で包み込み綺麗に毒を流していく。桜色の髪を名残惜しむようにユラは触ると「はい、これでもう大丈夫」と言って、布で水気を拭き取った。
――――水宝石、初めて見たわ。魔法が閉じ込められている石なのよね。全盛期の魔法時代にはよく使われていたものらしいけれど……。使い心地も結構良かったわ。
ユラに丁寧にお礼をすると、陶器のような肌を少しだけ染めてユラは微笑んだ。その顔に心臓がドキドキと反応する。
薄茶色に戻った髪を触り平然を装いながら、ユラに探りを入れてみる事にした。私が浴びた毒の話から始まり、やがてはユラが昨日の夜にどこにいたのかという話にまで話題を広げていく。
「昨日の夜? 昨日の夜は……。ずっと温室にいたよ。薬の材料を取りに行くために……」
――――ん? このセリフって……。
ユラの返事は死ぬ前の前回と同じセリフだった。限られた言葉しか喋らないゲームのような返事に違和感を覚える。
「……ユラ。私は、私たちは昨日の夜、特別寮のガゼロの部屋にいたのよ。私たちとは、ロゼス、ガゼロ、爛諭、アラトマ、そして私の事。ユラ以外、全員よ」
「…………!」
「もちろんユラの事も呼びに行ったわ。特別寮にいなかったから、温室まで探しに行ったの。でも、誰もいなかった……」
敢えて温室の扉が施錠されていなかった事や、温室の中まで入った事を言わなかった。あわよくばユラが自ら罠に落ちて来て欲しいと願う蜘蛛のように、静かに待つ。自滅を促すような発言に、ユラが動揺をしたのは想定内の事だ。
でも、ユラは固く口を閉ざしていた。
――――言いたくないというより、言えない事? やり方を変えないと口を割らなさそうだわ。
目を伏せていると、長い睫毛がより目立つ。ユラの顔のそんな細部を見て綺麗だと思いながら、私は姿勢を正した。
「ユラ、今から私のする質問に当てはまっていたら頷いて。違っていたら、首を振ってくれる?」
「リコリスの頼みなら……。いいよ」
ユラが断ったらこれで諦めようと思い賭けに出たけれど、意外にもユラは素直に頷いて提案を受け入れてくれた。
「ありがとう、ユラ。さっそく質問だけど、昨日の夜どこにいたのか言えないのは、何か理由があるの?」
ユラはしっかりと頷いた。
「それは……。例えば、6人の幹部の子孫やその使者が理由だったりする?」
ユラは驚いた表情を見せたけれど、すぐには頷かなかった。明らかな反応を見せつつも、視線は宙を彷徨っていて考えあぐねているように見える。時間をかけてから、ユラは動作ではなく「分かんない」と曖昧な返事をした。
「私の知っている事は、始まりの国の6人の幹部の子孫とその使者が、大戦争を引き起こそうとしている事。そして、そのために強力な毒を使っている事よ。その毒に対抗できる解毒剤を探しているのだけれど、ユラは何か知っているかしら?」
ユラの視線、表情、ちょっとした動作、ユラを包む空気、それら全てからその答えを探ろうとしてユラを見た。ユラは男性でありながらも、その美しくて綺麗な顔に一筋の苦痛を滲ませて、儚く散ったような目をした。
それから頷いて、一言だけ何かを呟いた。声に出したというよりは口だけ動かしたような感じだった。聞き返そうとすると有無を言わさない態度をとり、ユラはその場を終わらせた。綺麗で美しいユラの笑顔は言葉よりも迫力がある。
「……さてと、もう行かなくちゃ。部屋で薬の調合もしたいし僕は先に行くね。リコリスは少し休んでから帰りなよ。鍵はここに置いておくから。施錠したら、西洋館のルコルピ・ジュ・カペ先生の机の上に戻しておいてね」
用件だけ詰め込んだ台詞を吐いて、ユラは颯爽と特別寮へ帰っていった。
「……あ、ユラ。行ってしまったわ……。ところでルコルピ先生って誰かしら?」
歴史学しか受けていない私は、リネロ先生以外の先生を知らなかった。西洋館にいる誰かしらに聞けば分かるだろうと思いながら、椅子から立ち上がる。
温室の灯りを消して施錠をし終えると、視線を感じた。その視線の先には、人が隠れられる程の大きな木がある。気付かない振りをして、歩いて西洋館を目指した。
誰もいない真っ暗な裏庭に小光玉で照らすと、影が付いてくる。付かず離れずの距離で、私に視線を投げかける何者かも同じように付いてきた。
殺意は今のところ感じないものの、一応警戒する。
ユラは確かに「言ったら殺される」と唇で私に伝えてくれたのだから……。
「……だ、誰かしら?」
か弱い令嬢がする怯えた演技をするには、私は些か逞しいから、心の奥がむず痒くなる。それでも、見た目で騙されるのだろう。
私をつけ回した男子生徒は、こんな下手な演技にも素直に姿を現した。
「フー、フー、な、何を、は、話し……」
「え? 何? ごめんなさい。良く聞こえなくて」
「温室で、な、何を、は、なして、たアあぁー」
言葉と一緒に拳が飛んでくる。
男子生徒の動きはぎこちなくて簡単に避ける事が出来た。当たれば骨を砕く程の威力があると思われる攻撃も、当たらなければただの紙屑同然だ。
――――攻撃なんかしないで、私とユラが話していた内容だけを聞いてくれたら良かったのに。
でも、それはすぐに無理な話だと理解した。男子生徒の顔は人間離れした形相をしている。話し合える状態ではない。そんな顔を見て、男子生徒の身体に毒でも注入されているのではないだろうかという考えが頭を過ぎった。
何でもかんでも毒のせいにはしたくないけれど、その可能性が嫌でも思い浮かぶ程に私の周りには毒が潜んでいる。
「あの、貴方がこうなってしまった原因って……」
目の前の男子生徒の始末の付け方が今後の態度で変わってくると悩んでいると、視界の横をリネロ先生が駆けて行った。決して派手な登場の仕方ではないけれど、歴史学を教えている普段の先生とはまるで違う姿は、一瞬にして私の目を奪った。
「リネロ……先生!? どうして?」
大人の余裕なのか、先生は私を見て微かに笑うだけで無言だった。それから先生は男子生徒の暴走を止めるべく、威嚇で風の刃を飛ばした。
男子生徒がリネロ先生の威嚇にも怯まなかったので、先生は攻撃の意思表示をしてから攻撃をした。リネロ先生の実力は、授業の時に「強い」と言っていただけの事はあった。
アカネイラ先生よりずっと多い魔法を習得している事。紫色のベールのような風はどこか神秘的で掴めない力であった事。そして、魔法や風以外の技もあった事から、称号を複数獲得しているかもしれないという事。
リネロ先生の戦いぶりを見て知り得た情報は、そのような事だった。
――――歴史学を教えるだけの器にとどまらない力を持つリネロ・ジュ・エーシェント先生。うん、やっぱり思い出の花2の登場人物に違いないわ。この容姿にこの実力、ただのサブキャラクターなんて器じゃない。それにしても……。
「凄いわ……」
リネロ先生はまるで私に技の数を見せて手解きするように男子学生を攻撃した。その匙加減は丁度良く、致命傷となる傷を外れてはいるが確実に有効な打撃を与えている。
それでも男子生徒は体力だけはあるらしく、何度も何度も肩に地面が付いては起き上がり襲いかかって来た。普通ならもう体力が尽きても良い頃合いだ。
それに、男子生徒はリネロ先生ではなく私に向かって来ようとしている。
――――それ程、ユラと私がした話の内容は男子生徒にとって大切だって事?
異様な光景を目に映しながら、必死に頭を巡らせる。
「こんな暗闇で女の子を襲ってはいけませんよ。名前は言えますか? これ以上の暴力は……3年間の地下牢行きになりますよ」
先生はそんな警告をしてから男子生徒の動きを風で封じた。暫くの間、男子生徒は動かない体を動かそうとして、地面に身体を擦り付けるように足掻いていた。
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