52 ドラゴンと5人の絆③
エリューの口が大きく開いた。翼を広げ猛々しい姿のエリューは、死に近いと感じさせない程の生命力に溢れていた。
「フッ、これは苦労しそうですよ。鎮痛剤を打つ隙もありませんね」
爛諭が珍しく弱音を吐くと、アラトマが「俺が力を貸すよ」と言った。2人が隠密に動き出した事を確認すると、ロゼスは足音を立てる事もなく瞬時に私の隣に移動してきた。
「リコリス……本当に良いの? 後戻りは出来なくなるけど……」
ロゼスの顔には私を巻き込みたくないとでも書いてあるみたいに、その表情は読み易い。
「ロゼス。私、今とても嬉しいの。だって、貴方の背負っているものを少しだけ持たせてもらえたから」
「リコリス。キミって人は……」
努めて明るい笑顔と声で答えると、ロゼスは困ったような顔をして盛大に溜息を吐いた。
それから、私の風で作った剣を私と一緒に握った。その剣をいつ、どのように、どのタイミングで振りかざすのか指示がなくても、何の問題もなかった。
私の心は今、ロゼスと共にある。
「いつでもいいぜ」
皆の準備が出来た事をガゼロが確認すると、エリューにそう言った。ガゼロは私とロゼスの前方、エリューの真向かいに立つと、咆哮に備えて大きな神炎の盾を掲げる。
エリューはその盾に向けて最後の力を振り絞って咆哮り、口から青く煌めく炎を出した。その炎は今までに感じた事のない熱を持っていて、ガゼロの盾の後ろにいても、気を抜くと溶けそうになる程の灼熱さだった。
「死にそうな割には凄い威力じゃないか、エリュー」
ガゼロは踏ん張りながらも、エリューを褒め称えて言った。
エリューの攻撃威力が最高潮に達した瞬間を狙い、私とロゼスは動き出した。影の跳躍で一気にエリューの眼前まで跳躍すると、風で作った剣を振りかざした。
視界の横では、爛諭が鎮痛剤を無事に打てた事を告げていた。アラトマはドラゴンの尾尻を優しく撫でている。最後の言葉でも伝えているのだろう。
ごめんなさい――――は違うと思った。
さようなら――――でもない。
なんて声をかけるべきか思いあぐねている内に、私とロゼスの剣はエリューの肉体に深く突き刺さっていく。言葉の代わりに涙が零れた。
エリューの咆哮が段々と萎んでいく。エリューの命が消える瞬間だけが、スローモーションのようにゆっくり流れていった。
「絶対に、敵を取るわ」
最後に掛ける言葉がそんな陳腐な言葉しか出てこなかった。
エリューの大きな身体が姿勢を保てなくなり、大きな音を立てて倒れ込んだ。呼吸はもうしていなかった。まだ温かいエリューの身体を触って、エリューが生きた証を探した。
「最後にエリューはありがとうって言ってたよ」
アラトマがそう言った。
「エリューの望む事をしたのだから、気に病む必要はないよ」
ロゼスは私の手をぎゅっと握り、ガゼロは頭を優しく撫でてくれた。
「一息つく暇もありませんね」
爛諭がそう注意を促すと、エリューのお腹の模様は蔓を伸ばして真っ赤な大輪の花を咲かせた。
死んだエリューとの別れさえ満足にさせてくれないこの毒を、私は恨めしいと思う。エリューの身体に傷を付ける感覚をもう一度感じなくてはいけないなんて、腹立たしい。
それは誰の目を見ても同じ気持ちだと分かる。
風が今の気持ちに染まっていく。
制御装置を外した。
ロゼスは驚いて私を見たけれど「地獄の果てまでリコリスに付き合うよ」と言ってくれた。それが何だか嬉しかった。
他の皆も派手に弔おうという気持ちがあるのか、士気は面白いように上がっていく。
「エリューの事も考えて、一瞬で済ませよう」
アラトマが言った。
「身体はなるべく傷付けないようにお願いしますね」
爛諭が付け足した。
「じゃ、内部破壊系統の技か?」
ガゼロは空を仰いで考える仕草をした。
「エリューはこの決闘場にある巨大植物の中で眠りたいと言っていた。早く眠らせてあげよう」
ロゼスがそう言って締めくくると、私たちはエリューの身体が起き上がるその瞬間を狙って二度目の死を与えた。それぞれがエリューの事を想い、なるべく身体が傷付かないように気遣った。
そうして私たちは、この長い夜を終わらせた。
事の顛末を見届けていた巨大植物の蔓つるがエリューの身体に巻き付いて持ち上げた。私たちの心情を察してか、静かに中心部へと運んでいく。
――――まるで密葬のようだわ。
エリューを包む蔓が、私たちの合間を縫っていく。
エリューの身体には無数の蔓が巻き付いて、終いには見えなくなった。鳥の巣のような球体がエリューの墓になり、私たちはその墓に風で作った花を添えた。
決闘場の巨大植物の中にドラゴンの墓があるなんて、学園の生徒は愚か先生すら気付かないだろう。
私たちはこの日、この秘密を墓場まで持っていく事を誓った。
「皮肉だね。僕たちは知らず知らずの内に、確固たる絆を結んだみたいだ。この事が公になれば、全員が処刑台行きというおまけ付きの絆だけど」
ロゼスが“天命を待つ命”を仰ぎ見て言った。
「……ですね。私たちは皆ペテロ帝国の悪法に触れる事をしたのですから、そう簡単には裏切れない関係にあります。秘密を共有していますし」
爛諭は笑みを浮かべた。
「俺は……。皆と信頼関係を結んで、絆を得た事を嬉しいと思うよ。今までさんざん除け者扱いだったから」
アラトマはロゼスをじっと見ている。ロゼスは溜息を吐きアラトマに言い返した。
「アラトマ、お前には後でじっくり話したい事がある」
「……うん」
――――良かったわね、アラトマ。きっと全部上手くいく……。
「2人で話したい事があるなら、ロゼスとアラトマは先に帰ってろ。爛諭はこの騒ぎを誰かに嗅ぎ付けられていないか、確認を頼む。まだ使者がいるかもしれない。俺とリコリスは、決闘場ここの痕跡を消してから帰る」
ガゼロはそう仕切ると、アラトマと爛諭は素早く動き出した。アラトマは、有無を言わす事なくロゼスを連れて、瞬間移動した。爛諭もそれを見届けて消えていった。
私はというと、ガゼロの方へ向き直り丁寧にお礼を言った。
「時間を作ってくれてありがとう。……私の目を見たのかしら?」
「いや、ただ俺はロゼスと一緒にいたから、否応なしに知った事がある。それを一応お前に伝えた方が良いと思っただけだ」
「ガゼロはやっぱり優しいのね」
「そんなんじゃねぇ。むしろ……」
ガゼロは何かを言いかけたけれど、私の顔を見ると話すのを止めてしまった。
――――気になる言い方だわ。何を言いかけたのかしら?
悶々としている私を余所に、ガゼロは話し始めた。
「あの時……。俺が決闘場の奥へ進むと、ロゼスと首謀者がいた。首謀者と言ってもただの雑魚だが、その雑魚如きにロゼスは随分手古摺っていた」
「……どうして?」
「雑魚は称号の事を良く知っているみたいだった。始まりの国、原初の王が称号の力を使っていたという話から、この世界の歴史が始まる。リコリスも知っているだろ? その雑魚はその話を持ち出してきて俺たちに言った。原初の王だけが称号を使いこなせると。原初の王が蘇る時、俺たちの持つ称号の力は失われるらしい。ロゼスはそれに酷く動揺していた」
「そうだったの……。アラトマも同じような事を言っていたわ。毒を作った敵は始まりの国の……6人の幹部の子孫だって」
「雑魚が言っている事は、世迷い事なんかじゃねぇって事か。じゃあ雑魚どもの目的は、始まりの国の復活かその類か……」
「そもそも、どうして千年に一回なのかしら? 色々と機会はあるはずなのに」
色々と考え始めると情報が足りなくて、頭が痛くなってくる。ガゼロはそんな私の頬を両手で優しく引っ張った。
「にゃ、にゃにしゅるの?」
真面目に言ったつもりが、思いの外可愛い言葉が出た。
逆に恥ずかしいわ。
それでもガゼロは笑う事もなく、いつになく真剣な目を私に向けた。
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