44 お茶の時間(ティータイム)②
「……同じ模様ですね」
「それではお父さまもいつか化け物に……?」
「ええ、いずれは……」
否定して欲しいという想いはあっさりと打ち砕かれた。爛諭は不必要な言葉を削り、思った事を率直に話していく。それは正しい事なのに、今の私には胸が締め付けられるような思いだった。
「でも、まだ絶望はしないでください。もしかすると、人によって毒が身体を蝕む時間が違うかもしれません。その間に解毒剤を手に入れられたら……。可能性はありますよ」
「……そうかしら? お父さまは少なくとも3年前にはもう毒を身体に入れられていたのよ。それなのに、まだ化け物にはなっていない。遅効性の毒にしては遅過ぎる気がするわ……」
「強い毒なのでしょうが、抗う事が出来る毒なのでしょうね。毒に条件付きの魔法等が付与されているのは確かでしょう。でも、自然には排出されない厄介な毒ですから、解毒しない限り一生抗い続けなければいけません。考えたくはありませんが、解毒剤がない可能性もある事を念頭に置いておいて下さい。今の時点では、どれも予想に過ぎませんが……」
爛諭はそう言うと、重い溜息を吐いた。
爛諭の当てが外れる事を願いたいけれど、その言葉を覆す事の難しさが分かっている私には受け止めるしかない。
――――3年前にもっと早くお父さまの状態に気付いていたら、何か変わっていたのかしら?
今となっては無駄な事を考える。あの時、お父さまの恐ろしい顔を見たあの日から、私は距離を置いてしまったというのに。お父さまに思いを馳せると感情は沈み、目の奥がじんと熱い。お父さまはもうすでに手遅れだと思ってしまった自分をそっと飲み込んだ。
「動機も気になるね。なぜギルツァ・ゼツ・オーレア卿は毒を入れられたか……。ステラ島の実権を握ってはいるけど……」
「動機も気になるが、この毒を色々な国でバラ撒かれたら化け物だらけになるな。戦争どころじゃない、国がひっくり返る」
ガゼロがそう発言すると、ロゼスと爛諭は何か気付いたように顔を見合わせた。
「そういう事か」
「そういう事ですね」
2人の声が重なる。
ガゼロの言葉からヒントを得た私たちは敵の目的を仮定し対策を練った。話は面白いように進んでいく。窓の外が真っ暗だと気付いた頃には予定していた終了時間はもうとっくに過ぎていた。
キリの良い、話が煮詰まったところで戦略会議を終えると、ガゼロは「ごちそうさん」と言って一番先に部屋を出た。ロゼスはまだ爛諭と話をしている。少しずつ食器を下げながら、私は2人の話を聞いていた。
途中、ロゼスは私を見て褒めてくれた。貴族の令嬢の私が使用人のように手際が良い事をロゼスはよく見ている。奇異な目で見られてしまうと構えていたけれど、それは杞憂だったみたいで安心した。
果実茶とお菓子の感想を添えて、最後まで寛げたとロゼスはお礼を言った。お茶の時間という名の戦略会議なのに、その気遣いが嬉しい。
奥にあるキッチンの方へ茶葉を仕舞いに行くと、そのタイミングを狙ったようにロゼスは話題を変え、小声で話し始めた。小声で話すその声すら、私の耳は聞き取れるのだという事を2人はたぶん知らない。
見渡せる目の力の事はロゼスには伝えていたけれど、元々耳が良い事は伝えていない。
――――聞こえてしまうんだから、これは不可抗力よね。それとも盗み聞きになってしまうかしら? でも、少しくらいいいわよね。
2人がプライベートで話す内容には興味がある。
「爛諭がリコリスに媚薬を渡したと聞いたよ」
「……ええ、そうです」
「その媚薬の入手経路、詳しく聞きたいな。これでも感謝しているからね。ただ、前回はたまたま僕がいたから良かったけど、もし他の人がいたと思うと……ね?」
ロゼスの声はいつも通りだったけれど、言葉の切れ味は鋭くどこか攻撃的だと思った。
「……すみません。ではお詫びにまた媚薬を無料でお渡ししますよ」
「無料、か。ユリネス大公国の無料はどんな値よりも高いと聞くから……。これと交換しよう」
「これは――――! 色々と役に立ちそうですね。良いでしょう。ちなみに、媚薬の効果はどうでしたか?」
「そうだね、具体的に言うとしたら……」
――――え!? ちょっと待って! この場で爛論に言うの!? あんな事やこんな事があったなんて他の人に知られたら、精神的ダメージが計り知れない……!
「ロゼス、だめぇええ!」
素早くロゼスの前に飛び出すと、ロゼスも爛諭も笑いを堪えた顔をしていた。その瞬間、全てを悟る。
――――ああ、この2人ってこんな顔して笑うんだ。嵌められたわ……。
どんな仕掛けで私の考えている事が分かったのかは知らないけれど、なんだか悔しい。簡単に釣られてしまった私がちょろいのか、言い返す言葉も出ない。
「ごめん、笑い過ぎた。でも、盗み聞ぎなんてお行儀が悪いよ、リコリス」
散々笑った後、ロゼスが近付いてきた。耳元で「お仕置きだね」と囁く。耳がその言葉とロゼスの表情に敏感に反応してぞくぞくする。
ロゼスの手の上で転がされないように目で訴えるのが精一杯だった。
「フッ。では、私は夜の当番があるので、失礼」
私たちの関係を察したのか、爛諭は顔色を変える事なく素早く立ち去った。2人きりになった部屋で私とロゼスはソファに座り話をする。
「爛諭とは良い関係になれて嬉しいよ」
ロゼスは満悦しながら私の手を握った。同じ事で、同じ気持ちで、同じように笑える事は私も良い事だとロゼスに同意した。
――――ま、私を揶揄って遊ぶのは止めて欲しいけれど。
「ガゼロともそんな風になれると良いのにね」
そんな一言を付け加えると、ロゼスは「どうかな……」と天井を仰いだ。
「ガゼロとは仲良くは出来ないんじゃないかな? リコリスが手懐ければ手懐ける程、僕たちの関係は……」
「…………」
ロゼスが飲み込んだ言葉が何なのか、想像が付いてしまったかもしれない。
信頼関係を築けば築く程、ふとした瞬間に恋に落ちる事がある。男女の関係ならば尚更だ。そのつもりがなくても、ある日フラグは立ってしまう。
そのフラグを折ってしまったら、その後の関係はどうなるのか分からない。男女の友情などに上手く収まりはしない事だけは分かる。
もしかしたら、離れてしまうのかもしれない。一人でも欠けたら大戦争は止められないと思うのに、その中でのフェイドアウトは致命的だと思った。ゲームの中なら成立する万緑叢中紅一点もここではそれが命取りになる。
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