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42 空中散歩

「失礼」


ロゼスは軽々と抱き上げる。遠慮してもロゼスは降ろしてくれない。ひたすら戸惑っていると、ロゼスは「一瞬だから」と言った。


でも、裸足で歩いて来た私の足は所々擦り切れて汚れている。


「ロゼスの服を汚してしまうわ……」


なんとか説得して降ろしてもらおうとしても、ロゼスはただ笑うだけで私の方が困ってしまった。



「えーっと、ロゼ……ス? え……きゃぁああ―――!」



ロゼスは突然空高く跳んだ。それでもロゼスは変わらず笑顔のまま。生まれて初めてのお姫様抱っこは、心の準備が出来てなくて堪能する余裕がない。デンジャラスだ。ぎゅっとロゼスにしがみ付く。


――――跳んで、落ち、落ち……るぅ……。死ぬ……。






「あれ?」


水晶で出来た花形のステップを空中に浮かべ、そこを足場にしてロゼスは軽やかに着地した。夜の空中散歩はまるでおとぎ話の世界にいるような錯覚を覚える。


「これもロゼスが……?」


「そうだよ。仕掛けは秘密だから聞かないで」


途中、花形のステップの上でロゼスは私を降ろすと、ひんやりと冷たい水晶の感触が私の足を包む。何事かとロゼスを見上げると、腕を差し出された。


「リコリス、どうぞ」


――――エスコート? 空中散歩のデートに誘っているのかしら? 


私は都合よく解釈する事にした。もちろん誘いを受けて、2人で水晶で出来た花形のステップを軽やかに跳んでいく。


――――まるでダンスを踊っているみたいだわ。こういうのも良いわね。


社交場とか舞踏会とか一度も行った事はないけれど、きっとこんな感じに心が躍るのだと思った。ううん、噂好きのギャラリーがいない分、こっちの方が魅力的に違いない。


そんな楽しいひと時はロゼスの言う通り「一瞬」で過ぎ去り、「一瞬」で私の心を満たした。最後は地面にふわりと着地する。


「お見送りしてくれてありがとう。あ、そうだ。私、ロゼスに聞きたい事が……」


寮の入り口の前で、すっかり忘れていた塗り薬の事を思い出した。ポケットから慌てて取り出すと、それをロゼスに見せる。


「ロゼスなの? 昨日の夜、私を部屋へ送り届けてくれたり手当てをしてくれたのは……。枕の横に塗り薬(これ)が置いてあったわ。忘れ物かしら?」


ロゼスは塗り薬をじっと見つめながら、暫くの間黙っていた。


――――ん? 予想と違う反応だわ……。違っていたかしら?


ロゼスの顔色を窺いながら返事を待っていると、ロゼスはいつもの顔に戻って事の真相を話してくれた。


「……リコリスがガゼロの部屋を出た後、僕はキミの後を追った。それは確かだよ。木の下でキミが倒れていたから部屋まで送ってベッドに寝かせた。……それで怪我も治した」


「そうだったのね。ありがとう、助けてくれて。実を言うとね、昼休憩の時、塗り薬の持ち主を探すために探し回ったのよ」


「最初はユラだと思った?」


「うん、でもユラは事情を知らなかったから……。爛諭やガゼロは昨夜忙しかったと思うし、私と別れた後にわざわざ私を追いかけたりしないと思って」


「――――ごめん、追いかけて。余裕なかったから」


「……いいの、私もロゼスに何も言わなかったから……。それに、助けてくれた人がロゼスで嬉しいわ。接点のないアラトマだったら焦るもの」


ロゼスは私の手から塗り薬を受け取ると、複雑そうな顔をしてその薬を見た。


「……どうかしたの?」


「いや、ユラの薬はよく効くから有難いなと思っただけだよ。それじゃあ、おやすみ」


ロゼスは私の頭にキスを落とした後、特別寮へと帰っていった。余韻に十分に浸ってから私は寮部屋へと戻った。



◇◇Side ロゼス◇◇



リコリスの部屋の灯りが付くのを確認すると、ロゼスは特別寮へと足を向けた。草を踏みながら、ロゼスはリコリスから貰った塗り薬を見た。


「おかしいよね。僕はリコリスの部屋に塗り薬なんか置いていない。治癒の魔法が使えるから、そんな事をする必要がない」


ロゼスは先程から込み上げてくる感情を押し殺して言葉にした。裏庭を駆け回る風が徐々に強くなっていく。


「入学日にユラから貰った塗り薬、失くしたと思っていたよ。誰かが僕の部屋に入ったのかな」


ロゼスは塗り薬をコインのように真上に高く投げてからそれを受け止めた。歩きながら、考えながら、たまに塗り薬を真上に投げて受け止めた。考えがまとまるまでそれを繰り返した。



昼間の風と違って、夜の風は少し肌寒い。遮るものが何もない裏庭では、たまに風は暴れるように吹く。しかし、ロゼスから微かに漏れ出した殺意の匂いを感じ取って、風はロゼスを避けて吹き荒れた。


「僕の部屋だけじゃなくリコリスの部屋にも入ったのか。僕がリコリスの部屋を出た後に……」


ロゼスの怒りは波紋のように静かに広がっていった。夜の闇の中をただ静かに――――。


「……学園生活2日目なのに、どいつもこいつも気が早くて困るな。まあ3年間のお預けよりも楽しいから良いけど……」


ロゼスは服に隠れていた首飾りを取ってポケットに仕舞った。そして、思い出し笑いをしながら言った。


「僕もリコリスも、似てるよね。制御装置なんか付ける所が特に……」


その瞬間、ロゼスは消えた。

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