25 探り合いと品定め
「ねぇ、キナナは何の科目を履修するのかしら?」
「……そうね。取りあえずバランスよく履修するわ。貴女は?」
「私は取りあえず、1年間は歴史学だけを学ぼうと思っているわ」
“歴史学だけ”という言葉にキナナは驚いたようで目を見開く。それからすぐに目をつり上げて、大きな声で言った。
「貴女ってバカなの? そんなものが一体将来何の役に立つのよ!」
「それは……。歴史を学んで人の行動を変える……とか?」
「――――ッ」
キナナは一瞬だけ顔を歪ませた後、黙ってしまった。そんなキナナに、私も気になっている事を質問してみる。
「キナナは、将来どんな風になりたいの?」
「――――え?」
難しい質問をしたつもりはないけれど、困らせてしまったのは確かだと思った。最初は無反応だったキナナの顔が、段々と脱力した笑みを浮かべ始める。
「何を選んでも……きっと両親の操り人形にしかなれないのよ」
生徒たちの談笑でその小さな声は搔き消されてしまったけれど、私の耳はちゃんと小さな叫びを聞く事が出来た。
力になれそうな糸口を見つけて、思わず口の端を上げる。
「ねぇ、キナナ。私が一緒に探すわ。キナナを操る糸の断ち切り方を……」
「え!?」
橙黄色の瞳は縋るように私を見た後、次の瞬間には影を落とす。強く握り締めているキナナの手が何か言いたそうに震えていた。
「ご、ごめんなさい……。私、寮へ戻るわ。用事を思い出したから」
「あ、キナナ……」
顔から冷や汗が垂れて、顔色も悪く青白い。震えているのは手だけではなかった。悪女の代名詞を引っ提げて、いつも自信に満ち溢れているキナナとはまるで別人の姿だった。
――――何に怯えたのかしら?
キナナがいなくなった教室中をぐるっと見渡してみる。すると、ある事に気付いた。
騒めきに溢れる生徒たちの談笑は、腹の探り合いをしている事。それから、生徒たちの目線は話している相手ではなく、自分以外を常に観察している事。ぞっとする程の気持ち悪い視線が飛び交っている。
――――キナナを苦しめている敵は、両親だけじゃない。この特別級にもいるんだわ。それを炙り出して、キナナを助ける。時間はかかっても友達として仲間に引き入れるわ、絶対に。
その場を離れて扉近くまで移動すると、適当なグループを見つけて声をかけた。
「履修科目、決まったかしら?」
その間も視線を外に向けて、さり気なく生徒を1人ずつ観察していく。
――――誰なのかしら。
ゲームの中のキナナは、誰かに怯えているような素振りはなかった。それなら「思い出の花2」でキナナを苦しめている犯人が出てくるのかもしれない。どっちにしても、キナナを追いかけるよりも犯人を捜す方が先に思えた。
情報を集めないと、むやみに動けない。
適当に相槌を打ちながら、私も他の生徒たちがしているような腹の探り合いをする事にした。
暫くそんな事をしていると、突然、教室の外から声がする。
「おい、螺旋階段の下に!」
大きな声で誰かが叫んだ。
「初めて見たけれど、お美しいわ」
「凄いな」
何かに見惚れるような声もする。
そんな会話を聞いた生徒たちは、皆鋭く察して教室を飛び出した。腹の探り合いよりも、余程そっちの方が気になるらしい。それを一目見ようと生徒たちは押し合い圧し合いして、螺旋階段から何かを見下ろしていた。
「支配者一族のお出ましだ」
皮肉った声が聞こえると、騒がしい声が静まり返った。
――――まさか!
螺旋階段に沢山の生徒が集まっていたけれど、私もロゼス様を確認しようと僅かな隙間を探す。
普段は決して出来ない支配者一族をここぞとばかりに生徒たちは見下ろして、品定めするような視線を四方八方から向けていた。
――――私も同じだわ。この場所にいるという事は、私も同じ“野次馬”。もっとロマンティックな再会がしたかった……。
隙間を見つけて攻略対象者の5人の小さな姿を確認して、そんな自己嫌悪に陥る。
5人は野次馬の視線を浴びても、誰も気にしてはいない様子だった。見下ろしている私たちをジャガイモやカボチャくらいの存在としてしか見ていないのかもしれない。
それでも良い。どんな風に思われようとも、ロゼス様の姿を目の端に入れる事が出来て良かったと思う。金色の髪も宝石のような青い目もあの頃と変わりなく綺麗で、感情は稀薄ではなかったから。
――――うん、一目見れて良かった。
それから周りに気付かれないようにその場から消えた。
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