16 こうして私は乙女ゲーム史上最強の主人公になった
第一章の物語はゆっくり単調に進みます。
あれから私は、休みの日以外はアカネイラ先生の過酷な授業を受けた。
称号や風についてはもちろん、魔法学、武術学、戦争学、動物学、歴史学など多岐に渡る分野を一通り教わり、実技練習もした。
歴史学のような暗記授業は、島の人を呼んで“ディベート”という形式で歴史を考察した。それもあり、差ほど苦労せずに覚えられた。
アカネイラ先生の実力や指導力は、申し分ない程優秀だった。
けれど、この3年間の事を誰かに説明しようとすると私の体は拒絶反応を起こし、吐き気を催す。
そのくらい過酷な日常の連鎖だった。
だって、実技練習の中身が少年漫画のような汗と血と涙の練習だなんて誰が思うかしら……。
『こんなの全然乙女ゲームじゃない』って何回も思った。
これでも私、貴族の令嬢である主人公だったはず……。
それなのに、泥にまみれ、砂を噛み、柔肌は擦り切れる。筋繊維は損傷と回復を何回も繰り返して、色々と逞しくなるし。精神は傷付き、気高さや品位は失われていくし。人格も少し歪んだかもしれないわ。
チートとまではいかなくても、何か“特別な力”があっても良いんじゃないかしら。何も3年みっちりやらなくても……。
そんな過酷な状況でも、逃げる事も投げ出す事も出来なかった。地の果てまでアカネイラ先生が追いかけてきたから。
真面目な私でも心が折れる瞬間はあって。
島のどこにも落ち着ける居場所がないと心が脆くなってしまった。
――――それが授業を受け始めた頃の私の様子。
それ以降も手綱を緩めることなくアカネイラ先生の授業は続き、やがて私もそれに順応していった。
慣れた訳じゃない。ただある物に縋り祈っただけ。
相変わらず、先生の授業は横暴だった。
学生時代の部活動を思い出させる基礎体力作りの走り込みに、剣術の稽古の日もあった。
魔法の授業で、自分自身をステラ島の海まで吹っ飛ばし、溺れかけた日もあった。
戦争学の授業では、アカネイラ先生の分身に昼夜問わず追いかけられて、トイレとか……うん、間に合ったけれど困った日もあったわ。
神と同列の生き物だとされるドラゴン探しに1年の野宿生活を強いられて、お腹が……(以下自粛)だった日もあった。
それ以上に酷い「何か」があったはずなのに、思い出そうとすると吐き気がする。身体が思い出す事を拒絶し、脳が私を守るために記憶を切り落としてしまったらしい。
それ程までに、淑女として色々と失ったものが多い3年間だった。無垢で純粋で真面目だった私は、したたかさを秘めた顔付きになって少しばかり可愛くなくなった。
“乙女ゲーム”から“暗躍令嬢ゲーム”にジャンル変更されても、もう不思議に思わない。
ただ1つ救いなのは、あんなに過酷な授業だったのにも関わらず、私の身体は筋肉マッチョにはならなかった事。
柔肌に付いた傷は、ユラ・フィラ様から貰った塗り薬で痕にはならずに綺麗に治った。
3年前より背も髪もまた一段と伸びて、少女と大人の顔を行き来している。
中身は…………………………色々と失ったけれど。
こんな3年間の出来事を、記録の魔法を使い毎日欠かさず記録していた。でも、この3年間を記録した日記帳だけは、見返す事はしないと決めている。
せっかく脳が記憶を忘れているのだから、その「何か」を思い出さないためにも……。
◇◇ ◇◇
今までの日記帳や3年間の過酷な授業を記録した日記帳、それと新しい日記帳をかばんに入れた。
鏡を見て姿勢を正す。どことなくロココ調の雰囲気をした黒基調の制服は、私にミステリアスな魅力を持たせた。まだ馴染まない制服を色々な角度で確認して、口角を持ち上げて笑った。
「うん、大丈夫だわ」
制服の上からローブを羽織り、左手の薬指にはめた指輪を見た。
この指輪が過酷な3年間の支えだった。
「ロゼス様、覚えているかしら……」
期待と不安が胸を掻き立てる。
3年前のあの日しか会った事がないのに、そのたった1回の出会いが忘れられなかった。
良く知りもしないのに、恋に落ちてしまったなんて可笑しいのかもしれない。参考に出来る程の恋愛などした事はないけれど、ロゼス様の事を知りたいと思えるこの感情は、きっとその類のものだという確信はあった。
「祈りや信仰では何も救えないぞ」と罵倒するアカネイラ先生の横でも、はしたなくロゼス様に貰った指輪に縋っていたっけ。
心が病みかけた時、この青い宝石を見るとロゼス様の瞳を思い出して、自分を奮い立たせていた。
そんな3年間の“会えない”状況は、私の中でロゼス様のイメージを良くも悪くも絶対的なものにしてしまった。
最後の仕上げに櫛を手に取る、いつもより時間をかけて髪に櫛を通していく。
ロゼス様はどんな風に成長したのかしら?
心見の森で泣いていた男の子はゲームのシナリオ通り、完全無欠の王の称号を手に入れる代わりに感情を失くし、無口で冷酷な皇子となっているのかしら?
それとも――――。
役目を終えた櫛を鏡台に置き、荷物を手に持つ。
がらんとした私室を見渡すと「その日」が来た事を実感した。
必要な物は全部あの島へと送ってしまった。だって今日は、月兎の刻997年、聖教王都学園の特別級に入学する日、待ちに待った日なのだから――――。
「行ってきます」
浮足立つ気持ちを抑えきれないまま、14歳の私は部屋を飛び出した。
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