15 家庭教師(ガヴァネス)との出会い②
第一章の物語はゆっくり単調に進みます。
「えっ?」
――――地震!?
突然地面がぐらぐらと揺れ出した。
アカネイラ先生に質問をしたいのに、バランスが保てない。目の前のアカネイラ先生は地面が揺れていても、しっかりと足を付けて笑っていた。
揺れが収まってから先生に聞いてみる。
「先生、これは?」
隠し通路の入り口のように見えるそれは、風を吸い込んでいた。
揺れているような感覚のまま、なんとか歩いて入り口を覗いた。地下へと続く階段の先は暗くて良く見えない。顔を近付けると風に引っ張られた気がした。その拍子に身体がびくつくと、先生は私を見てまた笑った。
そして、こう言った。
「これは戦時の為の備えだ。地下には武器や食料品が仕舞ってある。どこの国にもそんな備えがしてある。ステラ島の肉屋、魚屋、花屋だって、戦争が始まれば戦争で使える道具を売る。お前の着ている服はピーロットで買ったものだな? その店は戦争が始まれば武器を売るんだ。きっと千年の節目に向けて、たんまり武器をため込んでいるぞ」
先生は私の知らない事を次々に話してくれた。
「そんなの知らない……」
そう言うのがやっとだった。
あんなにフリフリで可愛らしいドレスを売っている店に、武器があるだなんて想像だにしなかった。私って本当に無知だったんだわ。
店も人間も隠された裏の顔がある。それは私自身もそうだし、目の前にいるアカネイラ先生も例外ではないだろう。考えればすぐ分かるのに、そんな事で一々傷付いている自分の弱さが嫌になる。
俯いてしまった私に、先生は容赦なく話を続けた。
「ああ、そうだろう。それにお前は、知らなかったでは済まないから私を呼んだのだろう? その選択は正しい。今日から3年間、お前に全てを叩き込む。情報も、戦術も、信念も、全部盗んでいいぞ」
――――あ、そうか。少なくとも今の先生には表も裏もない。私に真摯に向き合ってくれているわ。
そう思うと、やっとアカネイラ先生の目を見る事が出来た。嬉しくて身体が震えるのは初めてかもしれない。
出会えた家庭教師が先生で良かったわ。
「……アカネイラ先生、感謝します」
「あと、これだけは言っておく。今、私とお前の間には師弟関係の絆が結ばれた。でも、この絆は戦時においては無意味だという事を理解しておけ。戦時になれば、私はお前を簡単に裏切るぞ。私に限らず、全ての人間を疑え。戦時には」
「あ……」
確かに「思い出の花2」は大戦争の物語。アカネイラ先生がそう言うのだから、裏切りが横行する事は当たり前なのだろう。その先で命を落とす事も。
それでも、先生にそうはっきりと言われてしまうのは心苦しい。
アカネイラ先生は、厳しい事を包み隠さず教えてくれる良い先生だ。そんな先生の言う事でも、これは信じたくなかった。だって攻略方法がないだなんて、そんなのあるはずがない。
乙女ゲームなら、皆がハッピーエンドになれる道が残されているはずだわ。
猜疑心に翻弄されて刃を向けるのはきっと簡単だ。
その先にある終幕も大体予想が付く。私が迎えたい終幕はただ一つ。だから先生、ごめんなさい。私は悪足掻きをしてみようと思います。先生に言われた通りにするのではなく、自分の頭で考え、自分の感情に従うわ。
戦時の時に疑わなくてはいけないのというのなら――――その前に確固たる絆を結び、信頼関係を築く。どんな環境に置かれても、揺るぎないものがあるのだと信じたい。きっとロゼス様もそう願っているから……。
「先生、一つ質問があります」
「何だ?」
「私は、次の千年の節目に起きると思われている大戦争を止めたいと考えています。出来ると思いますか? 何か良い方法はないでしょうか?」
先生は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、大笑いした。散々笑った後に、風を私の身体に押し中ててくる。その風はまるで風のように私の身体に吹き付けた。
「さあね。先人たちにもそういう考えの人が少数いたようだが、平和というものはどうも長くは続かない。力を持つものが正しい力の使い方で決して驕らなければ……。いや、それでも愚か者がいる限り難しい。国が正しい在り方をしていても、敵国は生まれるからな。で、お前はどうする? 私の言葉を聞いて諦めるのか?」
「あ、諦めません。まだ一歩も踏み出していないのに。それに約束したから……」
先生は風をさらに強く中ててくる。足に力を入れて踏み止まるのがやっとだった。
「先生、どうすれば先生は……私の仲間になってくれますか? 決して裏切らない、そんな仲間に……」
腕を顔の前で交差して風を防ぐ。頼りない身体は何度も浮きそうになった。それでも気持ち程の僅かな距離を縮め、少しずつ先生に近付いていく。
先生の目は冷たい。
「3年も時間がある。その間に自分で答えを探しな」
「……はい。絶対に見つけて、先生を仲間にします……」
先生はそれ以上何も言わなかった。それから一気に風を解いた。
その反動で私は豪快に転んでしまった。
「痛い……」
それでも、先生は私に手を差し伸べたりしなかった。服や身体に着いた砂を払って立ち上がると、先生を真っ直ぐに見据えた。
――――この日、この場所から、3年間の過酷な授業が始まった。
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