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(あら、やっぱり)
カフェに入ってきた従者を見て、リリアナはため息を吐いた。
我が家ではなくウエード侯爵家の者なのだが、ここ一年で何度も顔を合わせている。
いつも不愉快な伝言を持ってくるので、もう姿を見るだけで顔をしかめたくなるが、子爵家の長女でしかないリリアナが、上位貴族の使用人に失礼な態度を取るわけにはいかない。
にっこり笑って、向かいに座る婚約者に、侯爵家の従者が背後からやってくることを教える。
「チャールズ様、お嬢様がお呼びです」
従者は尊大な態度でたったそれだけしか言わなかった。リリアナなどまるでそこにいないかのように完全に無視している。
だが、婚約者であるチャールズはそんな無礼を咎めることもなく、さっと椅子から立ち上がった。
「リリアナ、すまない。この埋め合わせは必ずするから」
そう言うと、返事も聞かずに去っていった。
リリアナの従者は慣れたもので、こちらが命じる前に彼の後を追っていく。
(どうせなら注文する前に来てくれればいいのに…)
リリアナは目の前に運ばれてきた二人分のケーキと紅茶を眺め、再び大きなため息を吐いた。
***
リリアナ・バークレイは子爵家の長女で、一年前、チャールズ・ペイトン伯爵令息と婚約した。
彼は嫡男で金髪碧眼の美男子だったから、なぜそれほど裕福でなく、家格も高くないバークレイ家に縁談が持ち込まれたのか不思議でならなかった。
リリアナ自身はといえば、茶褐色の髪に薄茶の瞳に至って普通の容貌であり、華やかな彼と並ぶといささか不釣り合いと言われても仕方がない。
特に好きな相手が居るわけではなかったが、身の程知らずと陰口を叩かれたくなかったから、できれば断りたかった。
だが、喜んだ両親が娘の意思など聞くこともなく、さっさと婚約を結んでしまったのだ。
チャールズはすでに王立学院を卒業しており、今は父である伯爵様に就いて執務を学んでいる。二年後、リリアナの卒業を待って結婚することになった。
何か言われるのではないかと冷や冷やしながら学院に行くと、意外なことに友人たちから同情のまなざしを向けられた。
「あなた、これから大変よ。チャールズ様はエレノア様の忠犬、いえ、忠実な友人ですもの」
さっぱり意味がわからず、リリアナは首をひねった。
(何が大変なのかしら?)
エレノアはウエード侯爵家の令嬢で、金褐色の髪に緑の目をした華やかな美人だ。
チャールズと同い年だから学院で親しかったのかもしれないが、今は卒業しているのだし、エレノアにも婚約者がいたはずだ。
「そのうちわかるわ」
哀れむような視線を投げられたが、彼女の言葉は正しかった。
婚約者との交流はリリアナが学生だからということもあり、学院が休みの日に限られる。だが、チャールズと顔を合わせていくらも経たないうちに、必ずと言っていいほどエレノアから呼び出しが掛かるのだ。
バークレイ家での茶会はもちろん、ペイトン家の茶会であれ、カフェでのデートであれ、観劇であれ、時や場所、場合を選ばぬ呼び出しに、チャールズはすぐさま応じる。一度として断ったことがない。
何度か引き留めたが、困っている彼女を放っておけない、必ず埋め合わせはするからという決まり文句を繰り返し、リリアナをひとり残して去って行く。
両親に相談しても、あちらのほうが身分は上なのだからおまえが弁えなさいの一点張りだった。しかも、立派な婚約者に不満を抱くなんて贅沢だと言われ、おかしなことを外で言いふらすなと口止めされたせいで、友人たちに愚痴をこぼすこともできない。
婚約者に蔑ろにされる辛い気持ちを誰にもわかってもらえず、リリアナのストレスは溜まる一方だったが、事態はますます悪くなっていく。
チャールズに初めてエスコートされたのは王宮での夜会だった。
もしかしたらエレノアに紹介されるかもしれないと思ったが、チャールズにはまったくその気がないようだ。自ら近づくことはせず、ただずっとエレノアを目で追っている。
エレノアの隣には婚約者であるライアンがいた。
チャールズよりも濃い色の金髪と鮮やかな青い瞳を持つ彼はクラレンス公爵の次男で、ウエード侯爵家に婿入りした後は、彼が爵位を継ぐことになっていた。
しかし、ライアンは用意された未来をありがたいものだとは思っていないようで、かろうじてエレノアとファーストダンスは踊ったもののすぐに彼女から離れ、栗色の髪に鳶色の目をした可愛らしい令嬢の手を取り、ずっと恋人同士のように寄り添っている。
マリア・コール子爵令嬢。
彼女のことは学院の同級生だから知っている。大きな瞳が印象的で、小動物のように愛くるしいと男子生徒の間ではとても人気があるが、誰にでも甘えるという悪癖があるせいで、女子からは嫌われている。
まだ婚約者はいないと聞いているが、すでに縁談が整っている男性に対してこの態度では、同じぐらい、もしくは相手以上に非難されることだろう。
「たかが子爵の娘が公爵令息に侍るなどっ……」
チャールズが拳を握って、憎々しげに吐き捨てる。
最初に身分のことを口にするあたり、やはりあの伯爵夫妻の息子なのだと納得してしまう。
友人たちは諫めるどころか、ふたりを囲んで楽しげに談笑している。しかも、時折、意味ありげな視線をエレノアに送るものだから、ただでさえ自尊心が強い彼女は顔を真っ赤にして彼らを睨み付けている。
「すまない、ちょっとここで待っていてくれ。エレノア様をおひとりにはできないから」
(えっ?)
疑問の声を上げる間もなく、当たり前のように置き去りにされた。
(わたしならひとりにしても良いと言うの?)
初めて婚約者と参加した夜会でたった一曲ダンスを踊っただけで、あとはずっと放っておかれたのだ。恥ずかしいやら情けないやらで、すぐにでもその場から立ち去りたかったが、チャールズの言葉に逆らうことができず、壁際に立って待ち続けた。
結局、彼は夜会が終わりに近づくまで戻ってこなかった。
帰りの馬車の中でも謝罪の言葉ひとつ口にしないどころか、自分が待っていろと言ったことなど忘れてしまったようで、リリアナももっと社交的になるべきだと諭してきたのだった。




