第九十七話「EX-エルナIF:エルナと付き合うことになった件」
※完全IFのお話です。本編とは違う世界線として、ゆるく読んでください。
—
エルナに召喚されてから、本当にいろいろあった。
たくさん失ったものがあって、たくさん泣いて、たくさん怒って。
でも、一つだけ確かなのは、俺は今もこの工房でエルナと暮らしているということだ。
エルナはずっと隣で、俺をジュディとして支えてくれた。
そんな彼女の気持ちに応えたのは、いつのことだったか。
今日も、彼女との一日が始まった。
—
朝食を一通り揃えて、時計を見た。
そろそろ、エルナを起こしに行く時間だ。
この世界に来て割と最初の方から、彼女を起こしに行くのは俺の役目だった。
エルナの寝室の扉をノックする。
「エルナ、起きてるか?」
……。
返事がない。
俺は扉を開けて中に入った。
布団にミノムシみたいに包まっている。
「エルナ〜。朝だぞ?」
「むん。」
むんって、なんだ?
「エルナ?」
「一生懸命……。」
「ん?」
「一生懸命……生きてんの。」
「……そうか。」
「邪魔しないで……。」
「……。」
寝言の意味が、分からなかった。
たぶん、起こすなってことだと思う。
でも、朝食を作ってしまった。
できれば、冷める前に食べてほしい。
「エルナ〜。頼むって。」
布団を剥がし、顔を覗き込む。
眠っていた。気持ちよさそうに。
少しだけ、口が開いている。
……ちょっと腹が立ってきた。
俺はエルナの髪を摘み、鼻をくすぐった。
——こちょこちょ。
「ふ、ふん……。」
「……。」
「ふ、ふぇ……」
——ぶしっ!
エルナの目が、開いた。
「おはよう。」
「……おはよう。」
意識がはっきりしてきたのか、みるみる顔が赤くなっていく。
掛け布団で顔を半分隠した。
「……今のくしゃみ、見た?」
「見た。」
「……最悪。」
「起きないのが悪い。」
「……ジュディ、なんかした?」
「……ご飯、できてるよ。」
「答えなさいよ。」
鼻をくすぐったと答えたら、エルナにポカポカと肩を叩かれた。
—
目玉焼き、ベーコン、トースト。
いつもの朝の食卓だった。
エルナがコップを両手で包んで、ぼんやりしている。
朝の彼女はいつもこうだ。
起きてからしばらくは、半分夢の中にいる。
「ジュディ、今日の予定は?」
「傭兵の仕事があるけど、今日はガレスの調査待ちだな。」
「そう……。私も、今日は時間があるの。」
「ふ〜ん。デートする?」
「デ!」
エルナがトーストを片手に固まった。
あれ?何かまずかったか?
エルナが、こほんっと咳払いをした。
「ジュディがしたいなら、してもいい。」
可愛い。
……なんか、意地悪をしたくなった。
「エルナがしたくないなら、いいや。」
「え?」
「魔術式の勉強でもしようかな。」
「……うぇ。」
あ、泣きそう。
やりすぎたかも。
「嘘うそうそ!やろう!デート、しよう!」
「……ジュディ。私、気付いたことがあるわ。」
「なんでしょうか。」
「あなたに冷たくされると、想像以上に痛い。」
「……。」
「ので、止めてください。」
「ごめんね?」
「いいよ。」
その後、朝食を済ませて彼女の髪をブラシでとかす。
その間、エルナは俺に寄りかかって歯を磨く。
いつの間にか生まれた、二人の習慣。
それがなんだか、とても心地よかった。
—
それぞれ身支度も終わり、デートに行くはずだった。
なのに、なぜか俺はエルナと書斎にいた。
「……出かけるんじゃ、なかったのか?」
「うん。本当は書店に行きたかったのだけど、まずは整理をしようと思って。」
「えっと。なんで?」
「これ、見て。」
エルナが、両手に本を持った。
同じ本だった。
片方は俺が買った本。
もう片方は、おそらく元々この書斎にあった本。
……被っていた。
「あなた、書斎を見ずにバカスカ本買いすぎ。」
「……ごめん。」
「魔術式に興味を持ってくれるのは嬉しいけどね。」
そんなこんなで、まずは本の整理をすることになった。
意外と被っているものが多かった。
申し訳ない……。
「ジュディ。」
「うん?」
「これ、買った?」
「あ、買った買った。結構良かった。」
「あなたじゃ、まだ難しかったんじゃない?」
「え、そんなことなかったけどなぁ。」
エルナが、驚いた表情で俺を見ていた。
少しだけ間を置いて、口を開く。
「あなた、もうそこまで理解できるのね。」
「ん?」
「正直、驚いた。」
「ふふん。」
「あ。なんか、ちょっと腹立つわね。」
ちょっと理不尽じゃない?
ちょこちょこ会話を挟みながら、本の整理を進めた。
「ん?これ何だ?」
ちょっと、他の本とは違うポップな表紙に目を取られた。
タイトルをなんとなく読む。
——サルでも分かる恋愛術 ~意中の相手を逃さないために~
「……。」
思わず、固まってしまった。
まとまらない思考が、頭を巡る。
「ジュディ?どうしたの?」
「んえ!?」
反射的に本を体の後ろに隠した。
「……。」
「……。」
沈黙。
「今、何か隠した?」
「ん?いんや?何も?」
自然と目が泳いでしまった。
動揺を隠しきれなかった。
「……出しなさい。」
「いや、何もなかったって。」
「出せ。」
「へい。」
おずおずと、本をエルナに見せる。
この先、ただでは済まない。
なんとなくそう思った。
「……っ!?」
本を見た瞬間、エルナの顔が高速で赤くなる。
そのまま、持っていた本を高速で取り上げられた。
「……。」
「……。」
また、沈黙。
予想通り、ただでは済まない空気が立ち込めた。
「……忘れなさい。」
「え、なんのこと?忘れた。」
「……私も、私なりに必死だったの。」
「だから、忘れたって……。」
「あなただけは、逃したくなくて。」
「……。」
逃げるわけ、ないじゃないか。
何か、エルナを不安にさせる要因が俺にあったのだろうか。
「エルナ。」
「……何よ。」
「ちょっと、失礼。」
逃げるわけないだろ。
そう言う代わりに、俺は一歩近づいた。
エルナを抱きしめた。
言葉で説明するより、その方が早い気がした。
エルナは何も言わず、俺の腕の中で固まっていた。
「……ジュディ。」
「何?」
「ありが、とう。伝わった。伝わってるわ。」
「好きだって、伝わった?」
「つ、伝わった。伝わった!」
あたふたするエルナをよそに、俺は少しだけエルナを抱きしめ続けた。
—
書斎の整理をしていたら、昼頃になっていた。
書店に行く前に、腹ごしらえをすることになった。
結構な頻度で行くラーメン屋。
エルナと俺の行きつけだった。
「へい!らっしゃ……。なんだ、あんたたちか。」
「なんで残念そうなんだよ。」
「いやいや。そんなことねーって!座って座って!」
座席に座り、メニューを見る。
と言っても、頼むのはいつものメニューだ。
「エルナも、いつものでいいか?」
「えぇ。」
俺は、注文を取ろうと店主を見上げた。
目があった。
何かを企んでいるような顔だった。
「あの、何か?」
「……裏メニュー、新作あるぜ?」
「新作?」
「名付けて、濃厚ラーメン酸味無双だ。」
「それ、いただけるかしら?」
エルナが食い気味で注文した。
俺も、なんとなく同じものにした。
「はいよ!酸味無双、お待ちどぉ!」
「……。」
——ムワァ。
テーブルに置かれたラーメンから、強烈な酸味の香りがした。
今までの比じゃない。
香りだけで、そう確信できた。
思わず、隣のエルナを見る。
「……さいっこう。」
うっとりした顔で、麺をすすっていた。
い、いくしかねぇ。
覚悟を決めて、俺も麺をすする。
「……ごっふぁ。」
案の定、むせた。
「ジュディ。」
「ん?」
「無理して、私に合わせなくてもいいのよ?」
「いやいや。最初だけで後から慣れてくるんだなこれが。」
「……無理してない?」
「してない。食いたくて頼んでるんだよ。」
「ふふふ。そう。」
エルナは上機嫌だった。
「あなたは、変わらないわね。」
そんな声が、横から聞こえた。
………………。
…………。
……。
ラーメンを食べ終わり、会計を済ませる。
店主が唐突に俺に質問をした。
「……あんたら。付き合ってるのか?」
「え、なんでです?」
店主がこんな話をしてくるのなんて初めてだ。
少しだけ、驚いた。
「あ~。ウチのバイトがな、あんたを気になっているって言っていてな。」
「……はぁ。」
「脈ありかどうか、それとなく探ってやりたくてな。」
「……(殺気)。」
背後から、視線を感じた。
いや、これ俺、悪くなくないか?
「え~、付き合ってます。なので、脈はありません。」
「……そうか。なんか、悪いな。」
「いえ。じゃあ、また来ます。」
会話もそこそこに、店をエルナと出た。
エルナが、出ると同時に口を開いた。
「あなた、ニヤニヤしてたわね。」
「してないよ。」
「してた!絶対してた!」
なんで怒られるんだ……。
少しだけ、店主を恨んだ。
「まぁ。好意を寄せてもらえて悪い気はしないだろ?」
「私がいるのに?」
「いや、まぁ……。」
曖昧な言葉になってしまう。
なんと言ったら正解なのか分からなかった。
「絶対、私の方が好きよ。」
「えっと、何の話?」
「ジュディのこと、私が一番好きよ。」
「……。」
なんか、張り合い始めた。
でも、とても嬉しかった。
—
書店で本を何冊か買い、店内に併設されているカフェで本を読んだ。
外に出たら、すでに夕方だった。
「意外と、時間経ってたわね。」
「あぁ。お互い熱中すると時間忘れるタイプだしな。」
「あら。私は別に忘れてなかったわよ?」
「……。」
嘘だと思ったが、口には出さなかった。
そのまま、二人で帰路につく。
しばらく二人で歩いていると、エルナが口を開いた。
「ジュディ。」
「なんだ?」
「わ、私たち、ね。」
「うん。」
「す、好き合ってるのよね?」
「あ、あぁ。少なくとも、俺は好きだよ。」
「……。」
エルナが、静かになった。
俯いて、何かにずっと耐えているみたいだった。
「え、A……は、いつするの?」
「Aって、なんだ?」
「キス。」
「——ぶ。」
思わず、吹き出した。
「す、少なくとも、今じゃないな。」
「汗凄いわよ?」
「急に動揺させるようなこと言うからだよ!」
「……動揺したの?」
「するだろ。普通。」
エルナが少しだけ考える素振りをした。
「私とは、したくない?」
「超したい。」
即答だった。
「ふ、ふふふ。ダメね。ニヤけるわ。」
両手で自分の頬を掴んでグニグニしている。
何それ、可愛い。
「エルナ。」
「なに?」
「家に帰ったら、しよう。」
「……わざわざ言わないで、バカ。」
「野暮ですかね?」
「野暮!超、野暮よ。」
「そっかぁ。野暮かぁ。」
「えぇ。野暮野暮よ。」
笑いながら、二人で歩く。
「これなら、今でもいいでしょ?」
エルナが手を差し出してきた。
何をしたいか、すぐに分かった。
「あぁ、これなら。もちろん。」
エルナの手を握った。
そのまま、指を交互に絡ませる。
「……わっ。」
「あれ?普通の方がいい?」
「ううん。こっちの方が、いいかも。」
そのまま、二人の目線が合った。
エルナの顔が赤い。
たぶん、夕暮れのせいではなかった。
「っぷ。ふふ。ふふふ。」
エルナが、急に笑いだした。
「どうした?」
「ふふ。ごめんなさい。なんか、分かっちゃって。」
「何を?」
「これって、あれね。」
「あれ?」
エルナは俺を真っ直ぐに見た。
今まで見た中で、一番眩しい笑顔で。
「幸せってやつね!」
俺も、そう思った。
夕暮れの照らす道を、二人で歩いた。
第九十七話、お読みいただきありがとうございました!
完全なるIFのお話でした。
本編ではたどり着けなかった、エルナとの一日です。
ただ、笑っていてほしかった。
それだけで書きました。
次回から、いよいよ第二部へ続きます。
第二部の準備のため、二〜三週間ほど間が空きます。
少しだけ、お待ちいただけると嬉しいです。
ブクマやコメントをいただけると、エルナがニヤけます。
よろしくお願いします!




