第五十話「ゼノ・アルカナ」
カルディアの中央に位置する大企業、アルカナ。
その一室では、役員における会議が行われていた。
俺——ジャス・サインは、カルディア政府責任者であるフレム・ノアの護衛として、部屋の端に立っていた。
長机を囲む顔ぶれを、静かに確認する。
- 上座に、100年アルカナの社長として君臨するゼノ・アルカナ。
- 軍事開発部門責任者であるゴード・ラムス。
- 技術研究部門責任者のネル・クライス。
- 都市開発部門責任者を担うエルド・ヴィオ。
- そして、俺の正面にフレム・ノア。
錚々たる面子だ。
ここにいる人物が、世界を動かしていると言っても過言ではない。
「報告を聞こう。」
ゼノが、静かに言った。
老いを感じさせぬ、圧があった。
「はい。」
ゴードが、傷だらけの手で端末を開いた。
大柄な体に似合わず、声は淡々としていた。
「MANAが、例の人物と接触したようです。カイラ・ドゥーナ。転送装置開発の第一人者。これにより、MANAの研究が一気に加速することが予想されます。」
「我々のエネルギー事業に、参入する可能性は?」
「断定はできません。しかし今回の接触で、研究が大きく進むことは必至かと。」
「ゴード。」
「はい。」
「私は、可能性はあるかと聞いたのだ。貴様の意見など聞いていない。」
「……失礼、致しました。」
ゼノは、動かない。
どこか遠くを見つめた顔で言葉を続ける。
「その原因となる人物は?」
ゴードが、端末をスクロールした。
「主な人物は三名。エルナ・クロイツ、カイラ・ドゥーナ。それと——出生等が謎の、ジュディという人物です。」
「このなかではぁ~、魔法使いであるエルナ・クロイツがぁ、最もMANAの研究を促進させる可能性が高いわねぇ~~。」
細い声が、会議室内に響く。
ネルが、静かに割り込んでいた。
細い体に、眼鏡。
声のトーンが、どこか平坦だった。
「……魔女か。厄介なものだ。」
ゴードが、眉をひそめた。
ネルは答えなかった。
ただ、微かに笑っていた。
「フレム。」
「えぇ。あ、はい。」
ゼノが、フレムに視線を向けた。
政府としての威厳がまるで感じられない。
小さく震え、ハンカチで汗を拭いている。
俺は、その背後で静かに立っていた。
「そ、その……。政府としては、今回の件に関与するのは……難しく。」
フレムの声が、揺れていた。
「貴様らは、それでいい。ただ今回の件には静観しておけ。」
「……はい。」
情けない。
これが、政府を担う男の姿か。
「ゴード。」
「はい。」
ゼノが、ゴードへ視線を向ける。
声のトーンは変わらなかった。
それが、余計に重かった。
「MANAへ、部隊を派遣しろ。」
「はい。規模は?」
「戦争の口実にされては厄介だ。精鋭で人数を絞り……エルナ・クロイツを殺せ。」
「御意。」
「……デス。」
ゼノが、自分の後ろに立つ男へ視線を移した。
そこには、ほぼ全身がストーンウェアで構成された男が立っていた。
「……。」
——デス・トゥルエレ。第二次魔術大戦を終結へ導いた三人の英雄の一人。
現在は、アルカナ社長の用心棒としてその手腕を発揮している……。
デス・トゥルエレは、ずっと黙っていた。
会議の間、一言も発していない。
ただ、そこにいるだけで、空気が違った。
「お前も同行しろ。」
デスが、ゼノを見た。
「関係者全てを殺しても構わん。」
ネルが、横から口を挟んだ。
「相手はぁ~、魔法使いだからぁ~。あの『試作品』試したいわぁ~~。」
デスは、何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
「構わん。MANAに戦力を与えることは許さない。それが最優先だ。」
ゼノが、立ち上がった。
「以上だ。」
会議が、終わった。
俺は、フレムの後に続きながら、廊下へ出た。
デスの背中が、遠ざかっていく。
第二次魔術大戦を終結へ導いた英雄の一人。
その背中は、静かで、冷たかった。
俺には、何もできなかった。
ただ、見ていることしか。
—
俺達は、ザインに案内された宿屋の一室に集まっていた。
ザインの姿はない。
恐らく、ここでの会話は筒抜けだろう。
でも、ノヴァにいる限りそれは同じことだ。
腹をくくるしかない。
「正直、俺達は今回の交渉に関してはてんで分からねぇ。」
バッツが、開口一番に言った。
「えぇ。あなた達チームの方針に従う他ないわ。」
ゼナも続く。
二人とも、即断だった。
頼もしいな。
サヤはノヴァについてからずっと黙っていた。
……ザインのことは、言うべきだろうか。
言いかけて、止まった。
今じゃない。
そう判断した。
「じゃあ、方針決まったら連絡してくれ。俺ぁ、飲む。」
「ノヴァなんて、合法的に入れる機会なんてないものね。街に行きましょう。」
バッツとゼナが、そそくさと立ち上がった。
扉へ向かいながら、バッツがサヤに声をかけた。
「サヤ。」
「……何よ。」
「行くぞ。」
「……。」
「カンのいいお前のことだ。何か気づいているんだろうが、今は抑えろ。」
「……あぁ~、もう!わかったわよ!」
三人が、扉へ向かう。
その直前、サヤが振り返った。
「……ボンクラ。」
「ん?」
「方針決まったら、連絡して。話したいことがある。」
「……わかった。」
扉が閉まった。
この分だと、恐らくサヤは気づいていそうだ。
どう話したものか。
部屋には、エルナ、カイラ、俺の三人が残された。
—
「まず、大前提の方針、いいか?」
俺は、二人を見た。
「俺は、条件次第では、この交渉を受け入れてもいいと思う。」
「そんな!ダメだよ!」
カイラが、身を乗り出した。
「カイラ。聞いてくれ。現状、交渉を受ける以外に向こうの情報を引き出す手がない。条件次第では、MANAをある程度コントロール下に置ける。」
「……。」
「まずは、提示する条件を聞いてくれないか?」
俺が端末を置くと、エルナが眉を上げた。
—— 一つ。今回提供する情報およびそこから派生する研究・開発は、エルナとカイラの同意のもとでのみ行うこと。
—— 二つ。研究成果および成果物の使用には、エルナとカイラの承認を必要とすること。
—— 三つ。交渉の成立・決裂を問わず、俺たち六人に危害・拘束・追跡を行わず、位置その他の情報を第三者に提供しないこと。
少し黙って、エルナが口を開いた。
「……悪くないじゃない?」
「お、珍しく褒めた。」
「褒めてない。穴を探してるのよ。黙ってて。」
……ひどくねぇか?
エルナが条件を一つずつ確認していく。
抜け道を塞ぐたびに、俺がすぐ修正を入れた。
カイラが「え、ジュディすご」と言ったのは、二回目の修正あたりだったか。
「……うん。いい感じなんじゃない?」
「まだ、穴がないか確認する必要はあるけどな。」
三人で精査した内容を改めて確認する。
エルナが腕を組んだ。
「これを叩き台にするのはアリね。」
「二つ目のやつ、研究結果は私達のものだぜ!とかじゃダメなの?」
カイラが珍しく提案する。
正直、悪くない。
「入れたいのは山々だけどな。最初から欲張ると、本命までまとめて蹴られる可能性がある。」
エルナが小さく笑った。
「……交渉、向いてるじゃない。」
「ジャカイジン、なんでね。」
「……言い方が腹立つわ。」
まだ時間は、二日ある。
ここから、ブラッシュアップする案があれば随時詰めていこう。
でもこういうのって、大体最初に出した案が一番良かったりするんだよな……。
「まだ、問題があるわ。」
会議も終了かと思ったところで、エルナが声を上げた。
「なんだよ?」
「信頼ってやつよ。」
「……そうだな。」
確かに、交渉はお互いの信頼があって初めて成り立つものだ。
でも、現状だとそれを行う術がない。
……飲み会を開くわけにもいかないしな。
「まずは、街へ出てみるのが良いと思うわ。」
エルナが提案する。
「え、街へか?なんでまた。」
「ここはMANAが管理している街よ。街にいる人となりを見れば、それを統治する人物の輪郭ぐらいは分かるかも。」
「なるほど……。聞き込みってやつか?」
「情報統制されている可能性もあるから、確証はないけどね。」
決まりだな。
早速、俺達も準備して街に——
「私は、ここで待っててもいい?」
カイラが、小さく手を上げた。
「どうした?」
「正直、寒いの苦手で……。あと、乙女にとっては疲れちゃった。」
乙女……。
「それは、容認できない。敵地だし。」
「大丈夫よ。カイラは今回の交渉の重要人物よ?おいそれとは手出ししないはず。」
エルナが、フォローした。
「……わかった。何かあれば、すぐ連絡しろよ?」
「わかった~。いってらっしゃ~~い。」
俺とエルナは、部屋を出た。
第五十話、お読みいただきありがとうございました!
遂に五十話!
こういう節目に来るとちょっと感動しますね。
ここまで読んでくれて本当にありがとうございます。
節目なのに、新キャラめっちゃ出ましたね。
全然覚えなくても大丈夫です。
なんか怖い人たちがアルカナにいるんだなくらいで。
明日も20:10にお会いしましょう!
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よろしくお願いします!




