第十五話「熱砂の底へ」
カリドへ向かう前日、エルナが工房の奥から何かを取り出してきた。
細い、木製の棒だった。
長さは腕の半分ほど。
先端に向かって徐々に細くなっている。
「……なんだそれ。」
「杖よ。」
「杖。」
見た目は、まさしく魔法使いの杖だった。
——!僕は気づく。
「ハリー・ポッチャリー。よほど気に入ったんだな。」
「……?」
「コスプレだろ?それ。」
「…………!」
エルナの顔がみるみる赤くなる。
「違うわよ!!!」
声でっか。いや、声でっか。
「これは、魔力の出力を安定させる補助具よ!」
「ハリー・ポッチャリーでもそんな感じだぞ?」
「あー、もう!ややこしいわね!なんなの?あんたの世界!」
僕の世界否定かよ。
こっちからしてみれば、こっちの世界も色々とあれだぞ。
「ま、まぁ、マジで必要なものってことは分かったよ。」
「…………。」
「どーどー。」
なんとか、なだめる。
余計なことは言わないに限るな。失敗した。
「それって、普通の人も持っているものなのか?」
「魔術師たちのこと?それなら、あんまり意味ないわね。ストーンウェアの方が効率いいもの。」
「ふーん?僕も意味ない?」
「焼け石に水ね。いや、無用の長物かしら?」
……言いたい放題である。
「……普段は必要ないけど、今回は明確に『企業が敵』だしね。念のためよ。」
エルナが杖を軽く握る。
杖の先端が、ほんのり青白く輝いた。
「……かっこいいな。」
「でしょ?」
珍しく、素直に返ってきた。
ちょっと嬉しそうだった。
やっぱり、ちょっとは意識してるだろ?
………………。
…………。
……。
次は僕の番だ。
グリム30式を二丁。
魔力バッテリーを複数。
太ももにホルスター、もう一丁は腰に。
それから、ダガーを一本。
最後に、腕輪型の魔術防壁を装着した。
手をかざすか、IDで紐付けられたバッテリーを操作すると、前方に防壁が展開される仕組みだ。
前回は肩を撃たれた。
今度は、少しでも防げる手段を増やしておきたい。
「今回は正面から入るって事だし、検問もあるって考えるとこれが限界かな?」
「十分よ。前よりずっとマシだわ。」
エルナが、こちらの装備を一通り確認して頷いた。
「さて、行きましょう。」
—
ガレスが手配した車は、工房の前に止まっていた。
運転席から男が顔を出した。
日に焼けた肌。白い歯。サングラスの奥の瞳がやけに輝いている。
「よォ!!乗った乗った!!カリドまで飛ばすぜ!!」
声がでかい。
「……よろしくお願いします。」
「任せろ!!ガレスの知り合いなら、俺の知り合いだ!!」
エルナが無言で後部座席に乗り込んだ。
僕も続く。
扉が閉まった瞬間——。
——ドゥンッ!!
爆音で音楽が流れ始めた。
「っ!?」
「……。」
エルナが、こめかみを押さえた。
「大丈夫か?」
「……問題ないわ。」
車が動き出した。
速い。
というか、荒い。
カーブを曲がるたびに体が傾く。
加速するたびに背もたれに押しつけられる。
ブレーキを踏むたびに前のめりになる。
「いい曲だろ!?カリドじゃ今これが流行ってんだ!!」
運転手が、バックミラー越しに話しかけてくる。
前を見ろ。
あぶねぇな。
「そうなんですね!!」
爆音に負けないように叫び返す。
「あんたら、カリド初めてか!?」
「ぼ、俺は初めてです!!」
「そうか!!楽しみにしとけ!!最高の街だぜ!!」
エルナが、窓に額をつけていた。
顔色が、少し青い。
「エルナ。」
「……大丈夫よ。」
「大丈夫じゃなさそうだけど。」
「大丈夫って言ったら大丈夫なのよ。」
強情だ。
でも声に力がない。
カルディアの街を抜けると、景色が一変した。
建物が消えて、地平線まで一本道が続いている。
思わず、窓を開けて顔を出す。
風が気持ちいい。空が広い。
カルディアにいると、空を見上げることがほとんどなかったと気づいた。
「綺麗だな。」
思わず呟いた。
エルナは返事をしなかった。
窓に額をつけたまま、目を閉じていた。
一本道が途絶え、砂漠に入った。
そこで、さらに車の速度が上がった気がした。
「ここからが本番だ!!」
何が本番なんだ。何が。
やめてくれ。
しばらくして、エルナが小さく声を上げた。
「………………限界。」
「え?」
エルナが窓を開けて、顔を外に出した。
——うぇろろろろろろ。
砂漠に虹色の何かが宙を舞う。
キラキラと、それが太陽の光に当てられ乱反射してる。
まぁ、あの、端的に言うと。
——エルナが吐いた。
嫌悪感よりも、真っ先に心配が勝った。
思わず、エルナの背中をさすり様子を伺う。
「……大丈夫か。」
「ぼねがい……。見ないで……。」
見ないようにした。
そのまま背中だけをさすっていると、エルナが元に戻る。
顔は青白いままだったが、目に力が戻っていた。
「……。」
「音楽、少し小さくしてもらうか?」
「結構よ。」
意地だ。
完全に意地だ。
「おいおい!!お嬢さん、大丈夫か!?」
「……問題ないわ。」
「了解!!」
車は速度を落とす気など微塵もなかった。
全然、心配してないな。この人。
エルナは窓の外を見たまま、一言も喋らなかった。
—
砂漠を抜けると、地面に大きな構造物が見えてきた。
金属と石でできた、巨大な施設だ。
地下へ続く入口のようだった。
「カリドの玄関口だ!!じゃあ、なんかあったら連絡しな!」
僕たちが、車を降りるやいなや、颯爽と車は走り去っていった。
「……。」
「……。うぅ。うぇ。」
……つ、疲れた。
もしかして、帰りもこれなの?
ふと気づくと、熱気が体を包んでいることに気づく。
砂漠の空気は乾いていて、カルディアとは全然違う。
施設の入口には、検問が設けられていた。
係員が数人、通行者を確認している。
「身分証を。」
差し出すのは、偽造ID。
ガレスが用意してくれたものだ。
係員が端末にかざす。
緑色のランプが点灯した。
「通れ。」
またしても、呆気なかった。
エルナも同様に通過した。
杖を持っていることに、係員が少し目を細めたが、何も言わなかった。
入口から先は、下り坂だった。
どんどん地下へ潜っていく。
「ここが、カリドよ。」
坂を下りきった先に、街が広がっていた。
地下とは思えない広さだった。
天井は高く、魔力で動く照明が空を模した光を放っている。
建物が密集していて、どこからか金属を叩く音が響いていた。
機械油の匂い。
煙の匂い。
それと、何か焦げたような匂い。
人々の服装は、カルディアより野暮ったい。
でも、腕や肩のストーンウェアが大きい。仕事用の、ごつい改造をしている人間が多かった。
「なんか、思ってたより熱くないな?」
「地下だから逆に涼しいのよ。外の熱が届かないわ。」
確かに、砂漠より幾分か過ごしやすい気がした。
でも、空気は重い。
「いつ来ても、この街は物騒ね。」
エルナが、街並みを眺めながら言った。
確かに、視線が鋭い人間が多い。
値踏みするような目でこちらを見てくる。
僕は、銃のホルスターに手を添えた。
使わないに越したことはないが、ここでは用心するに越したことはなさそうだ。
「カイラとの合流場所は?」
「ガレスから座標が届いてるわ。こっちよ。」
エルナが歩き出した。
カリドの街が、ざわめきながら僕たちを迎えた。
人混みを抜けながら、座標の場所へ向かう。
武器屋、機械工場、傭兵らしき男たちがたむろする酒場。
どこを見ても、仕事の匂いがした。
カルディアやヴェーラとは全然違う。
働くための街だ。
「——あ、いたいた!」
座標の地点と思われる所についたと同時に、
人混みの中から声がした。
振り返ると、一人の女性がこちらに向かって軽く手を振りながら歩いてきた。
金色の髪。小柄な体格。
でも、その存在感は不思議と大きかった。
体格やこの町並みに似合わずスーツを着ている。
人混みをすり抜けながら、自然な足取りでこちらに近づいてくる。
「ジュディさんとエルナさん、ですよね?ガレスさんから写真もらってました。」
穏やかで柔らか。
でも、なんだか元気をもらえる、そんな声だった。
大きな瞳から、包み込むような優しさを感じる。
「カイラ・ドゥーナです!よろしくお願いします。」
そう言って、カイラが僕の手を握る。
いきなりのことで、僕は少しだけたじろいだ。
「ジュディです。よろしく。」
「写真で見るより、かっこいいですね!」
さらっと言った。
褒められ慣れていない僕は、少しだけ面食らった。
「いや…。はは。」
あ、今僕ちょっとキモいかも。
「——エルナ・クロイツよ。」
エルナが、静かに割り込んだ。
声のトーンが、心なしか低い気がした。
「エルナさん!魔法使いは初めてお会いします。」
「……そうでしょうね。」
僕の手を離すと、今度はエルナの手を両手で包む。
そのまま、少しだけ上下に手を揺らした。
人との距離感が近い人なのかもしれない。
「カイラ・ドゥーナです!エルナさんも、どうぞよろしく。」
「……よろしく。」
エルナが、短く答えた。
目が笑っていなかった。
「じゃあ、早速ですが、皆さんがいる場所に案内しますね。」
カイラが、先頭を歩き始めた。
歩き方に無駄がない。慣れた足取りだ。
僕はカイラの後ろを歩きながら、横目でエルナを見た。
エルナは、前を見たまま黙っていた。
……目が笑ってなかった。
「……エル——。」
「あ?」
怖かった。
触れぬが仏。
僕は、理由が分からない気まずさを抱えて歩いた。
第十五話、お読みいただきありがとうございました!
無事に(?)砂漠の地下都市カリドに到着しましたね。
エルナのあのシーンは最後まで描写を悩んだのですが、結局あきらめて直球表現にしました(実力不足)。
食事中だった方、ごめんなさい。
そして新キャラ、カイラ・ドゥーナの登場です。
可愛い子なんです。どうぞよしなに。
明日も20:10に更新予定!
ブクマやコメントをすると、あの、ほら、何か、何か良いことおきます。
よろしくお願いします!




