ダンジョン世界とチョコレート
みなさん、ご無沙汰しております。月森 朔です。
今日はバレンタインデーですね。番外編を思いついたので、書いてみました。
では、笹木の悪行をご覧ください!
俺は俺1号。今日は、ダンジョン世界との定期交易には少し早いタイミングとなるが、ダンジョン世界側のダンジョン攻略や配信の話があり駆けつけたのだ。今回は、俺以外には、俺2号のフレイヤ、俺6号のアリスと一緒に来ているということにしている。後で、俺はメルに変身する予定だが、小用を済ませるまでは笹木でいる必要がある。
こちらの世界にやってくるときは、ジェームのいる街にやってくる。今や、大規模なホテルが立ち並び、新たなスタジオが立ち並ぶ、さながらハリウッドみたいな雰囲気になってきている。
「こっちの建築魔法ってすごいな」
「そうね。作り方は、3Dプリンタみたいな魔法だったわね。でも、規模や滑らかさは段違いよ」
建築現場を見る機会があるが、ある意味人力(魔法)で作っていくから不思議なものだ。魔力が少しは出回り始めたという状況だが、ここまで使えるのはこの街の勢いがある証拠だろう。
ちなみにダンジョン世界の映像技師だったジェームは、今やダンジョン世界の最大勢力となった配信派の代表となっていた。一応、以前にも派閥の名前は別にあったようだが、爆発的にはやり始めたダンジョン攻略の配信や動画サイトのようなコンテンツ配信が受けに受けており、とうとう名前を配信派という名前に変えてしまったようだ。
そこの単なる映像技師だったジェームは、地球から逆輸入されたダンジョンガイダンスの技術を流用したのだった。この世界にも貨幣はもちろんあり、地球の探索者と同じように配信者に対し、スパチャを送ることも可能となっている。これは、単なるビジネスモデルの流入だけでなく、ダンジョンの資源回収業者だった人々の社会的な地位を一変させたのだった。彼らは、日陰者から一気に日の目を浴びるという事も起こっており、若者たちの憧れの職業の1つにも挙げられるようになった。
代表となったジェームは会議室で配信中の映像を眺めているようで、こちらが会議室に入ってきたことも気づかない。熱心に見ているなぁ。
「ミョルチラさん」
ジェームがつぶやく。確かに画面に映っているのはミョルチラという若い魔法使いで、フレイヤに似た髪色で炎の魔法が得意だ。誰かに似ているな。
「かわいいわね。モンスターに気後れすることなく、ちゃんと射程内に引き付けて倒してるわ」
フレイヤがそうコメントする。
「そうなんです。炎系の魔法は、距離によって威力が落ちますからね。彼女はそこをしっかり理解して慌てない。沈着冷静で…かわ、ああああ、フレイヤさん!? これは違うんです、浮気とかそんなんじゃなくって」
ジェームが何やら言い訳を始めるが、付き合ってるわけでもないのに浮気とは何だろうか。ちなみに、ジェームは俺が分身して変身していることは知らない。俺が召喚した影子が分身と変身をしているので、そちらは知られている。まぁ、なので、目の前のフレイヤの中身が俺というのも知らない。知らないことは幸せだから、そのまま放置というのが俺の方針だ。
ちなみに、この世界で一番知っているムー教授はアバターの全貌は残さずに逝ってしまったというか、自身もアバターになってしまっている。その他といえば、深淵派のイグノアスが俺の正体を知っているかもしれないんだが、噂では重罪人が送られるダンジョンに収監されているとかなんとか。
「ジェームさん。ごきげんよう。突然話しかけて驚かせたようね」
フレイヤがスルースキルを発揮しているが、ジェームは顔を赤くして、まだ何かぶつぶつと言い訳っぽいことを言っているようだ。アリスが遅れて、今回の交易品をもって会議室に入ってくる。
「机におくね」
それは、ダークグレイの落ち着いた色の箱だ。地球ではよく見たことのあるお菓子のメーカーのロゴが印刷してある。
「あっ、すみません。こんにちは、みなさん。ちょっと疲れているみたいです。ハハハハ」
ようやく復帰したのか、ジェームが俺たちに謝罪する。
「いやいや、とうとう議長にもなっちゃったんでしょ。仕方ないよ」
「そうなんですよ、調和派の方々が手伝ってくれるから回ってますけど、本当に大変です。こちらの配信業務は、昔の仲間が頑張ってやってくれているので問題ないですが、本当に大盛況です。映像装置の増産が間に合わないくらいですよ」
インフラよりも配信の評判を聞いた人々が買い求めているらしい。もとより実利向けに用意していた装置だったため、こんなに影響があるとは思っておらず、開発体制も脆弱らしい。まぁ、ひよりもムー教授も協力しているので、問題ないだろう。それよりも、今回は疲れているだろうジェームにお土産もかねて甘いものを持ってきたのだ。
「チョコレートですか?」
フレイヤがジェームに説明してくれたようで、既に箱から取り出して一粒ジェームに渡している。15種類の色んな形のチョコが入った箱は、メルも好きでよく買っている。
「かわった形ですね」
フレイヤが渡したチョコレートの粒はハートの形をしていた。
「地球には、好きな男性に女性からチョコレートを渡す風習があるんですよ。あ、そのハートは好きとか、そんな意味を持ってたりもします」
アリスがそんなことを付け加えたものだから、ジェームの顔が再び紅潮する。フレイヤが手渡してくれたハート型のなんの変哲もないチョコレートだが、ジェームとしては衝撃的だったのだろう。このまま、手の上で溶けそうだな。
「食べちゃってください。ちゃんと食べられるかどうかの確認は取ってますから、大丈夫ですよ」
俺はそう言って食べるように勧める。こちらの世界には、食べられるかどうかを判別する魔道具があるのだ。
「は、い」
ジェームはフレイヤの顔をチラっと見てからチョコレートを口に入れた。
「おいしい。甘いです。これは、本当においしい」
ジェームは気に入ったようだ。
「いろいろな味があるわ。これは、ミルクが入っているから、風味が違うわよ」
フレイヤに勧められるままにチョコを食べていくジェームだった。
「ほいひいです」
一気に食べるような量じゃないんだが、フレイヤが説明する度に、ジェームは食べてしまう。フレイヤも困惑しているかと思いきや、説明しきるあたり遊んでるな。
「今回は、映像装置での宣伝と、ちょうどチョコレートの普及も兼ねてやってきたわ」
アリスがそう言うといきなり服を着替えた。E&Sの早着替え用の魔道具で、一瞬でメイド服に着替えてしまったのだ。
「ほら、フレイヤも着替えて」
「本当にやるのね。わかったわ」
フレイヤも魔道具を使ってメイド服に着替えてしまう。いつもよりも露出が減っているのに、なんだろうこの高揚感。そういえば、ジェームが止まっている。
「あ、鼻血」
ジェームの鼻から血が出てきていた。チョコたべすぎ、刺激強すぎか? 初めて見たわ。その後、俺はメルを呼んでくるといって抜け出し、メルに変身して戻ってきた。そして、微小な回復をかけてやると、ジェームは頭を冷やしてくるといって一度いなくなってしまった。
それから、4日後、地球側でシナリオや衣装なんかも準備してきたチョコのコマーシャルの撮影が始まった。メイド服のフレイヤ、アリス、メルの3人でチョコレートをプレゼントするという構図で、なんというか告白する感じでやった。俺もメイド服で、はにかみながらご主人様とか言いました。うん、楽しい。
しかし、撮影は難航した。
「刺激が強すぎます」
ジェームがのぼせたような表情で言ってくる。そう、この世界は文化的にこういったお色気コンテンツが少ないのだ。そのため、過剰に刺激を与えないように抑えて作られたコマーシャルが5日かけて出来上がったのだ。
「わたくしのチョコレート受け取りなさい」
「このチョコレート、おいしいよ?」
「メルと一緒に食べるの」
3者3様の渡し方でチョコレートを差し出す。今回は、コマーシャルの原型として、撮影方法などの参考にということもあったが、チョコレートの普及にも役に立った。このコマーシャルを見てから、3種類の小さなチョコレートを世界中に配ったのだ。まずは、試食してもらおうということだ。この作戦は上手くいった。いや、行き過ぎた。
「フレイアちゃんのチョコ…」
この世界にも神棚みたいなものがある。そこに、飾る人が続出。フレイヤは人気だ。なんか、崇められている?
「アリスさん、すてき」
アリスは女子人気が高いらしく、アリスへの手紙がジェームの下にたくさん届いた。
「メルちゃんに食べさせたい」
おじさんとおばさんに人気なのがメル。地球から来ていることを知っていて、食べることが好きなメルに、ご当地名物を食べさせたくてうずうずする人が多発したようだ。
本命だったチョコレートの普及に関してはおおむね良好だったと言える。ムー教授も解析していたが、食べ物での満足度向上みたいなものもダンジョン世界の魔力上昇には寄与するらしい。
こうして俺は、ダンジョン世界にチョコレートを持ち込んだのだった。ついでに、バレンタインデーの文化みたいなものも持ち込んでしまったが、悪影響はそんなに無いだろう。うん、たぶん。
念のためだが、チョコレートだけじゃなくて、並行してほかの食料や技術なんかも持ち込んでいる。まぁ、それはまた別の話かな。
知らないほうが幸せな人たちが億単位で生まれた話でした。




