第25話 新社屋と襲撃
いよいよ動きます。
俺は俺7号。フラムとなり金沢ダンジョン内の隠しエリアから外界を観察している。高級な別荘に引きこもっているから、快適性については申し分ない。今は、新社屋の3階にいる影子の分身である白衣を着たひより女史を観察している。その結果、ひよりの前にいる全裸の女性を観察している。新社屋3Fはエバーテックのラボが占めており、ひよりはその中で一番広い工房エリアに居る。今は見学者どころか助手たちも全員退散しており、ひよりと全裸の女性だけが対峙している状況だ。フラムが獣娘と命名した女性だ。
その獣娘に対し、ひよりから話しかける。
『あなた一体どこから現れたの?』
ひよりは至極冷静に訊ねているが、裸を前に内心は鼻の下を伸ばしているだろう。
『あーしが誰か聞かないんだね。ちょっと姿を変えて忍び込んだんだ』
すれた感じのある日本語だが流暢だ。そして、見た目は日本人には見えず、欧米人のように見える。
『裸だと話しづらいわ。これ差し上げるから使って』
ひよりは落ち着いた声でラボに置いてある新品の白衣を獣娘の前に置く。獣娘はそれを見て、ニヤリとする。
『あんた度胸あるね。そうだよね。最近自分は気にならなくなってきたんだけど、気になるか』
獣娘はそういうと白衣を羽織って前のボタンを止める。それをじっと眺めているひより。裸で変身し続けると羞恥心が麻痺してしまうんだろうか。若い娘なのに不憫なことだ。
そして、裸に白衣というマニアックな姿で話が再開する。
『あーしは、あんたに相談に来たアビスヴォーカのエージェントってやつだ。ギルドに協力するのを止めてくれたら、より深いダンジョンの叡智というのを提供できる。その交渉にきた』
ひよりが1人になる時間を調べて殺しにでも来たかと思っていたが、ホロウの言う説得に近い話を先に始めた。空港での襲撃やスタンピードの誘発なんかと比べれば、甘い対応に見える。
『ダンジョンの叡智というのには興味があります。でも、ギルドへの協力を止めるのは厳しいですね。エバーテックはギルドを通じてライセンス販売をしてますし、製品の提供なんかもしています。エバーヴェイルの報酬のほとんどはエバーテックから生み出されているとも言えますからね。この新社屋もそんなお金から出てるんですよ』
ひよりは淡々と答える。エバーヴェイルはスタンピードの対策などで指名依頼が着ているが、それよりもダンジョンガイダンスの行商人モードによる販売手数料が大きな収入になってきている。これは、南さんが試算していたものと大きく外れていない。さすが、南さん。
『ダンジョンの叡智については興味があるんだね。1つプレゼントをあげるよ。これで考え直してくれるといいね』
小さな何かをひよりの前に置く。
『データですか? いいでしょう』
ひよりは手元にある端末にそれを差し込んだ。そして、『あっ』と声をあげる。
『あなた、これをどこで』
獣娘がしたり顔になる。画面を眺めてみると、ダンジョンの情報取得の方法が書いてある。ダンジョンの名前とか最大階層といったダンジョンのステータスとも言うべきものを取得するための手順が記載してあったのだ。そして、それを元に幾つかのダンジョンの情報が載っている。
『それに答えるかは、あんたの協力次第だよ。あーしたちは、ダンジョン側とのパイプがあるから、希少な情報が手に入る。どうだい? 興味あるだろ?』
ひよりが少し俯く。ひよりは考えている振りをしているが、答えは拒否だ。
『クランへの義理立てだろう? だけど、笹木の下よりも、直接的な情報に触れることができるぜ』
獣娘は、口説き落とそうとしているが、必死という様子ではない。
『いいえ、やはりクランは裏切れません』
そして、ひよりは断ってしまう。
『固いねー。少しの間バカンスってことでもいいんだ。半年くらい協力せずに居てくれるだけでも、情報には触れさせてやるけど、どうだい?』
獣娘の譲歩に対してもひよりは首を横に振る。
『強情だね。もーいいや。あーしは、やるだけやったんだからね。温厚なあーしたちが動いている間に誘いに応じてくれれば誰も傷つかないというのに』
含みのあるような事を言う。
『あーしを恨まないでね。あーしたちもアビスヴォーカの駒でしかないんだから。けっ、今のアビスヴォーカのやり口は嫌いなんだけどね。じゃあ、役者は交代だ』
そういうと、獣娘はふっと姿を消した。ぱさりと白衣が地面に落ちるとその中からパタパタと小鳥が羽ばたいていった。そのまま器用に部屋の外へ出ていく。
俺は新人受付嬢…じゃなかった、俺1号に連絡する。俺1号も状況を把握していたようで、すぐに返事をしてくる。なんと準備万端だそうだ。
『すでに屋内は俺たちしかいない。残ってる人たちは侵入者というのも判明している。最後のお客さんが団体で登場して出揃った感じかな。合わせて40人と言うところだね』
そして、新社屋の入り口を見ると、引越し業者の姿の男たちが20人ほど入ってくる。手にはダンボールを持っている。彼らは目出し帽を着けた後、ダンボールの中から小銃を取り出す。
近くにいた警備員を殴り倒し小銃を突きつける男たち。悲鳴をあげた受付嬢に入り口をロックするように怒鳴る。彼らはロビーから人を出さないように銃口を突き付ける。
俺は、ひよりの方へ観察対象を移す。そして、ロビーの彼らとは別動隊が3階のひよりのいるラボに到着した。ロビーと同様に目出し帽をかぶった者たちが到着した時、ひよりは何やら書類仕事をしており、今になって気づいたという体で驚く。武器となりそうなものは、手元にある端末くらいだろう。
『あなたたちは誰ですか』
ひよりが、物々しい雰囲気に怯えている。
『うごくな。隼人ひよりだな。アビスヴォーカだ。おとなしく付いてきてもらおう。抵抗すれば、この建物に生きているのはお前だけになるぞ』
機械による同時翻訳のようで、少し会話にラグがある。
『アビスヴォーカの鳥に変身するお嬢さんにはお断りしました』
気丈にも反論しているという感じを醸し出す。ひよりは、ぎゅっと白衣の裾を掴んでいる。
『いつも無駄なことをするんだ。あいつらは。所詮はオ…』
『おい、余計なことを言うな。今はエバーヴェイルの重要人物を誘拐することが目的だぞ』
別の男がたしなめる。
『お前が、隼人ひよりなことは確認済みだ。おとなしくついてこい』
『だから、お断りなんです』
強情な様子を見せているひよりにイラつく男たち。小銃を何発か放つ。高ランクの探索者にとって小銃の弾は致命傷に至らない。本当に高ランクになれば、ダメージを受けない者たちもいる。しかし、それはほんの一部の話で、探索者も銃で撃たれ続ければ怪我もするし死にもする。そんなわけで、多勢に無勢の上、小銃で武装した人物たちと無傷で渡り合えるとは思えない非戦闘員のひよりの余裕は謎でしかなかった。
男たちは別の脅威が周辺にいるんではないかと思い見まわすが、確認できない。
『おい、適当に殺せ。お嬢さんは俺たちのことを信じていないようだ』
彼は仲間にそう呼びかけると、遠くから小銃の発砲音が重なっていく。
『ほら。おとなしくした方がいい。おまえのせいで無駄な犠牲が増えたんだぞ』
『本当ですか?』
『あぁ、返事を待ってやろう。何人生き残るかな。ハハハ』
そこで俺はロビーに視点を向ける。すると、俺1号の変身している新人受付嬢と一緒に震えていた癒し系巨乳の幸田先輩と黒髪ロングの清楚系ドジっ子の西尾先輩が、胸の揺れもスカートの裾が破けるのも構わずに、小銃を構えた男性たちにインファイトを仕掛けていた。初撃で幸田が1人目の腹にいいのを一発入れた後、西尾が踵落としで意識を狩る。
仲間にあたるのもお構いなく、2人に向かって銃を連射する男たちだが、掃除のおばさんが手に持ったモップで銃を破壊し、拳闘によって男の体が浮かび上がるくらいのアッパーを腹にねじりこむ。
『おかしいぞ、こんなの一般人の動きじゃない』
そして、床で伸びていたと思われていた老いた警備員が手もつかずに一瞬で立ち上がると、近くにいる男の首に一撃を入れる。小声で、『俺も受付嬢かOLが良かった』とつぶやくが相手の男はすでに気を失っている。
そのうち、男たちは仲間に背を任せて周囲に乱射するようになった。
しかし、誰も倒れない。皆が手に何かしらのオフィス用品を持って銃の弾から身を守っているのだ。
『こうなったら』
銃が効かないと思ったのだろう。1人がナイフというよりは剣を持ち出して、受付嬢に切りかかる。スキルを発動しているようで、その剣にオーラのようなものが見える。幸田の胸元を切り裂くことに成功するが、その下には胸元を覆った鎖帷子が見える。
『強引な人ね。でも、嫌いじゃないわよ?』
幸田は2撃目になる剣を手の平ではじいた後、前進し膝を男の腹に叩き込む。すると意識を失った男が幸田に抱き着くように倒れこむ。
『お客様、セクハラです』
そして、ひよりのところでも動きがある。
『みんな大人しく捕まってくださいね』
アビスヴォーカの面々が皆呆けたように立ち尽くす。その横には透明化した影子の分身が首元に手を這わせていた。
『はい、わかりました』
威勢の良かった男は既に手中に収まっていたのだ。
罠が生きてますね。




