第1話 メルと学校訪問
新章はじまりました。
俺は俺4号、メルを担当している。今、女子高の制服を着て、女子高で授業を受けている。その女子高は、いつもメルが通っていることになっている高校だ。何を言っているのか分からないだろう。だって、メルが高校に通っている事実もなく、メル自体の戸籍もないのだから。それにしても、この光景がなんとも非現実的で笑いがこみあげてくる。
こんな状況になった発端は、1週間前、ダンジョンガイダンスの発表があった後のことだ。海外でメルが活躍しすぎたことが切っ掛けで、メルの高校生としての生活を心配する声が上がったのだ。どこかの団体がというわけではなく、SNSなどで発生した声が大きくなったのだった。
そこに悪意のようなものは感じられず、メルがちゃんと高校に行けているのか、探索者として有能すぎてメルの私生活が脅かされているんではないかという話だ。心配から出た話なため、最初はメルが女子高生としても両立していると記者会見でもするかと話になったのだが、説得力…よりも面白みに欠けるというのが笹木の見解だった。
そこで発案されたのが、架空の女子高を作って、そこで女子高生活を楽しんでいるメルを撮影したらいいんじゃないかという案だった。いくつか撮影した映像を基にドキュメンタリ風に仕上げることにするという内容だ。
しかし、これにエキストラでも雇った日にはボロが出るのは目に見えている。そこで笹木は、以前女子高の修学旅行を成し遂げたという実績から、女子高を演じようという話になったのだった。マナも女子高が騒ぎになるからと、訪問を断って、取材の関係者もすべて笹木がコントロールすることになったのだ。
そのため、メルとなっている俺の周りには黙々と授業を聞いている様々な女子高生たちがいる。彼女たちは、影子の分身が変じた姿だし、教壇に立っている30代半ばの女性教師も影子の分身だ。ここで、影子の分身ではないのは、俺だけだ。なんなら、その場を撮影するために配置された撮影班もすべて影子の分身だ。
隣の席のショートカットの女の子が肩に触れてくる。影子の趣味なのか、女子高生たちの姿は千差万別だ。そして、一様に愛らしい。配信用の映像は、ぼかしが入るはずなので、そこまでする必要はないのだが、こだわりだろう。
「メルちゃん。あてられてるよ。ほら、ここ。音読して。」
「あ、ありがとうなの」
俺は何年振りの古文の教科書を音読する。そして、なんとか読み終えて、座る。
「いいわ。次、清州さん、つづけて読んで」
後ろの席の女子生徒が読み始める。
「もう、ぼーっとして、撮影中でしょ? メルってばお腹すいたんでしょ」
ショートカットの女の子が笑いかけてくる。その女の子が、飴を1粒くれる。
「ありがとなの」
そんなところも、すべて撮影してある。いい絵を撮るためだからと、俺もほほ笑み返し、その飴もこっそりとカメラに映りやすいように口に含む。
そして、次の授業は体育だ。メルが探索者だと言っても体育の授業は受ける必要がある。そして、体育館の更衣室に移動して体操服に着替えることになった。ぞろぞろとクラスメイトと移動して、更衣室に入る。
見た目的には見知らぬ女子高生たちと着替えをしているのだが、中身は全員俺だ。そこで、もっと痩せないとと嘆いている娘も、胸が大きくなってきたと自慢している娘も、下着が過激じゃないかと突っ込んでいる娘も、突っ込まれて赤面している娘も俺だ。そして、そんなディテールにこだわったところで、ここは撮影もしていないので無意味なんだが、俺の凝り症なところが遺憾なく発揮されているのには笑ってしまう。
そんな中、俺はさっさと着替えを完了して周囲の喧噪に溶け込む。
「メルちゃん、着替え早い」
さきほどのショートカットの娘が下着姿で話しかけてくる。
「それほどでもなの。探索者は時間との勝負なの」
「さっすがー聖女さま」
両手を合わせて拝んでくるのはちょっと違う気がする。思わず笑ってしまう。
「この下着見て。これ、E&Sが出した下着なんだよ。動きやすくっていいよねって。E&Sもメルちゃんの関係者だっけ」
ちろっと舌を見せた後、クルクルと回って下着を見せてくれる。確かに下着を出していたが、そこまで反映させるとは、どこかで影子たちに指示を出しているかもしれない俺1号のこだわりがすごい。
そして、その後は、バレーボールの授業となった。流石にメルは探索者なので、運動神経が一般人のそれとは異なる。そのため、ほどほどに力をセーブしながら授業を受ける。
「メルちゃん、ちょっと試したいんだけどいい? バレー部主将のあたしのサーブ受けられる?」
そんな中、長身の女子高生が勝負を挑んでくる。
「バレーボールは苦手なの。でも、やってもいいの」
球技苦手な設定とかは無かったが、球技をやっているイメージはない。最近は武闘派なメルだ。しかし、幸子さんの教えを受けたせいか、勝負事に対する気持ちが前向きだ。
そして、バレーコートに1対1になる。体育の若い女の先生は、「ケガだけはするなー」と言っただけで静観している。それどころか、撮影部隊の取材を受けるほうに手一杯のようだ。
そして、勝負が始まる。特にルールはないが、まともにレシーブできたらメルが勝ちといったところだ。バレー部主将は、ラインから大きく下がり助走をつけると、大きく飛ぶ。あ、これ、ジャンプサーブってやつだ。中身が影子だから、その体のしなりはヤバい。ドンッ!という音と共にボールが頭上を抜けていった。速いが、コートに入っていない。
「あちゃー、アウト。もう1球いくよ!」
そして、2球目はコートの中に打ち込まれる。俺は、そのボールに間に合い、レシーブを返す。ただ、強すぎたらしく、あらぬ方向にボールは飛んでいく。受けた腕が赤くなっている。
「メルちゃんすごーい。アヤはちょっとは手加減しろー」
そして、3球目で、ようやくタイミングを合わせることができ、ボールの勢いも殺せた。
「ショックー。負けたわー」
バレー部主将が悔しそうにハグしてくる。背が高いので胸に押し付けられる形だ。
「私もハグしたい」
何人かがついでとばかりに、俺にハグを仕掛けてくる。
「くるしいの。離れるの」
そういうと皆笑いながら離れてくれる。
撮影班からは、両腕で円を形作り「いい絵が撮れました!」という報告が来る。
「あの女生徒すごいですね」
「ええ、わが校の秘密兵器ですから」
体育の先生が得意げに答える。
そして、バレーボールの授業は、バレーの軽い試合みたいなものをして終わった。バレーボール主将は審判を買って出たので、緩やかなラリーが続く軽い試合で終わった。皆、影子の分身なので、皆が先ほどのバレーボール主将レベルの事はできるのだが、通常の女子高生レベルを再現している。そんな中できゃいきゃいと授業を受けるのは楽しいものだ。
そして、幾つか座学の授業を行った後、昼食の時間となった。この女子高には、学生食堂があり、そこで好きなものを食べることになっている。もちろんだが、俺は空腹だ。メルの体は、燃費が悪い。これは、こういう設定だから仕方がないのだが、とにかくいっぱい食べる。
「メルちゃんがきたぞー。あんたら、いつものメニューを用意だ」
食堂のおばちゃんたちが、俺の顔を見るなり、ピリピリした空気を醸し出す。
「何が起こったんですか?」
撮影班の人が先ほど声を出した食堂のおばちゃんに声をかける。
「メルちゃんが来たら、特別コースだよ。その辺の女の子たちの1クラス分くらいぺろっと食べるんだから」
「1クラス分? まさかぁ」
「まさかじゃないよ。ほら」
振り返ったそこには、トレイ2つにめいっぱいの料理を乗せた俺。
「ここの食堂は美味しいの。いっぱいたべちゃうの。でも、1クラスは言いすぎなの」
撮影班の人が引いている…ように見せかけてくる。
そして、昼の時間いっぱい食事に費やすと、午後は卒業式の練習が組まれていた。体育館に集まって、在校生からの贈る歌の練習が始まる。在校生の1年生、2年生が全員集合している。その数は200人を超える。その先生たちには老若男女揃っており、先生感がちゃんとある。そして、卒業生へ贈る歌のピアノの伴奏が流れ出し、総勢200人による合唱が始まった。イントロから皆の熱の入り方がすごい。サビに入るころには、数名がすすり泣いている。まだ、本番でもないのに、気持ちが入りすぎたらしい。となりの女の子が、肩を貸している。
あぁ、この子たちは先輩が好きだったんだな…。少しもらい泣きしそうになって、ふと思い直す。
おいおい。これ、全部俺だ。あそこでピアノ弾いている少女も、指揮棒振っている女教師も、涙をこらえきれずに後ろを向いた禿げた教頭先生も。そして、周りの女子高生たち。いい匂いのするその空間は、すべて俺だわ。そもそも卒業するような先輩なんて居ない。
こわ。
そして、その取材映像は配信され、メルが楽し気に高校生活を送っている証明となった。学校名や男子選手並みのジャンプサーブをするバレー部主将は誰かといった話題が飛んだが、誰一人として特定はできなかった。登場人物は、影子の分身だからというのもあるが、学校自体も金沢ダンジョンで見つけた隠しエリアにつくった女子高の校舎だったりするからだ。配信者の個人情報を小さな手がかりから特定するのが長けた者たちも、誰もそこがどこの町にあるかも、取材班の身元さえも分からなかったのだった。
修学旅行だけでなく、高校1つを作りました!!




