第14話 メルと拳闘
メルの出番です。
奥飛騨にギルド所有のペンションがある。そこには、混沌の災禍のメンバーである幸子が軟禁されている。軟禁といっても事件性があるものではない。幸子は以前メルと一緒にダンジョンに潜った時に、メルの支援魔法を受けて20歳頃の姿に変わってしまったのだ。メルの魔法の効果が長いことが知られないようにと、ギルド側が幸子を匿うためにペンションを貸切にしているのだ。
本来なら3ヶ月で終わるはずの軟禁だったのだが、5ヶ月目に入ったのは幸子が妊娠したためだ。
夫の辰巳が若返った幸子に手を出してしまい妊娠させてしまったのだった。そして、出産までの期間、若い姿を維持できるようにメルが定期的に支援魔法の維持のために訪問しており、今日が何回目かのメルの訪問日だ。
米国から戻ってからは初めてとなる訪問だ。混沌の災禍のメンバーである金子が運転をして、メルを連れてきていた。フレイヤはマナと一緒に新たなブランド立ち上げの話でE&Gに通い詰めらしい。
ペンションの前にワンボックスの乗用車が泊まる。運転席に金子。後部座席にメルが座っている。
「すまんね。いつも」
車から降りがけにメルに何度目かの謝罪をする金子。この光景は毎回のこととなっており、メルも右から左へ聞き逃している。金子自身も完全に巻き込まれている側なのでメルとしても怒る気も湧かないし、元を正せば自分の規格外の魔法のせいだとも言える。
「謝らなくていいの。メルも好きでやってるの」
ペンションから迎えに若い女性が出てくる。幸子だった。
「よくきてくれたねー。雪は大丈夫だったかい?」
流石に2月に入るくらいは雪を気にする時期だ。
「大丈夫だ。高速の除雪は間に合ってるからな。なんなら、最後の山道が一部凍結していたのが危なかった」
ペンションに入ると、メルは暖炉に向かう。暖をとるためでもあるのだが、ペンションの管理人が用意したマシュマロを炙っては食べているのだ。ペンションの冬の楽しみとして用意しているのだが、今年はメル向けに用意していると言って過言ではない。
美少女がにこやかに食べているのは微笑ましいのだが、用意してあったマシュマロがあっという間になくなってしまう。
「マシュマロだけは流石に甘すぎだろう?」
そう言って金子さんが紅茶をもってメルのところに行く。
「ありがとなの」
メルは紅茶を飲んで、ほっと一息つく。
「じゃあ、魔力の注入はさっさと終えて、本番に行くの」
「おいおい、今回もまだやるのか?」
メルの言う本番がなにを意味するのか金子は知っているようだ。そして、階上から装備を身につけた幸子が戻ってくる。妊婦なのだが鍛え上げた腹筋のせいでお腹は目立っていない。
「じゃあ、始めようか」
「おいおい、やっぱり妊婦がすることじゃないだろう」
金子が咎めるが、幸子が笑い飛ばす。
「お腹の子は順調だし、軽く運動した方が良いって先生も言ってるからね。問題ないさね」
「軽くっていうのは、ウォーキングとかだよ。受け流した拳で立木が割れるスパーリングとか、連続技を見せるっていいながら20連撃というか奥義みたいなものを連発するもんじゃないんだよ」
メルと幸子が顔を合わせる。そして、金子の方を再度見る。沈黙が続く。
「もうわかってるよ。メルの嬢ちゃんがいればなんとかなるし、気にするだけ無駄だっていうんだろ? 俺は役目を果たしたからな、辰巳よ。しかし、奴もダンジョンガイダンスのテスターとかで不在にしすぎだろう」
この流れも毎回の訪問で行われている。メルは、幸子に技を学んでいるのだ。本職の回復と支援以外については、カウンタースキルと腕力を頼りに生きるメルだ。エバーヴェイルの中では決して強くはない。そのため、幸子から手解きを受け始めたのだ。恩返しがしたいという幸子の申し出もあったのだが、メルとしても渡に船だった。
その後、幸子の体に魔力を込めたメル。若さを維持するための行為なので、その姿に変化はない。
「終わったの」
幸子が伸びをして、手足の動きを確かめるようにゆっくりと体を動かす。
「ありがとうよ。じゃあ、いつものワンセットやろうかね」
「よろしくなの」
メルはコートを脱ぐ。すると、中からは、探索者用の道着が出てくる。最近、E&Sで売り出し始めた女性探索者向けの装備だ。
「こりゃ、かわいいね。最近は装備が良くなってきてるね」
そこからひとしきり装備の話になったあと、メルと幸子がペンションの前に移動する。
「あ、俺も行くよ」
金子も上着を脱ぐと寒空に出ていく。ペンションの前には広場があり、地面が見えており少しぬかるんでいる
幸子は妊婦とは思えない手本を見せる。16連撃で気合のこもった掛け声を腹から出す。声が響いて周囲の木々から雪が落ち、鳥が飛び立つ。
「さぁ、この動きは前見せたけど、どうだい?」
メルはコクリと頷くと、ふっーと息を吐く。そして、幸子の速さに及ばないが、16連撃を全て再現した。
「いい感じだね。前より体のキレが上がってるし、威力も上がってるように見える。もしかして、レベルが上がったのかい?」
メルは先日笹木の選択により200レベルに上がったわけで、幸子の見立ては正しい。
「はい、なの」
荒くなった息を整えながら答えるメル。
「そうかい。それはいいことを聞いたよ。組み手でもしようかね」
幸子はにこやかに答える。鬼教官と言われた凄みのある笑みだ。
「おいおいおい、流石に身重で組み手は見過ごせん。嬢ちゃんとの組み手は俺がやる」
ストレッチをしていた金子が思わず声を上げる。その提案に首を傾げる幸子。
「おい、俺も嬢ちゃん達と狩をしてレベルも上がったし、新しい技も会得したんだぞ。この歳にしては、かなり頑張ってるぞ」
確かに金子はフレイヤ達の撮影について行ったりしてレベルを上げてきていた。
「じゃあ、金子と組み手をやるかい?」
「やってみるの」
そして、メルと金子の組み手が始まった。
「近接はメインじゃないが、遠慮はいらない」
金子の言葉の後、幸子が開始の合図を出す。
最初に動いたのはメルだった。メルは小柄な体を生かして、金子の死角に潜り込もうとする。しかし、金子は持ち前の視界の広さを活かし、メルが死角に入らないように少し後退しつつ位置取りを変える。
それに対しメルは加速し金子の脚に一撃加えようとするが、それは失敗に終わる。金子は前転してメルの脇腹に一撃蹴りを入れたのだ。しかし、その攻撃は浅く、メルのガードによって阻まれる。
「ほら、とまったよー。続けていこう。モンスターは息が整うのは待ってくれないよ」
その声に応じて、メルが吠える。
「いくの!」
「おう!」
金子とメルが交錯する。そして金子が吹き飛び雪溜まりに突っ込んで行った。メルも反動で反対側に飛んだようにも見えるが、着地をちゃんと決めている。
「…まい…た」
雪の中から声が聞こえる。降参らしい。
「さっきのはいいね。腰が入っていい連撃だったよ。体の軽さをバネとタイミングでうまくカバーしてたわ」
幸子が褒めるとメルが微笑む。
「あ、治療するの」
腰を抑えつつ雪まみれで戻ってくる金子にメルが駆け寄る。
「わざと負けて自信を持たせるとか、そういうキザなことができるならよかったのだが完敗だ」
金子は笑う。メルが強くなることは、孫の成長みたいで嬉しいのだ。メルが金子を回復させているついでに、自分のダメージを確認しようとステータスを開く。
「あ!」
「どうしたんだい? 怪我かい?」
幸子が心配げに訊ねる。
「違うの、スキルが出てきたの。拳闘なの」
「すごいじゃないか!」
幸子にわしゃわしゃと頭を撫でられ、ぎゅっと抱きしめられて喜ばれる。知らない人が見たら、格闘姉妹の姉が妹を締め付けているようにも見えるだろう。
こうしてメルは笹木のアバターとして初めて、スキル書を使わずに新スキルを芽吹かせることに成功したのだった。
武闘派のヒーラーとなりそうです。




