5 凍結森林
黒を基調とした軍服のような衣装、整った容姿。
加えて頭部から生えた一対の角が、彼が魔族であると証明している。
その危険度は獣の姿をした魔物とは比べものにならない。
「どうして……こんな、ところに」
想定外な魔族の登場に気圧され、ロゼの足が後ろへと向かう。
身まで後退しようとしたところで背中を押さえるようにして踏み止まらせる。
「引くな、冒険者だろ」
泳いでいた目が焦点を定め、下がっていた足が前に出た。
気持ちは持ち堪えた。これでロゼはまだ戦力として見做せる。
「冒険者。存外、来るのが早かったな」
「商人は金勘定してなんぼだからな。商品が奪われて物流が止まったとあっちゃ黙ってるはずがないんだよ」
「なるほど、今後の参考にするとしよう」
リョクノカプスの背から降り、こちらと同じ目線に立つ。
「残念ながら無理な話だ。お前に今後はない」
「ほう、大した自信だ。隣りの小娘とは大違いだな」
「この子はこれからなんでね」
「そうか、残念な話だ。その小娘にこれからがないとはな」
腰の鞘から引き抜かれた剣が太陽の光を反射して煌めく。
「ロゼ。リョクノカプスの相手を任せるぞ。時間を稼ぐだけでいい。その間に魔族を仕留める」
「馬鹿言わないで。あんたより先に斃してやるんだから」
上擦った声は虚勢の証だけど、心意気は買う。
「暢気におしゃべりか」
至近距離に魔族が現れ、剣が風を切って唸る。
真っ直ぐに引かれた剣閃は俺の首に向かって軌道を描く。
憑依状態に移行。
剣を指で摘まんで受け止め、頭髪が真っ白に染まる。
「マナーがなってないんじゃないか? まだ話してる途中だろ」
拳を握り、がら空きの腹部に一撃を見舞う。
内臓を破壊するつもりの殴打だったけれど直前に魔法が差し込まれた。
そのお陰で吹き飛ばされた魔族はまだ生きている。
どうやら防御関係の魔法らしく、腹をというより鉄塊を殴ったような感覚がした。
「ゴーレムより硬いな」
殴った手を払うと、ご主人様を殴り飛ばされて怒ったリョクノカプスが叫ぶ。
翼膜の羽を広げて舞い上がり、視線でこちらを射貫く。
「任せた」
「えぇ、やってやるわ!」
花弁が舞い、ロゼの魔法が発動する。
数え切れないほどのそれは複数の剣を形作ると上空のリョクノカプスへと襲いかかる。
これで注意がロゼに移った。
魔族との戦いに専念できる。
「ぐぅッ」
血を吐きながらも立ち上がった魔族へと近づく。
「この私が……人間、ごときに……」
「今のは人の力じゃない」
「な、に?」
「幻獣の力だよ。俺はそれを借りてるだけだ」
「幻獣だと、幻獣がなぜ人間などに!」
「召喚士だからだよ、元だけどな」
地面を蹴って加速し、勢いを乗せた拳を見舞う。
魔族は剣でそれを受け止めるも、勢いを殺し切れずに吹き飛ぶ。
「硬い剣だな」
ゴーレムを一撃で破壊し、魔族の防御魔法の上からでも大ダメージを与えた一発。
それを受けても剣は砕けず、曲がらず、原形を止めていた。
「アーティファクトか」
拳を払い、吹き飛ばした魔族に追い打ちを掛ける。
体勢を立て直す暇を与えない。
肉薄して振るった足が魔族を森まで蹴飛ばした。
「ぐ、あぁッ……」
生い茂る緑の中、木の幹を支えに魔族は立ち上がる。
すでに満身創痍、支えなしでは立ち上がれないほどの負傷を負った。
勝敗は決したかに思われたが、追い込まれた状況で魔族は笑う。
「はッ、ははッ! 愚かな人間が」
魔族を中心として空間が――いや、森が歪む。
「ここは私の領域だ!」
樹木が、枝葉が、茂みが、蠢き、それは森に入った俺の足下も例外じゃない。
名も知らない植物に足を捉え、全方向から木の枝が伸びて俺の身を拘束する。
蜘蛛の糸が獲物を絡め取るが如く、雁字搦めにされた。
「私が最も得意とする植物魔法だ。今やこの森は肉体の一部に等しい。貴様の怪力でどれだけ暴れようと無数の植物が貴様を拘束し続ける。私の勝ちだ! 人間!」
たしかに腕力で拘束を引き千切っても間髪入れずに再拘束される。
森全体が敵になったみたいだ。
でも。
「同じ類いの魔法でも華やかさが足りないな」
「なにを言っている?」
「べつに。こっちの話だ」
ロゼの魔法には目を奪われた。
この魔法にはなにも感じない。
「まぁ、いい。貴様はゆっくりと絞め殺すとしよう。その後は小娘の番だ。もっとも生きていればの話だが」
「生きてるさ。でも、加勢に行かないと心配だな」
「ほう。どうやって加勢に向かうと? 締め上げられたその状態で」
「環境破壊は申し訳ないんだけど」
俺に憑依したマガミの魔力を借りて操る。
全身から発露したそれは白く色付いて拘束の隙間から溢れ出す。
瞬間、それに触れる全ての物が凍結した。
「な、に……?」
凍て付いて脆くなった拘束を解くのは簡単だ。
「幻獣の力を借りてるって言ったはずだ。それが怪力だけなはずないだろ」
神狼マガミの能力は氷――というと厳密には違うが、とにかく冷気を操れる。
無数にある植物も凍て付いてしまえば成長は止まり、こちらに手出しできない。
得意の植物魔法も形無しだ。
「馬鹿な、そんなことが……あるわけ」
後退ろうとした足が動かないことに魔族が気付いたのは今。
冷気は地を這い、すでに広範囲に展開されている。
魔族の両足は凍り付いて地面に固定されていた。
「ふざけるな……よせ」
両足から凍結が進行し、やがて指すら動かせなくなる。
「やめ――」
髪の毛の先まで凍り付き、魔族はその生命活動を終えた。
指を鳴らせば自壊して砕け散り、凍った地面に転がっていく。
そんな中、凍結してもなお剣だけは壊れずに凍った地面に突き刺さった。
良い切れ味をしてる。
「やっぱりこの剣、アーティファクトだな」
引き抜くと剣の形状が変化し、美しい刀となる。
「いいな、気に入った」
元々の鞘も回収すると、刀に合わせた形状に変化した。
刃と鞘で一つのアーティファクト。
ここに残して行くにはあまりにも勿体ない武器だ。
「おっと、そうだ。ロゼ」
刀を携えたまま森を抜けて街道を目指す。
手遅れじゃなければいいが。
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